第36話 高齢者探索推進プログラムに引っかかる
「今までお疲れさま」
そんな一言ともに俺は長年社畜として働いていた迷宮清掃会社を定年退職することになった。
両親が事故で亡くなって自活しなければならなくなった。親類縁者もない俺は中学をやめて働き始めないといけなくなったと感じていた。もしかしたら学校に行きながら生活できる道もあったかもしれないが家が裕福じゃなかった俺はそんなことを考える余裕もなく教師の言葉も聞かず学校をやめてただ働いて金を稼ぐことだけを考えていた。
いろいろな仕事を安い給料で渡り歩いて中年になって雇われにくくなった。そんな時。神々がやってきて日本の地理を変え、迷宮を生やして試練を強いてきたのだ。そして起こった激動の時代の中今までになかった業種も誕生した。
迷宮清掃業務。
という聞こえの良い名前の死亡した探索者の回収、埋葬を業務を国から委託されて行う会社だった。
清掃業務は入り口や低階層だけでも綺麗にして迷宮に清潔感を出して探索しようとする者に気後れさせないため。死体回収と埋葬は低階層で迷宮内での死体を見つけたりした場合迷宮探索のモチベーションを下がるかもしれない。そうならないために行うという意図があるらしかった。迷宮関連はどうしたって危険はあるので給料も高く、かつあまりやりたがる人はいなかったので俺の様な中卒ですらない中年でも入りたての頃は1層の掃除業務からやらせてもらえた。ここだけの話迷宮でいろいろ疑惑の死に方をする奴の口止め料的な意味で給料が高いというのもあったと思う。今は法整備も進んだので少なくともうちの会社程度じゃ分からないくらいに数は少なくなったが。
そんな迷宮清掃会社の一つだった東都クリーナーの社長が俺を憐れんでくれたのか、仕事への対価という形でただのバイトなのにそれなりの金をくれたのだ。だから恩人である社長のため俺は正社員となってその会社で働き続け、そして社長が死んで後を継いだ二代目から今こうして晴れてお役御免になったというわけだ。
「何をするかな……」
後の方では死体処理関連の仕事を中心にやっていたので金はあった。休む暇も無かったが普通の死体と違って状態がひどいことが多いこともあり仕事の内容が内容なので後半の方は給料はよかった。遺体の回収の部分は危険なので探索者を雇ってやっていたがそれ以外の地上で行えるものは社員が分担して行っていた。
金はあった。でも趣味に使う時間がなかった。だがらこの年まで趣味らしい趣味に没頭したことがなかった。
そしてこうして定年になって仕事が無くなってさて、じゃあ金を使って何かをしようかなと思って
何もやることが思い浮かばなかった。本当にやりたいことが思い浮かばなかった。
おかしい。使う暇がなかったから金はあるんだ。食でも音楽とか車とか盆栽とかでも何でもいい。何かやりたいと思うものがあるんじゃないか、と考えて趣味の本とかも買ってきてそれでも何も思い浮かばなかった。
仕事のことしか考えず生きてこなかったのが災いしたのか性格が駄目だったのか友人もなかった。仕事の仲間はいたがこういうのを相談する仲ではない。強いて言うなら今は亡き社長がそうだっただろう。二代目の息子とはそんな仲ではなかった。
金はある、だがやりたいことは思い浮かばず友人もいない。いろいろ試しにやってみたが続ける気力が起きず何の趣味も作れない。連れ添う相手も当然ない。
あれ? これって寂しい老後じゃないか? と思ったが解決方法は浮かばなかった。
そんなとき急に郵送で送られてきたのだ。
「貴方は高齢者探索推進プログラムの対象に選ばれました」
と。
目を通してみたら正直あまりいい知らせではないな、と思った。
高齢者探索推進プログラム
ようは老人を探索者として働かせようという趣旨のプログラムだ。今でも決められた回数低難度の一定時間の迷宮探索を義務付けられているがそれに加えてさらにかなりの時間の迷宮探索をノルマに課そうという正直老人をいじめたいのか? と首をかしげる代物だった。説明会をやるので来てほしい、という同梱されていた紙の知らせを見て誰がこんなもの行くんだ、と思ったがよく見たら半強制だった。訴えたら勝てるんじゃないか、と思った。
正直国の横暴だ。こんなの受け入れずに拒否したっていい。高い確率で世論も味方してくれるだろう。
だというのに俺はやることがないからという至極くだらない理由でのこのこと説明会に足を運んできていた。数百人を対象とするプログラムらしいが説明会に参加すると思われる同年代の老人は思った以上にはるかに多くひょっとしたら殆どが来ているんじゃないか、とすら思われた。知らせを詳しく見ずに来た奴も多いんじゃないだろうかと正直疑った。
「ひどい話ですよね」
「確かに。読んだときは目を疑いましたよ。けど何ででしょうね。少し嬉しいって思ったんですよ。まだ俺にもやらなきゃならないことがあるんだなって」
「私も、何にも自分でやる気がなくてこうしてやれって言われてやっと腰をあげるつもりになったんですよ。そう考えるとまあいい機会なのかなって」
「社畜の魂百までですな」
「ははは」
……近くでされていたそんなやり取りを聞いて心の中で頷いてしまっている自分が嫌だった。
「初めまして。この度皆さんを探索者として短期間指導することになりました黒乃手と申します。若造が皆様を偉そうに指導か、と思われるかもしれませんが幼い頃から探索者として活動している一応ベテランの枠には入っていますのでそれで納得していただけたら幸いです」
指導員を名乗った男はぱっとしない見た目だった。敬語を使っているが粗野な風貌で確かに探索者らしいかといえばらしいが指導員をやれるような雰囲気には見えなかった。というより探索者は実力が上がるにつれ容姿がよくなる傾向にあると聞いたがそれに当てはめればこの男は実力がないのでは?
「まず初めに皆様に申し上げておくことがあります。私はあなた方を無駄に死なせるつもりで指導するつもりはありません」
「出来るだけ生き延びるための指導をするつもりでここに来ている。それだけは信じてください」
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