第6話

「奈々先輩も、深雪先輩のこと――好きなんですよね?」

「……」


 好きにも色々ある。だけど、それは――おそらく、そう言う意味なのだろう。


 私は、唇をきつく閉じる。


「私――負けるつもりはありませんから」


 その言葉を聞き、私は鼻で笑ってしまった。


「何ですか? 余裕ですか? 私なんて相手にならないって言うんですか?」


 ちび助は走って私の隣まで来ると、顔を覗き込み、そんなことを言った。そして、膨らました頬を見せつけてくる。


「まさか。そんなの、ちび助の勘違いだって」

「ち、ちび助!? そ、それ、私のこと言ってますよね!」


 つい、あだ名で呼んでしまった。

 たいした付き合いはないけど、背が低いことを気にしていると――なんとなく気づいている。そのため、ちび助の呼び名は心の中だけにしようと決めていたのだが。


「違う。それはあんたの気の所為だから」

「気の所為!? そんな訳ないです。絶対に私のことを言ってました! みんな直ぐに私をちび扱いしますけど、そんなことないですから。確かに今は学年で一番背が低いですし、小学生だといまだに勘違いする人がいますけど、そんなの今だけですから。私、最近は嫌いな牛乳を毎日呑んでいるんですからね!」


 未来のことは知らないが、今は小さいことに変わりないなら、ちび助で十分では? そう思ったけど、面倒臭いことになりそうなため、余計なことは言わないようにした。


「私が悪かった。私の勘違い。もう言わないから、許してよ」

「……本当ですか?」

「本当だって」


 心の中では言い続けるけど。


「あんたの頭頂部の御団子で十cm以上は身長を稼げてるんだから、気にしなくてもいいんじゃない?」

「……それ、馬鹿にしてますよね?」

「まさか、そんな訳ないって」


 むしろ、わざわざ慰めてあげたのだ。感謝してもいいくらいだと私は思う。別に、されたくはないけど。


「……奈々先輩って、本当に意地悪ですよね? 私のこと、嫌いなんですか?」


 本人を目の前にして、嫌いと言えるほど嫌っているわけでもない。


「さっきも言ったけど、別にあんただけじゃない。深雪の前にいる私が少し特殊なだけだから。もしも、そんな私が気に食わないのなら、少しでいいから走れば? そうしたら、お互い顔を合わせずにせいせいすると思うんだけど」

「……それは、昔からなんですか?」

「何が?」

「深雪先輩の前で特殊な自分になったのは」

「そうかもね」

「なんかそれ……嫉妬してしまいます」


 意味が分からない。今の話のどこに嫉妬する要素があった?


「昔からってことは、私の知らない深雪先輩をたくさん知ってるってことですから」


 深雪との過去は私にとって何よりも大切なものだ。しかし、その過去は私が望む未来には繋がらないことを理解している。


「時々、私の知らないお二人の話を聞くたび、嫉妬しまくってますからね!」


 ――そんなことを言えてしまう彼女に、私は嫉妬する。


「……深雪に、告白したの?」


 ちび助は眉をしかめた。そして、私の顔を覗きながら歩いていたが、普通の姿勢に戻った。

 

「そうですよー、告白しましたー。友達からだって言われちゃいましたけどね!」


 ちび助は、やけになっているのか素直に言ってくれた。

 深雪から口止めされていただろうに。


「女同士なのに?」

「それ、深雪先輩にも言われましたけど――好きになっちゃったんですから、仕方ないじゃないですか!」


 あまりにも単純明快な返答に、私は驚いてしまった。

 私が何年も悩み――足踏みしていた壁を、彼女は簡単に乗り越えている。


「だから、深雪先輩には早く私を好きになっていただいて、直ぐにでもエッチなことをしたいんです!」


 顔に似合わず、以外にも肉食系。

 流石は――元運動部。


 とても、ふざけた話だと思う。


 だから――ここは笑うべきところ。なのに、私は笑えそうにない。

 

 ちび助は私が望む未来に向けて一歩前に進んでいる。だから、私は取り残された気がして――彼女に嫉妬してしまう。


「何で、深雪のことを好きになったの?」


 こんなにも、人が溢れているのに――なんで、深雪を選んだのだろう。選んでしまったのだろうか。


「深雪先輩と奈々先輩だけの思い出があるように、私と深雪先輩にしかない記憶があるんですぅ。それは、私にとって宝物なんですから、絶対に言ってやりませんよーだ」


 ちび助はハムスターのように頬を膨らます。


 私と深雪は殆ど一緒にいるため、全く想像ができないし、人見知りの彼女とこんな短期間で仲良くなった――そんなちび助に、私は苛立ちを募らせた。

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