第7話

 昼前、スマホにちび助からのメッセージがきた。


『寂しいならお昼休み、先輩の教室に行ってあげますけど、どうします?』


 朝、来ないで良いって言ったはずだが?


『来るな』


 と、簡潔にメッセージを送り返した。

 ちゃんと、はっきりと言葉にしないといけないのだと、私は反省した。

 ちび助とは何度かメッセージのやり取りをしたことがある。こんな生意気な内容は、今回が初めてだ。

 どうやら、朝の件で相当に嫌われたらしい。


 ちび助からは、すぐにスタンプが送られてきた。

 可愛らしいマスコットキャラが"ぷんぷん"と言って怒っている。

 

 有料のスタンプを持っているだけで、陽キャだなーと感じる。当然、私は持っていないし、使うつもりもない。少し前までは、深雪もそうだったのに、ちび助に触発されてか――最近では必ずスタンプを使うようになった。有料ではなく、無料のものだが。


 スマホを仕舞おうしたとき、再びちび助からメッセージがきた。


『朝も言いましたけど、勝手に帰らないでくださいよ?』


 私はため息を吐く。気が向いたら――と、返信しようとして止めた。だって、間違いなく面倒臭いことになる。


『分かった』


 と、無難に返信した。


 私の対応は塩だと言われるが、無視はしない。必要最低限の対応はかならずする。私は気にしぃなのだから。しかし、最低限以上のことをするつもりはない。だって、面倒臭いから。自分のためならともかく、他人のために無駄な時間なんて使いたくもない。

 

 メッセージに気付いたらさっさと返信するようにはしている。すぐに返さないのは深雪だけ。ちび助との対応で、自分だけ返信が遅いことを深雪は知ってしまった。彼女に問い詰められたときは――正直、焦った。


 着信音が鳴る。


 今度のスタンプは、別キャラが"よろしく"と言っている。

 正直、知らないキャラにそんなことを言われても、こっちとしては知ったこっちゃない。




 昼休みのチャイムが鳴る。


 私はこの数時間、クラスで一言も話していない。


 うわー、あいつ一人で哀れ〜と思われている気がする。だから、顔は無表情だが少しきつめになるよう意識しているし、誰の顔も見ないようにしている。


 賑わいのあるクラスで一人、弁当を広げる勇気が私にはない。そのため、包を持ってさっさと教室を後にした。


 高校の敷地は小さい森の中にあるため、ちょっとした自然を満喫できる。

 生徒のために作られた憩いの場は、無駄に広い。人は多いが、少し奥に行けば誰にも会うことはない。


 だから、深雪が休みのときはいつも奥にあるベンチで座るようにしている。


 雑木林の中、ひとつだけ佇む小さなベンチに人が座っていた。その光景は初めてであり、しかも予想外の人物だった。


 その生徒の名は、藤宮千歳。


 風で揺れる肩まで伸びたきれいな黒髪。後ろに少し大きめな黒いリボン。

 細身なシルエット。

 幼い顔立ちながら、どこか大人びて見える。

 標準より少し小さい背。しかし、すらりと伸びた背筋から――実際より背が高く感じられる。

 どんなに暑くても長袖を着用し、黒いストッキングを履いている。

 彼女からは、気品のようなものを感じる。

 それは、お金持ちのお嬢様だからかもしれない。

 静かに、本を見ている彼女だけが――この世界から隔離され、絵画の世界に閉じ込められている。


 藤宮のことは、ほんの小さいころから知っている。

 彼女もクラスで孤立しがちだが、私と違いそれを気にするような性格には見えない。

 私は人に対して塩対応なだけでそれなりの応対はする。しかし、藤宮は話しかけた人間を睨みつけるだけでまともに会話をしようとしない。そのため、彼女を苦手とし、怖がっている女子は多い。深雪もそのうちの一人で、私が藤宮と話しているとき、口を開いたことは殆どない。


 藤宮とは一度も同じクラスになったことがない。それでも、私が話しかける数少ない人物の一人だ。

 彼女とまともに会話を出来るのは自分だけではないかと、密かにうぬぼれている。

 

 私は基本的に、他人を――煩わしいものだと認識している。それでも、藤宮にはついつい興味を持ってしまう。


 小さい頃はよく喧嘩をしていたから、正直、昔は大嫌いだった。でも、数年前――どうしようもない私を藤宮は受け入れてくれた。だから――かもしれない。それ以来、私は彼女を他人として見ていない。

 

「藤宮、久しぶり」


 少女はゆっくりと顔を上げ、私を見る。

 先程まで感じていた儚い印象が消え失せた。それは、彼女の勝ち気な目が私を捉えたからだ。


「何か用?」


 不機嫌そうな声。


 私に対してこんな態度をとるのは、すごく久しぶりだ。


 だから、ほんの少し面食らった。


 そのため、なんの言葉も出てこない。

 

 私は読書が趣味だ。だから、彼女が手に持つ本へ視線が向かうのは必定である。ブックカバーがされているため、題名は分からない。


「あー……何、読んでるのかと思って」


 そう言った私に対して、彼女は過敏に反応した。


「あー、そう。あなたもやっぱりそうなのね。くだらない噂で私を変な目で見る。みんなそう。ならば、みんな死ねばいい」


 彼女が私を見る目は憎しみ。


 その理由が、私には分からない。


 いつものように、曖昧に笑って――煩わしいことからはさっさと逃げ出せばいい。

 

 だけど、真っ直ぐに私を見る彼女の目が――私の心をつかんで離さなかった。


 私はため息をつくと、彼女の隣に座った。一人分の空間を埋めることはできなかったが。

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