第2話
授業は上の空。全然頭に入ってこない。
休み時間になると、私は直ぐに深雪の席へ向かった。なのに、彼女はいつも通りの顔して、いつも通りの話しかしない。
私は笑いながら、相槌を打つ。
違う。そんな話を聞きたい訳じゃない。手紙の話を聞きたいのに、彼女は一言もそれに触れようとしない。
気にしていることを悟られたくないくせに、今の私の気持ちを分かってくれない深雪に対して、私は憤りを覚えている。
本当――私は最低だ。
次の休み時間も、一緒にお弁当を食べる時も、彼女は手紙について何も喋らなかった。
午後の授業を受けながら、あの手紙はただの悪戯だったんだと、そう思った。
――そう、思い込もうとしたんだ。
事態が動いたのは放課後になってから。
深雪は手を合わせ、私に謝罪する。
「奈々ちゃん、ゴメンね。私、今日は用事があるから、先に帰って貰ってもいいかな?」
「何かあった?」
私は笑顔を作る。引き攣っていなければいいが。
「いや――その、全然たいしたことじゃないから、気にしないでね」
深雪は顔を赤くし、手を振る彼女の可愛さに、抱きしめたくなる愛おしさと、私ではない誰かを選んだ彼女への苛立ちが混ざり合う。それは溶け切らずに、心のしこりとなった。
――たいした用事でないのなら、そんなの放り投げてさっさと私と帰るべきだ。それをしないということは、私の存在はそれ以下ってことになる。
「分かった。じゃあ、先に帰ってるから」
そう言って、私は多分、笑えているはずだ。
私は彼女のことをよく知っている。彼女を待つことも、引き留めることも、彼女を困らせることになるだけだと。
深雪はほっとしたように笑う。
「奈々ちゃん、それじゃあ、気を付けて帰ってね」
そう言って、深雪は手を振って私から離れていく。
私は今すぐ彼女を追いかけ、彼女を抱きしめ、彼女に好きだと伝える。――そんな、夢想。
私は彼女を追いかけることも、彼女を待つこともせずに、一人で帰宅する。
学園を出て続く坂道の脇には、神社の境内にあるような小さな祠がある。
小綺麗にされてはいるが、参拝客などほとんど来ない。
ここは人の魂が集う場所と言われている。
死と生の狭間。
だから昔、私と深雪はここで祈った。
それは――遠い、過去のお話。
散った桜に囲われた摂社を眺める。
誰の声も聞こえない。
それは、当たり前のこと。
ほんの少しだけ、目を閉じる。
そうして、この場所を後にした。
一人で帰るのは、凄く久しぶりかもしれない。
深雪は昔から体調を崩しやすい。学校を休むことは多いが、最近は落ち着いていた。
見慣れたはずの帰り道が、一人ではとても異質なものに見える。
いつも楽しかった帰り道が、こんなにも長く――こんなにも退屈なものとなってしまう。
深雪はどうなのだろう?
一人で帰っても、何も思わないのだろうか?
いつも切らないスマホの電源を落としている。でもすぐに気になって、再び電源を入れてしまう。そして、深雪からの連絡がなくて落胆する。それが嫌だから電源を切るのに、気になって仕方がない。
告白の連絡なんて聞きたくもないのに、早く聞きたくて仕方がない。私の心はいつだって矛盾している。
いつも帰りにはスーパーに寄って、買い出しをしている。だけど、今日は正直――そんな気分じゃない。
面倒くさいが、居候には――。
『今日、晩御飯ないから』
――と、スマホで簡潔な文字だけ転送した。
2m以上の塀垣に沿って歩き、屋根付きの門を潜った。
私の住んでいる場所は家――と言うよりは、屋敷と呼ぶ方が正しい。平屋だが、無駄に広い。庭園もあり、管理するのがかなり大変だ。
これだけ大きい屋敷に住んでいると、お金持ちとよく勘違いをされる。だけど、全くもってそんなことはない。
今の生活水準を考えるのならば、ここから出ていくべきなのかもしれないが――この屋敷は祖母が私に残してくれたもの。
簡単には捨てられない。
それに、このお屋敷にはたくさんの宝物がつまっている。
手に触れることのできない――私だけの宝物が、ここにはたくさんある。
家の中へ入り、部屋の中へ。
私は恐る恐るスマホの電源を入れた。連絡の通知が来ている――が、すぐにそれが同居人からだと分かると、私は落胆した。
しかも、悲しみを表す顔文字を見た時には――正直、スマホを床に叩き付けてやろうかと思った。まぁ、被害は自分にしか返ってこないわけだから、絶対にしないけど。
――深雪からの連絡は、まだない。
私は布団の中にスマホを投げ入れ、部屋から出た。
こんな面倒くさい女、はたして誰が好きになるというのか。
私だったら絶対、好きにならない。そんなことは自分が一番よく分かっている。
私なんて、この世から消えたほうがきっといい。
まぁ、死ぬつもりなんてさらっさらないけど。
居間でテレビを眺め、カップラーメンを啜る。
テレビの向こう側では、皆が笑っている。
しかし、私は笑えそうにない。
時計を確認した。
スマホを確認してから一時間以上が経過している。
私は我慢できずに部屋へ向かった。
布団を退け、スマホを確認する。
深雪から連絡が来ていた。早く見たいと思う気持ちと、確認することへの恐れもある。
通知を確認した。
30分以上前であることを確認してから私はメッセージを開く。
私は1回目の返信をするとき、必ず30分以上後と決めていた。それは何故か――そんなの決まってる。
だってすぐに返事を返してしまえば、気があると疑われてしまう――というアホな理由からだ。
私と比べて、深雪は直ぐに返信する。それは私に気があるから――ではなく、全く意識していないからだ。私はそう、認識している。
『新しい友達が出来たよ』
深雪からのメッセージ。
今の感情を、どう表現すればいい?
ただ、時が止まった。
ずっと二人だけの世界に、誰かが入ってくる。それは――ただの友達?
私は結局、メッセージに返信が出来ないまま今日を終えた。
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