空想傑機ロボだらけ

たいちよ

プロローグ/天河超越ドデカイザー

第1話 天を貫くその巨体 (1)

 7月7日 18時48分


 沈みゆく太陽がゆるりと流れる川を染める。

 赤みを帯びた草が揺れ、またひとつ鈍い音が夕日の下で響いた。

 破天昂はてんこうは血の混じった唾を川に向かって吐き捨てた。残る敵はひとり、鴨芝優かもしばゆうだ。軟そうな名前とは裏腹に、しゃくれた顎にそこそこ立派な筋肉の持ち主だ。玉波町たまなみちょうの不良を束ねる番長を名乗っているが、流石に時代錯誤が過ぎるだろう。


「よくもやってくれたな、破天」


 鴨芝は苦虫を嚙み潰したような顔で昂を睨んだ。昂はそれに中指を立てて返す。


「オレはテメェらと違って暇じゃないんだ。そこでおまんましてる雛共を連れて巣に帰るんだな」

「番長は嘗められちゃおしめぇなのよ!」


 鴨芝は怒号と共に拳を振り上げた。足元で倒れている連中とは違い、最後まで身一つで挑んでくる潔さだけは昂も認めていた。だからといって、素直に食らってやるつもりはないが。


「わきが甘いぜ、鴨芝ァ!」


 鴨芝の拳が鼻先を掠める。前のめりになった鴨芝の腹をめがけて、昂はアッパーの要領で抉るようなパンチを放った。腰の入った強烈なカウンターだ。たまらず鴨芝は地面に倒れ込む。ぴくぴくと体が震えているが、胃の内容物を吐き出さなかっただけ上等だろう。


「く、くそ、時代遅れのリーゼント野郎が……」


 昂は乱れたリーゼントヘアを櫛でとかしながら不敵に笑う。


「妬むな妬むな。リーゼントが似合うような『デカい男』ってのは、そう簡単になれるモンじゃねえんだよ」


 昂は河川敷で倒れる不良たちから踵を返すと、路端に停めていたオートバイに跨った。スペースシャトルのように白く染められた車体は、キングスシリーズのひとつ「白き稲妻エレキ」モデル。重厚感のあるシリーズの中では珍しく、しなやかで上質な走りが特徴だ。


(こいつを飛ばすと、星空の中を滑っているみたいで最高なんだよな)


 昂は満足感に浸りながら、エレキモデルに火を点けた。



 7月7日 20時33分


「でっけえな」


 地面に大の字で横になっていた昂は、空に手を伸ばした。

 夜空の中に無数の光が所狭しと輝いている。溢れんばかりの星々を過ぎる大きな光の帯は天の川だ。その圧倒的なスケールに、星の鼓動さえ聞こえてきそうだ。


「あの光の中にいるのかよ、親父」


 こうの父親、破天すばるは宇宙飛行士だった。しかし10年前、船外活動で事故に巻き込まれた仲間を助けた後、そのまま宇宙空間に投げ出されて行方不明になった。

 昂が父親を思い出すとき、真っ先に頭に浮かぶのは「デカい背中」だった。大胆で、豪快で、真ん中に一本の筋が通っている背中に、いつも尊敬の眼差しをぶつけていたものだ。それは今でも変わらない。昂にとって父親の背中は、男としての目標なのだ。


「親父がいなくなってから今日で丁度10年だ。……ちょっとはアンタに近付けたかな」

「なーに黄昏れてるんだ、不良少年」


 星空の前に、ぬっと少女の顔が挟まった。


「……もう晩だっつーの」


 昂は上体を起こすと頭を掻いた。その横に少女は当たり前のように腰を掛けた。

 彼女は高峰瑞葵たかみねみずき。昂の幼馴染だ。動きやすさを理由に短く切った髪、ぱっちりとした瞳に朗らかな顔立ち、そしてなにより目を引くのが背の高さだ。昂と同じく高校一年生でありながら身長190センチメートルにもなり、その背丈を活かしバレー部のレギュラーとして活躍している。対する昂の身長は175センチメートルだ。


「ここにいると思ったんだ。今日はおじさんがいなくなった日だからね」


 瑞葵は足元に広がる町の光を見て小さく笑った。この丘は、玉波町で一番星に近い場所なのだ。


「学校の人気者が不良とつるんでいいのかよ」

「アタシたちはずっとこうでしょ」


 昂は溜め息をついた。実は昂には口に出せない悩みがあった。……瑞葵と並ぶと自分がチビに見えるのだ。それが嫌で彼女を遠ざけているのだが、瑞葵の方は昂の意図を知ってから知らずか、昔からの距離感を保ち続けている。


 瑞葵が膝の上に雑誌を広げたのを見て昂は「なに読んでんだよ?」

「月刊ラ・ムー」


 月刊ラ・ムーとは、今年で創刊50周年を迎えるオカルト情報誌だ。


「ガキん頃から、よくもまあ飽きねえな」

「今のトレンドはなんと言ってもこれ」瑞葵はラ・ムーを開いて昂に向ける「恐怖の大王、遂に現る!?」

「はあ、なんだそりゃ?」

「『ノストラダムスの大予言』をご存じでない?」瑞葵はしたり顔をする。

「その顔ムカつくからやめろ。大昔に流行ったヤツだろ」


 ノストラダムスの大予言──その名のとおりノストラダムスという男が残した予言のひとつで「1999年の7月に宇宙から恐怖の大王が降りて来て人類が滅亡する」といった内容で、昂たちが生まれる前の話だ。


「当時は1999年に恐怖の大王が降りて来ると言われていたけど、それは間違いだったの。ノストラダムスが本当に予言していたのは、今年のことだったのよ」瑞葵の弁に熱が篭る。「今世間を騒がしている多発的な失踪事件とロボット犯罪は、恐怖の大王が現れる前兆に違いないわ」

「世界の危機っていや、7の方がよっぽどだったけどな」

「7年前? なんのこと?」

「……なんでもねーよ。それにしてもそんなに楽しみにするものかね、世界の終わりってのは」


 昂はうんざりした。オカルトマニアというのは、どうしていつも世界を終わらせたがるのだろうか。瑞葵は本当にこの満天の星が消えてなくなってもいいと思っているのだろうか。あの光のひとつが、親父かもしれないのに。

 すると瑞葵は打って変わって、柔らかい口調でいった。


「だからさ、恐怖の大王が来る前に、おじさんを見つけなきゃね」


 昂は呆気にとられた後、「ああ」とだけ答えた。

 やはり瑞葵は苦手だ。隣にいると、自分がまだまだ小さいことを自覚させられる。

 昂は再び寝そべり、星空を仰いだ。


「なあ、瑞葵。恐怖の大王ってのは、どれくらい大きいんだ?」

「大王っていうくらいだから普通の人より大きいんじゃない?」

「だったら、オレはそれよりデカくなるぜ。そんで、恐怖の大王の頬をぶん殴ってやるよ」

 瑞葵は弾んだ声を出す。「いいじゃない。夢はデカく持たないとね」


 昂は頷き拳を突き出す。「オレはデカい男になるぜ。オレより上にいる誰よりもな」

 それから話に花が咲いた。河川敷でした喧嘩の話、超古代文明のこと、銀河について、宇宙の始まりとは──互いに思いのままに好きなことを語り、ふたりの笑い声は星空へと溶けていった。


 7月7日 22時04分──〈アンゴルモア〉が空を喰らった。

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