第8話
「私がクラスで孤立していることぐらい知ってるでしょ? それに、クラスの連中になんて興味もない。だから、正直なんの話か分かんないんだけど」
藤宮はしばらく私を睨みつけていたが、納得したのか――身を乗り出していた体を元に戻した。
「で、何があったの?」
しばらく沈黙していたが、ため息を吐く。
「あとで噂話を聞いて、変に勘違いされても困るから、言うけど――」
一拍、間が空く。
「――たまたま、本当にたまたま、私が気まぐれで読んでいたガールズラブの小説を見て、それで――勝手に勘違いされたのよ」
「勘違い?」
「私がレズだって」
「あー、なるほどね」
思った以上に、くだらない話だった。
「着替えの時とか――いちいち、言わなくても分かるでしょ?」
うわーあいつレズだからこっち見るなよー的な、嫌がらせがあるということだろう。藤宮も意外ときにしぃなのかもしれない。もしも、藤宮の立場が私だった場合、学校を休む程度にはへこむけども。
「しかも、数人ほど私に告白してきたわ。当然、直ぐに断ったけれどね」
――その流れで、チビ助は深雪に告白してきたんじゃないだろうな?
「でも本当、皆暇人ね。私をからかう暇があるのなら、本でも読んだほうがよっぽど有意義かと思うのだけど」
そう言って、藤宮は静かに息を吐く。
「別にからかったわけではなく、本気で藤宮に告白したんだと思うけどね」
私は独り言のように呟いた。
「どうして、そう思うのよ」
藤宮は不機嫌そうに尋ねてくる。
「だって、藤宮は凄い美人だし、仕方ないんじゃない? 相手があんたのことを好きになったとしてもさ」
「……何よ、それ」
藤宮は、そっぽ向く。
もしかして、デレた?
彼女の仕草に――ちょっとだけ、ムラっとした。
私は深雪のことが好きだ。大切にしたいと思うあまりなのかは分からないが、彼女に対してあまり欲情はしない。しかし、藤宮に関してはそういう欲望が時々だがうずくことがある。
抱いてくれと言われたら――正直、理性が飛んでしまう気がする。そのため、藤宮は私にとって魔性の女である。そう思うのは私だけではないはずだから、告白されたと言うのは凄く納得できる話だ。
昔は――藤宮の顔を好みだとは思わなかった。もしかしたら最近、外見のタイプが変わってきたのかもしれない。
「ところでさ、小説のタイトルって何なの?」
無視された。
しかし、彼女との付き合いは根気よくだ。急かさず、待ち続けることが大切である。
「……言ったって、どーせ分からないわよ」
こちらに振り向くことなく、藤宮は呟く。
「大丈夫だって。私は結構、そこらへん詳しいから」
藤宮はこちらに振り向く。疑いの目を向けてきたが、素直に教えてくれた。
「……わたおと」
意外とマイナーな作品の名前が出たため、少し驚く。しかも、略称で言われた。
わたおと――正式名称は、わたしがクールなお嬢様を落とすまで。
てっきり、実写化、又はアニメ化したような有名作品だと思ったのだが。
しかも、結構きわどい作品だ。ちょっとエッチだったりする。
簡単に説明すると、クラスで孤立したクールなお嬢様が、ちょっと意地悪な同級生女子に落とされるお話。
内容はないに等しいが、キャラの掛け合いなどがよく、私のお気に入りのひとつでもある。
しかし、私もかなりネット検索してようやく見つけたような作品だ。正直、たまたまで見つかるような作品だとは思えないのだが?
「やっぱり、知らないんじゃない」
眉を顰められる。
「違うって。予想外のタイトルが出たから、驚いただけ」
「嘘」
「本当だって。私も好きだから、その作品」
「好きだとは一言も言ってないのだけど」
「へー、そうなんだ」
とても、そうは思えないが。
「私は――結構、好きなんだけどね」
藤宮は、相変わらず疑いの目を私に向けて来る。
「……因みに、どの辺が好きなのよ」
「ヒロインのお嬢様が可愛いところ。何となく、藤宮を思いだすからね」
そのためか、主人公には感情移入してしまう節があり、ついつい読んでしまう。
コミカルだし、凄く読みやすい作品だ。本当に内容はすっかすかだが、個人的にはそこがまたいいと思う。
「ば、馬鹿なんじゃないの――あなた」
そう言って、藤宮は本で顔を隠した。
なんだこの可愛い生き物は。
私に押し倒されても文句は言えないと思う。
まぁ、そんなことをするつもりはないけど。
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