第5話
登校の待ち合わせ場所に行くと、ちび助と深雪が何かを話している。まだ、距離があるせいか、こちらには気づいていない。ちび助は夢中で話しており、深雪はそれに対して相槌で対応しているが、どこかいつもと違う。その顔色を見て、私は慌てて走り出す。
「深雪!」
二人が私の方を見る。
深雪は顔が少し赤く、トロンとした目。
私は直ぐに彼女のおでこに手を当てた。
予想通り、熱い。
最近、落ち着いていたのに。
困ったように笑う彼女を見て、私は――
「何で直ぐにそうやって無理をすんのよ! 辛いなら辛いって言えばいい。そうやって、我慢して――前みたいに倒れられるほうがいい迷惑だから!」
悲しげに――目を伏せる彼女を見て、私は――我に返る。
「ご、ごめん。言い過ぎた」
深雪は首を横に振った。
「私の方こそ――ごめんね。いつも迷惑をかけて。だから、私は――」
一言もなく彼女の手を取る。
「歩ける? 無理そうなら肩を貸すけど」
「――大丈夫」
私は無言で彼女の手を引っ張り、歩き出す。
深雪は特に抵抗することなく、私の後に続いた。
私は腹を立てている。しかし、ちゃんと速度を落とし――彼女の顔色を伺うぐらいの冷静さはあるつもりだ。
深雪が家の鍵を取り出そうとしたため、私はそれを止め、呼び鈴を鳴らした。
中から深雪のお母さんが出てくる。
私は深雪の手を離した。
私と深雪を見て、彼女は直ぐに察すると――娘のおでこに手を当てた。
「あなた、また――」
母親は何かを言いかけ、口をつぐんだ。
「……ごめんなさい。弘子さん」
弘子さんは――深雪の母親だ。でも、深雪は名前で呼ぶ。
「いいのよ。気づかなかった私が悪いんだから」
「そんなことは――」
何かを言いかけた娘の肩に手を置いた。
「いいのよ、気にしないで。取り敢えず今は体を休めることだけを考えて」
その言葉に、深雪は大人しく頷いた。
「いつも本当に有難うね、奈々ちゃん」
弘子さんは私を見て、感謝の言葉を吐いた。
「いえ、別に――大したことじゃないので」
「ごめんね」
深雪の謝罪など――聞きたくない。そんな――申しわけない顔など見たくもない。
私は、もっと――寄りかかって、頼ってほしいのだから。
「深雪、お願いだから。無理はしないでよ」
その言葉に、彼女は頷いてくれた。
家を出て、扉を閉める。
敷地に入らず、道路で不安そうにしているちび助の姿を見て、すっかり存在を忘れていた。
「深雪先輩――大丈夫ですか?」
「さあ、私は神様じゃないから」
私は投げやりに言うと、彼女の横を通り過ぎて学校への道を歩く。
言葉通り、私はただの人間なのだから、分かるはずもない。深雪はそれほど体が強くない。そのため、学校を休むことは特に珍しいことでもない。だから――気にする必要なんてない。
「深雪がいないんだし、自転車で向かったら? 坂道ぐらい、あんたなら余裕なんじゃないの? なんせ、元運動部なんだから」
無言で私の後を歩くちび助の存在がうざいため、私はそんなことを言った。
「奈々先輩って、元々いじわるですけど、本当――深雪先輩がいなくなると私に対する冷たさが半端ないんですけど?」
「別に、そんなの――あんただけじゃないから」
深雪がいる前では、私は基本的に愛想笑いをするし、多少は丁寧に対応するよう心掛けている。しかし、彼女がいないときには無表情だし、態度が冷たくなり、言葉が悪くなるらしい。だから、ちび助も私と初めて二人っきりになったときには驚かれた。
正直、そこまで変化しているつもりはない。
「私は――深雪先輩と話すことに夢中で、深雪先輩の体調に全く気づきませんでした。私は先輩に笑って欲しくて、喜んで欲しかった――けれどそれは、先輩のためなんかじゃなくて、自分のためでした。こんなんじゃ、恋に恋するだけの――ただの間抜けな馬鹿です」
――分かってた。分かってたことだけど、本人の口から"恋"と言う単語を聞いてしまうと、内心――動揺した。
「……恋ではなかったと、さっさと気づけて良かったんじゃないの?」
そして、さっさと深雪と会わないようにして欲しい。
「でも、私はやっぱり深雪先輩が好きです。だから、この思いをちゃんと育てて――そして、今度は私が先輩を助けます」
本当に苛立たしい。――私は彼女の存在を無視することにした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます