第2話 天を貫くその巨体 (2)

 昂は目を細めた。さそり座のアンタレスの位置が変わっている。

 少し遅れて瑞葵も首を傾げる。


「ねえ、なんか今日の星、変じゃない?」

「いや、これは変どころの話じゃねえぞ!」


 昂は声を張り上げた。星空が歪んでいる。光の絨毯が踏み荒らされるように空の至るところが弛み、曲がり、凹みはじめる。

 そこからの流れは、星が墜ちるよりも速かった。

 ぐおんと空と大地が揺れるのと同時に、目にも止まらぬ速さで月が消え、雲が消え、星が消えた。代わりに空に描かれたのは網目状に走る光の線だった。そして、光の線の奥に見えたのは──


……?」


 ふと昂はスマホを見た。GPSが使えなくなっている。最悪の予想が昂の頭を過ぎる。


「まさか、?」

「……恐怖の大王だ。ノストラダムスの予言は本当だったんだ」

「そんな、バカなこと」


 昂は途中で言葉に詰まった。瑞葵が顔を真っ青にし、小刻みに震えていたからだ。

 まずは瑞葵を落ち着かせなければ。昂が口を開いたそのとき、おぞましい轟音がふたりを襲った。


「ま、町が燃えてる!?」


 瑞葵は悲鳴をあげた。丘から望む町の光が、黒煙と炎に呑み込まれている。その中心にいたのは、巨大な異形のマシンだった。


「で、でっけぇ……」


 昂は思わず体をのけ反らせた。

 楕円状の図体から伸びるのは、塔よりも長い四本足。それらの足は爪先で家を蹴散らし、ビルさえも容易く踏み潰す、町そのものがミニチュアに見えるほどの巨体だ。

 あまりにも現実離れした光景に言葉を失っていた瑞葵は、はっと我に帰る。


「パパ、ママ!」

「待て!」昂は、今にも丘から飛び降りかねない瑞葵を抑えた。

「離してよ、このままじゃパパとママが!」

「オレが行く!」

「昂!?」

「お前はここで待ってろ!」昂はエレキモデルに飛び乗り、キーを回す。「いいか、絶対にここから動くんじゃねえぞ!」


 エレキモデルは昂の怒りを代弁するかのように荒々しくエンジンを噴かせる。その怒声は、あっという間に遠くなっていった。

 昂を見送った瑞葵の耳に、新たな音が飛び込んできた。弾けるように目線を上げる。今度は何が降りてくるのか。


「銀色の……流れ星?」


 恐怖の大王によって塗り潰された漆黒の空を、一筋の光が切り裂いた。

 同じ光を昂も見ていた。

 光が地上に近付くにつれ、像がハッキリとしていく。


「戦闘機か、いや違う──」


 それは戦闘機よりもデカく鋼鉄の四肢を有する銀の巨人。


「でっけぇロボットだ!」


 ロボットの推力任せの蹴りが、異形の足に炸裂した。



「規格外天体要塞〈鐵の帳アンゴルモア〉で地球を丸ごと覆い、超巨大戦闘兵器を投下して一気に地上を制圧する……なんちゅうスケールだ」


 コックピットの中で高山太陽は額に滲む汗を拭った。

 この銀色の機体は18メートル、およそ6階建てビルに匹敵する高さだ。しかし、目の前にそびえ立つ蜘蛛型のマシン──コードネーム〔ペリスパイダー〕──はそれ以上にデカい。接敵時にモニターに表示された数値を信じるのなら、400。銀色の巨大ロボットをもってしても地上からは全貌が掴めず、空から伸びる四本の足は〈鐵の帳アンゴルモア〉を支える柱のようだ。


「俺に〈サイズポテンシャル〉の力を引き出せたらな」


 太陽はモニターに目をやった。〈サイズポテンシャル〉の稼働値は0のまま動かない。


『私たちは間に合わなかったのですね』


 太陽は首を振る。


「まだラストオーダーの時間じゃないぜ」


 太陽は震える手を抑えつけるように操縦管を握り締めた。

 〔ペリスパイダー〕の足の一本が地面から引き抜かれる。それだけで空気が唸り、周囲の建物が吹き飛んだ。

 太陽はブーストを全開にし退避する。直後、柱が空気を潰しながら地上を貫いた。

 〔ペリスパイダー〕の足の周囲にクレーターのような跡ができた。全長400メートルのマシンは、体を動かすだけでこれほどの破壊力を生み出すというのか。


「〔コイツ〕を届けるまで諦めてたまるか!」太陽は自分を鼓舞するように叫ぶ。「めげない、しょげない、くじけない! それが高山太陽の良いところぉー!」


 それを嘲笑うかのように〔ペリスパイダー〕の足が揺れた。すると、足の表面が観音開きになる。中から姿を現したのは、孵化したばかりの蜘蛛の幼虫のように重なった大量の砲門。


「嘘だろ!?」


 太陽は全身から血の気が引いた。

 砲門が甲高い音をあげなら赤熱する。そして一瞬の静寂の後、周囲に無数のビームをまき散らした。それはまるで〔ペリスパイダー〕を中心に広がる蜘蛛の巣のようだった。

 太陽は機体を上昇させ、次から次へと襲い来る光の濁流を紙一重で避けていく。

 しかし、機体の出力が足りない。遂に一筋のビームが装甲を掠めた。バランスを崩したことで高度が下がり、そのままビルを抉りながら地面に墜落してしまった。


「ちくしょう!」


 太陽は悔しさで座席に拳を振り下ろした。ビームを避け切れなかったからではない、目の前で行われた惨劇を止められなかったからだ。

 更に、追い打ちをかけるようにコックピット内に警告音が鳴り響いた。今までロボットを動かしていた予備エネルギーが底を付いたのだ。

 パイロットの安全確保のために、強制的にコックピットが開かれる。お前の負けだと言わんばかりに、熱気と焦げた臭いが太陽の顔を打つ。


「終わらせてたまるか……」


 ぼやける目を擦り、


「この町にいるんだろ……」


 体中の痛みから目を背け、


「〈サイズポテンシャル〉に選ばれたヒーローが……ッ!」


 町を焼く悪魔から目を逸らず、太陽は前だけを見ていた。

 だから、気付くのに遅れた。

 〈サイズポテンシャル〉が急激に上昇していることに。


「――オレを呼んだのは、アンタか!?」


 炎の中から現れたのは、時代錯誤のリーゼントの少年だった。

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