戦士アレイは後衛に下がりたい

@Chikoro

戦士アレイは後衛に下がりたい

「アレイ! 戦士のお前がなぜ前衛に出ないんだ!」


 日が沈みかけた荒野、野宿の準備中に魔法使いラクスの不満が爆発した。


「そうだよ、弓を引いてる私の隣で剣を構えてるの見た時は頭がパニックになりそうだったよ」

「リゼも困ってる、王国随一の戦士のお前に何があったんだ!?」


 ラクスの不満に連鎖するようにリゼからも溜まっていた鬱憤が表に出る。


「まぁまぁ、落ち着け、アレイの言い分を聞こうじゃないか」


 僧侶のセレナが二人をなだめると、アレイは後ろめたそうに重たい口を開いた。


「ーーお前らが後ろでコソコソ話してるのが気になるんだよ」

「なっ・・・・・・」


 ラクスとリゼは目を丸くし、セレナだけが真剣に眼差しを向けている。


「お前そんなことで・・・・・・そもそもコソコソ話しなんてしてないぞ」

「そうだよ、今は私達の技量で弱い魔物は倒せてるけど、これからは連携しないとやばいって」


 王国直々の魔物討伐依頼があり、実力実績ともに充分な四人が選ばれた。前衛一人、後衛三人という尖った構成ではあったが序盤は問題なく進めていた。


「そんなでかい図体して、何を気にしてるんだよ」

「体の大きさは関係ないだろ、そもそも戦闘中にコソコソ話ししてるのがおかしいんだ」

「だから話しなんてしてないって言ってるだろ!」


 アレイとラクスはお互いに今にも殴り合いそうな剣幕で言い合いを続けていると、ガシャーンと杖で岩を打つ音が荒野に響いた。


「お前たちいい加減にしろ」

 セレナの一喝に一同は視線を向ける。


「悪いのはアレイだろ、セレナもなんとか言ってくれよ」


「では一つだけ」

「アレイ、なぜ距離も離れていて、まして私達に背を向けて戦っているのに、どうしてコソコソ話しをしているとわかったんだ?」


 アレイは下を向きバツが悪そうにしている。


「ーーそんな気がするんだよ」


「みんなを危険に晒しておいて、それなのに気がするだけってどういうことよ!」

 様子を見ていたリゼであったがたまらず会話に割って入る。


「落ち着けと言っているだろ。アレイ、もしかしてお前・・・・・・恐いのか?」

「そ、そんなわけないだろ」

「アレイ、私の目を見て言ってみろ」


 セレナから向けられた眼差しにアレイはたじろいながらも話しだした。


「ーー恐いのかはわからないが、戦っていて不安な気持になったんだ・・・・・・ こんなの初めてだ」


 アレイの言葉にセレナは息を呑み、優しく微笑む。


「なんだそれ、俺たちが悪いってのかよ」

「そう言うなラクス、アレイを責めても仕方ない、これは私達全員でないと解決できない問題のようだ」


 セレナの言葉に全員が顔を明るくした。


「何か案があるのか」

 アレイがすがるように言うと、セレナはバッグから装飾が施された酒瓶を取り出した。


「国王から景気付けに頂いた酒だ、リゼ、肉も出せ、今日は朝まで飲むぞ」


 アレイ、ラクス、リゼは、ぽかんとセレナを見つめる。


「そんな・・・・・・まだ旅も始まったばかりなのに」

「だからこそだよ、飲みたくないなら飲まなくていいんだぞ、リゼ」

「もう、飲みますよ!」


 セレナの提案に戸惑った三人だったが、目の前のご馳走には抗えず、すぐさま宴が始まった。

 さっきまでの険悪な雰囲気が嘘のように消える。四人は朝までお互いのことを語り合った。

 特異な戦術、倒した魔物、家族のこと、生い立ちや美味い店の話しまで。

 気がつけば日が昇り始め、少し眠った後、出発することとなった。



「やっぱ凄いんだなアレイ、昨日とは別人じゃないか」


 アレイは前衛に立ち、自分の体と変わらないぐらいの大剣を振り回して魔物の群れを蹂躙する。その姿にラクスは目を輝かせていた。


「あいつと私達は見てる景色が違ったんだよ」


 セレナはアレイに補助魔法をかけながら、後ろめたそうに話す。


「精鋭が集められたとはいえ私達は即席のパーティーだ、お互いのことを噂に聞く程度で本当のことは何も知らなかった」

「後衛の私達は近くに優秀な仲間がいて、英雄にも等しいアレイの背中を見て戦う安心感があったんだ」


 セレナの言葉にリゼは唇をぎゅっと噛みしめる。


「だがアレイはどうだ、見えているのは魔物だけ、よく知らない仲間は後衛で固まっているときた」


 セレナは片手で額を抑え天を仰ぐ。


「アレイは魔物だけでなく、孤独、いやもっと酷いものと戦っていた・・・・・・ もしかしたら助けてくれないんじゃないか、振り向いたら誰もいなくなっているんじゃないかと考えていたかもしれない・・・・・・」


 後衛の三人はアレイの大きな背中を見つめる。


「それが今回の原因だろう、不安や恐怖が積み重なり私達がコソコソ話しをして何か企んでいるのかと感じた。本当に昨日は何も話してないのにな」


「ーー私達はもっと早く腹を割って話しをするべきだった」


 セレナは笑顔でアレイを指差す。


「だがアレイの戦いぶりを見ろ、私達を信頼してくれている証拠だ。昨日の宴が上手くいったようだ」


 弓を構えるリゼの目から一筋の涙が溢れる。


「私、後でちゃんと謝ります。今まで仲間を信じてやってきたのに、何も知らないで酷いこと言っちゃった」

「俺もだぜリゼ、まったく・・・・・・ パーティーの信頼関係構築なんて基礎の基礎なのに、自分の実力にあぐらをかいてあいつを責めることしかできなかった・・・・・・」


 ラクスの懺悔ともいえる言葉とともに魔法が放たれ、魔物の最後の一匹が倒れた。


 アレイが振り向き大声をあげる。

「お前らやっぱりコソコソ話ししてただろ」

「お前はやっぱスゲーって話してただけだよ」


 ラクスは手を振りながらアレイに答える。


「そういうことは直接言えよな」


 戦士アレイは笑顔で三人の下へ向かっていく。その表情は迷いのない真っ直ぐなものだった。

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