第3話 天を貫くその巨体 (3)

 灰と黒煙が押し寄せる。昂は奥歯を嚙み締めた。共に駆け抜けた愛車で、炎に包まれ崩れゆく故郷を走ることになるとは思わなかった。


「くそっ、瑞葵の親父さんたちは避難してんだろうな!」


 幼馴染の家はもぬけの殻だった。無事に地下シェルター──町長が私財をなげうって建てたものだと聞く──に辿り着いていることを願うしかない。

 突然ぐわんと視界が揺れた。何かの衝撃で道路が破裂したことに気が付いたときには、体が宙に投げ飛ばされていた。

 自分を置いて前に行く愛車に手を伸ばした瞬間、昂の視界は真っ白に塗り潰された。何も見えないまま、全身に衝撃が走る。続けて少しの浮遊感の後に再び固い何かで体を打った。長年の喧嘩の経験から、ボールのように地面でバウンドしたのだろうと昂は悟った。


「痛ってえええ! 喧嘩で体を鍛えてなきゃ死んでたぜ──んなっ!?」


 ようやく視界が戻った昂は、目の前の光景に絶句した。道路が溶けてなくなっていたのだ。道の端はじゅうじゅうと音を立てて煮たっている。まるでマグマが空から降ってきたようだ。恐らく愛車も巻き込まれたに違いない。もしも直前で身を投げ出されていなければ……その先を想像し、昂は身震いした。

 熱と共に頭上から運ばれてくる音はどれも痛々しいものばかりだった。崩れる音、砕ける音、爆発する音。どれも故郷で聞くはずのない音だ。

 昂はいつも自分を見下すヤツと戦ってきた。他人の失敗を嘲ることしかできない野次馬、少し先に生まれただけで上下関係を強いてくる上級生、関りもないくせにレッテルを貼ってくる先公。どいつもこいつも身勝手な理屈で一方的に他人を貶める。「デカい男」を目指すからには、安全地帯で上から目線で人をバカにするヤツに負けるわけにはいかないのだ。

 だから昂は溢れんばかりの怒りを頭上に向けた。


「なにが恐怖の大王だ、見下してんじゃねえぞ!」


 昂の怒りが空に昇る。それに応えるように、彼の頭に何かが響いた。音でも言葉でもない、もっと大きな力で脳に直接刻まれるような強烈な感覚。


「誰かが、オレを呼んでいる?」


 不思議と疑う気持ちはなかった。昂は引き上げられるように体を起こすと、無意識のうちに走り出した。

 間もなくして辿り着いた先には、銀色のロボットが倒れていた。



 銀色のロボットが唸りをあげる。つい今しがた予備エネルギーが尽きて電源が落ちたのは夢であったかのように、ロボットのパラメーターは全て水準値を大きく超えていた。まるで、ロボットが喜びに打ちひしがれているようだ。


「そうか、お前がそうなのか」太陽は目を潤ませる。

「お、おい、大丈夫かよアンタ。よく見たら頭から血を流してんじゃねえか」

「……はじめまして、俺は高山太陽たかまやまたいよう。お前は?」

「は、破天昂だ」

「昂、俺はお前に〔コイツ〕を届けに来たんだ」

「はあ? いきなり何言ってんだ?」

「ごめんな、意味が分からないよな」太陽は眉を潜めると、上に目線をやり「でも、〔コイツ〕はお前を待っていたんだよ」

「……オレを呼んだのは〔オマエ〕なのかよ」


 不思議と確信があった。

 太陽を追うように頭を上げると視線はすぐにコックピットの天井にぶつかった。空を覆う恐怖の大王と同じであるが、あの化け物にはない暖かさと力強さを感じる。それだけじゃない。ここに居るだけで愛車に乗っているときよりも大きな高揚感で胸が満たされるのだ。


「なあ、太陽さんっつったな。アンタはオレに何をしろって言うんだ?」

「〔コイツ〕と一緒に地球を守ってほしい」太陽は躊躇いながらも、はっきりといった。

「オレは見てのとおり、ロクでもない高校生だぜ?」昂は太陽を試すようにいう。

「昂はこの町が好きか?」

「当たり前だろ、ここはオレの庭だぜ」

「人の大切なものを壊すヤツは許せないよな」

「ケジメをつけやらなきゃ気が済まねえ」

 太陽は口角を上げ、「だったらさ、〔コイツ〕と一緒に殴りに行こうぜ」

「──デカいじゃねえか、太陽さん」



 昂は操縦席に腰を降ろした。初めて座ったはずなのに、愛車のシートよりもしっくりとくる。まるで最初から自分に合わせて作られたかのようだ。


「教えたとおりにすれば大丈夫だ」太陽はシートの背後から身を乗り出し、コンソールを弄りながら「細かいことは、コンピュータと〈サイズポテンシャル〉が補ってくれる……らしい」

「そこは言い切ってくれよ」


 太陽は困ったように頬を掻く。


「実は俺も〔コイツ〕のことはよく知らないんだ。なにせ、

「真面目そうな顔してるくせに、随分と行き当たりばったりなんだな」

「返す言葉もない──よし、調整完了」太陽は手を止めた。

「後はオレに任せておきな」


 昂がコンソールに触れると、コックピットの内部が高鳴った。

 操縦桿に手を伸ばしながら、ふと思い出した。そういえばまだ〔コイツ〕の名前を聞いていない。

 昂が太陽に訊ねようとモニターから目を離そうとした瞬間、彼の疑問を感じとったかのようにモニターにでかでかと文字が表示された。太陽の言うとおり、フォローは期待してよさそうだ。

 昂は操縦桿を握り締めると、大きく息を吸う。

 そして、町を壊すヤツへの怒りと共に、新たな相棒の名を叫んだ。


「ドデッ! カイッ! ザァァァ!!」


 怒髪、天を衝く。

 小さき者たちの叫びを背負い、今〔ドデカイザー〕が炎の中から立ち上がった。



♪ドデカイザーのうた


 たったひとつの小さな地球ほしを デッカイ背中で守るんだ

 天を貫くその巨体 白銀ハガネの雄姿ドデカイザー


 明日を見上げる人たちの 頭を抑える奴がいる

 勝手にこの世を見下す者よ お前が求めた背中みらいがそれか


 見えない天井げんかいに目を閉ざし 真っ暗闇しか見えぬなら

 ドデカイザーに任せてくれよ 満天星を見せてやる


 ドデカイザー 限界なんて知らないさ

 ドデカイザー 無限の力を信じてる


 眼差し向ける背中を見たなら てっぺん目指して走り出せ

 デッカイ背中は僕らのために 天河超越ドデカイザー



 ずおんと重たい音が町を揺らす。

 途端に〔ドデカイザー〕を巨大な影が覆う。〔ドデカイザー〕の再起動に気付いた〔ペリスパイダー〕が足を持ち上げたのだ。


「避けろ、昂!」太陽は慌てて声をあげる。

「必要ねええええ!!」


 〔ペリスパイダー〕の足が周囲の地形もろとも〔ドデカイザー〕を踏み潰す。しかし、その足底が地面を貫くことはなかった。40018

 しかし、無傷ではない。コックピットの中で歪んだ音が跳ね回る。〔ドデカイザー〕のボディが悲鳴をあげているのだ。


「お前なら耐えられるよな、ドデカイザー!」

「昂、お前は……」


 死ぬかどうかの瀬戸際でも昂は諦めていない。

 町を守るため、自分の意地を通すために、もしくは〔ペリスパイダー〕よりももっと高いところにいる「何か」を目指して、上を向き続けているのだ。

 太陽は拳を握った。その大きな背中こそ、自分たちが探し求めていたものなのだ。


「いけ、昂! 壁も天井も、お前の思うままにブチ破れ!」

「見下すヤツは全部ぶっ飛ばす! そうだろ、ドデカイザー!」


 昂の叫びに呼応するように、〔ドデカイザー〕が咆哮する。

 まるで高速で上昇するエレベーターから町を眺めているかのように、周囲の景色が瞬く間に小さくなっていく。

 〔ドデカイザー〕が〔ペリスパイダー〕の足を持ち上げたまま空を飛んでいるのか、いや違う。


!?」太陽は目を剥いた。

『これこそが〈サイズポテンシャル〉の力なのです!』


 モニターが地上を映す。〔ドデカイザー〕の急激な巨大化に追いつけず転げ落ちた〔ペリスパイダー〕がひっくり返っている。

 そして遂に、〔ドデカイザー〕の背中が1000に達した。


「ぶっ飛べぇぇ!」


 〔ドデカイザー〕は〔ペリスパイダー〕の体を掴むと、力まかせに上空へと投げ飛ばした。〔ペリスパイダー〕の楕円状の体が四本の足を引っ張りながら闇を突き抜け、そして鈍く甲高い音が上空に拡散した。

 激突の衝撃によって四本の足が潰れる間際、断末魔をあげるように装甲の割れ目から網目状のビームが放出された。〈鐵の帳アンゴルモア〉の各所で小さな爆発が起きる。やがて炎は〔ペリスパイダー〕を呑み込み、一際大きな光と轟音が玉波町に降り注いだ。


「いつまでもデカい面できると思うなよ」


 〔ドデカイザー〕は真上に手を伸ばし、中指を立てた。はなから〈鐵の帳アンゴルモア〉を破壊できるとは思っていない。これは宣戦布告だ。


「今までと何ざ変わらねえ。どれだけ相手のタッパがあろうと、上から目線で人を見下すクソ野郎は一人残らずぶちのめす。そうだろ、ドデカイザー!」


 ──しかし、彼の勝利がもたらした束の間の静寂は、あっという間に破られた。

 モニターが赤く染まり警告音を発する。同時にモニターに男の顔が映し出される。


『聞こえるか、高山太陽くん! 緊急事態だ!』

「高峰博士、どうしたんですか?」

『今、防衛軍から連絡があった。世界各地に投下されていたペリスパイダーが一斉に攻撃を停止、進路を変えたそうだ!』

「ま、まさか、そいつらの行き先は……」

『ここ、玉波町だ!』

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