第4話
「――深雪、紹介してもらってもいいかな」
自分から口を開くつもりなんてさらっさらなかったのに、私は我慢できずに言葉を吐いてしまう。
「あ、ごめんね!」
何で――謝るの? 私、怒っているように見えた?
「小春ちゃん。悪いんだけど、奈々ちゃんに自己紹介してくれるかな」
「分かりました!」
女の子は元気よく返事をすると、こちらに体を向ける。
「初めまして、私は桜井小春といいます。一年A組で、後輩です!」
いちいち言われなくても、リボンの色で学年が分かるようになっている。
一年は赤色。
二年は緑色。
三年は青色。
「私のことは小春と呼んでくれると嬉しいです」
無邪気な笑顔。私と違い、クラスの人気者で、きっと――友達も多いのだろう。
――じゃあ、いいじゃん。どーせ、代わりなんていくらでもいるんでしょ?
だけど、今の私には――深雪だけだ。だから――私から、彼女を奪うな。
「奈々ちゃん?」
しばらく無言の私に、深雪が話しかけてくる。
女の子は少し不思議そうに首を傾げる。
――あんたなんか、大っ嫌いだ。名前何て呼びたくもない。だけど、私は――。
「分かった。これからは、小春って呼ばせてもらうから」
――そんな、馬鹿な言葉を吐いてしまう。こんな奴、ちび助で十分だ。
そいつが――笑う。
「先輩のこと、奈々先輩と呼んでもいいですか?」
そんなの――良い訳がない。
「まあ、いいけど」
なんて――馬鹿みたいな言葉が自分の口から漏れる。
ああ、もう! 本当に、自分が大嫌いだ。
* * *
ひと月ぐらい――時が過ぎた。
ちび助は思っていたより、裏表のない人間のようだ。
きっと良い子だと――皆は思うだろう。
しかし、私から見れば悪い娘だ。
私と、深雪の間に割り込んでくる。
いつも、二人だけだった昼休みに――ちび助がいる。
いつも、二人だけだった帰り道に――ちび助がいる。
いつも、二人だけだった登校に――ちび助がいる。
いつも、二人だけだった休日のお出かけにまで――ちび助がいる。
どんどん――深雪の気持ちが私から離れていく。
それが――私には分かる。
だって――私はずっと彼女の隣にいたのだから。
だから――私は、ちび助に嫉妬してしまう。
ちび助は色んな人間から話しかけられる。
一年生だけでなく、二年生や三年生からも。
彼女は物凄く運動神経がいいらしい。本人は謙遜していたが、昔は有名な陸上選手だったとのこと。全国大会に出るレベルで――優勝経験もあるのだとか。
それは本人から聞いた話ではなく、ちび助に話しかけた陸上部部長からの言葉だ。
陸上の世界ではかなり名の知れた人物とのこと。
「小春ちゃん、本当に陸上部には入らないの?」
帰宅途中、深雪はそんなことを尋ねた。
その言葉に、小春は珍しく拗ねた顔をした。
「だってそれじゃー、深雪先輩と一緒に帰れないじゃないですかぁ」
ちび助が私とまったくの無関係な相手でいられたなら、素直に可愛いと思えたのだろう。
深雪はどこか、困ったような――それでいて、どこか嬉しそうに笑った。
* * *
高校は徒歩三十分ほどの距離だ。家が近いからと言う理由でそこを選んだのと、私の学力では全く問題ないレベルだったからだ。
ただし、深雪では少し学力が足りなかった。見た目は優等生で頭が良さそうに見えるが、意外と勉強しないタイプで、長期休暇の宿題はいつも最終日に慌ててやるような人間である。
当初、私は深雪の学力に合わせて別の高校にするつもりだった。
だけど、彼女のほうが私に合わせ――必死に勉強してくれた。当然、私は彼女を全力でサポートした。深雪はそのことについて、申し訳ないと言ったが、私にとって幸せな時間となった。
――深雪のために頑張れる私と、私と同じ高校へ入るために頑張る深雪を見られたのだから。
ちび助の家は、二駅向こうの町にあるらしい。
遠回りになりながらも、一時間以上かけて深雪の家まで自転車を漕いでやってくる。
そして、深雪と一緒に私を待ってから一緒に登校するのが日課になってしまった。
高校は小さい森の上にあり、急な坂道が生徒たちへの試練となっている。
私の住んでいる町は、急な坂が多く――自転車ではなく徒歩で通っていた。そのため、ちび助は深雪の家に自転車を置いて登校する。
そんなこともあってか、ちび助は深雪のお母さんと話す機会が何度もあったらしく――もう、仲良しになっていた。
三人で深雪の家で遊んだ時、ちび助と深雪のお母さんとの仲睦まじい会話を聞いたときには、正直――舌打ちを鳴らしかけた。
深雪のお母さんとの付き合いは何年もあるのに、私なんてあんな仲睦まじい会話などした記憶がない。
あぁもう、本当に憎らしい奴だなぁ。
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