第5話 繋がって、ウルティメット (2)

 力強く情熱的な歌声が体の芯を震わせた。息づかいのひとつまで確たる自信で埋められている一方で、曲の至るところに余白が残されている。まるで共に行こうと手を差し伸べているみたいに。

 胸の高鳴りが収まらぬまま、曲は終わりを迎えた。

 右耳につけたイヤホンを外すと、噴水の水を打つ音が聞こえてきた。


「ふわぁ、すごいですよ円ちゃん」


 みのりは頬を赤くし感嘆の声をあげた。

 隣に腰をかけている円は左耳にイヤホンをつけたまま、当然でしょと言わんばかりに頷いた。


「なに他人事みたいに言ってるのよ。みのりも一緒に歌うんだからね、これ」

「はい!」


 みのりと円が聞いていたのは、来月の7月上旬にリリースする新曲──その仮歌だ。

 先月の野外フェスで鮮烈なデビューを果たした〈B-Laster〉は今や渦中のアイドルだ。前例のないプロモーションと、ひたむきなライブパフォーマンスは瞬く間に人々の心を掴み、競合グループたちも無視できない存在となっていた。

 この機を逃さぬ手はない。この新曲は〈B-Laster〉は人気を確たるものにするための会心の一手となるはずだ。

 だから円は仮歌役を買って出たのだ。そして自分がこの歌にかける想いを戦友に知ってほしかった。

 一切の妥協を許さないと円の仮歌に、みのりは引っ張られるように立ち上がった。


「き、急に踊り出してどうしたよの、みのり」

「だって、とっても素敵な歌なんですもん」


 みのりは高まる気持ちが抑えられず、その場でステップを踏み始めた。即興であるにも関わらず、新曲の意図を的確に捉えている。次第にみのりの周りに人の輪が出来はじめた。皆足を止め、みのりの踊りに魅入っているのだ。円は思った、新曲の振り付けはこれで決まりだろう。みのりにはそういう力があるのだ。

 

「ン、お待たせ」

「うひゃあ! あ、あんた、急に現れるのはやめなさいって言ってるでしょ!」


 ルイは気に留めることなく、5段盛りのアイスに齧り付いた。


「おかえりなさい、ルイちゃん。あのキッチンカーの店員さんと知り合いだったんですね」

「アンタにもちゃんとした友達がいたのね」

「ン、友達というか……戦友?」

「まさか同業者じゃないでしょうね?」円は口を尖らせる。

「戦友からアイドルを連想する……?」ルイは呆れた目で返した。

「あっ」公園の柱時計が目に入ったみのりは声をあげた。「大変、もうこんな時間。急がなきゃ収録に遅れちゃいますよ」

「遅刻なんてプロにあるまじき行為よ。急ぐわよみのり、ルイ!」

「ン、先に行ってて。一応マネージャーに連絡しておく」


 頼んだわよと言い残し、円はみのりの手を引いて走り出した。

 ルイはふたりの姿が見えなくなったことを確認すると、懐からスマホを取り出した。指紋認証と行動的生体認証を鍵に、通信アプリ「リザード」が起動する。


「班長……〈サイズポテンシャル〉について報告がある」



 緩やかな風を受け、「移動喫茶サマヨイガ」と描かれたのぼり旗がゆらめく。その横には一風変わったキッチンカーが停まっていた。

 車体は赤みを帯びた薄茶色でペイントされており、前方のトラクタの頭には耳のような三角形の飾りが二つ並んでいる。親しみをもってもらえるよう、狐を模した装飾にしているのだ。

 青年は手慣れた手つきでのぼり旗を畳む。今日は店じまいだ。次の目的地を頭に思い浮かべていると、急な悪寒に襲われ身震いした。


「ぶえっくしょん!」

『風邪ですか、太陽さん?』

「夏風邪は嫌だなぁ」

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