第28話 フェニの野望

「こ、こちらですじゃ。足元にお気を付けくだされ」

「ああ、分かってる」


 僕たちは村長に先導されて、森の中に分け入る。先ほどの魔物の咆哮のせいか、小動物などの姿が見当たらない。何処かに隠れてしまったのだろうか。


「動物どもは、みんな魔物を恐れて住処を変えちまいました。おかげで我々は狩りにも困る有様で……」

「ふむ。やはり問題の魔物を駆除しないと、どうにもならんな」


 僕たちが森の中を進んでいくと、やがて森の一角にひらけた草原に行き当たる。件の魔物は、その中央で気持ち良さそうに丸まっていた。


「あれか……」

「うわ、でっかいね。身体の大きさがご主人様の10倍くらいあるよ、あれ」

「僕で例えるなよ」


 僕たちの喋り声に反応したのか、巨大な猪の姿をした魔物はのっそりと起き上がる。

 こちらをじろりと睨み、準備上々の臨戦態勢といったところだ。わざわざ縄張りに入り込んできた獲物を逃がすつもりはさらさら無いらしい。


「フェニ、村長も。下がっていろ」

「へ、へぇ」

「ご主人様ー、がんばれー」


 気の抜けた応援の声を最後に、二人は邪魔にならないよう木の陰に隠れる。

 さて、と。僕は腰に下げた短剣を引き抜く。これは前領主が屋敷に置きっぱなしにしていた名品の一つで、刃渡りは短いながらも、その切れ味は中々の代物である。


 雄叫びを上げて突進してくる巨大猪。僕はその巨体をひらりと躱し、すれ違いざまに足首を刈り取る。傷ついた足では自重を支えきれないのだろう。よろめいた猪はバランスを崩して轟音を立てながら転倒した。僕はその隙に猪の身体に飛び乗ると、脳天目掛けて短剣を想いきり突き刺した。


 獣の断末魔が森に響き渡る。これで、森の暴君が討伐された事に感づいた動物たちが戻ってくれば、当面の問題は解決というわけだな。生命活動を終えた猪の頭部から短剣を抜き取り、大地に降り立った僕をぱちぱちとフェニの拍手が出迎える。


「すごいです、ご主人様」

「ふふん。悪の組織の首領として、この程度は軽くこなせなくてはな」

「わー、ご主人様えらい。つよい。かっこいー」

「……お前。なんか適当じゃないか?」


 なんだこいつ、煽ってんのか。僕はイラっとする気持ちをどうにか堪えて、村長に向き直る。


「このデカブツは村に運んでお前達の食料とするがいい。これで、村の食料事情はどうにかなるだろう」

「ははぁっ。 ほんにありがとうごぜえます。これで村は救われますだ」


 うんうん。それでこそ僕が出張った甲斐があるというものだ。

 ……あれ。そもそも、僕ってなんでこの村に来たんだっけ? 確か、悪役としての良い考えを思い付いたからだったような……。


「ご主人様。用事が終わったのならさっさと村に帰ろう。ほら、それ持ってほら」

「な、なんだフェニ。急かすな。わ、分かったからおい。押すなって……」


 何故かさっさと村に戻りたがるフェニに押されて、僕は仕方なく猪を担いで村に帰った。……よく考えればこれ、わざわざ僕が持って帰る必要なかったんじゃないか? 後から村の奴らで運べよ。全くもう。


 村に戻った僕らを出迎えた村人たちは、それはもう大変な喜びようで、わざわざこの冬前の忙しい時期に感謝の宴会を開くと言い出した。何でも、猪の肉を加工して保存食にすることで、無事に冬を越える目算が立ったのだという。


 まあ、せっかく領主たる僕自らわざわざ運んできてやったのだ。それくらい役に立ててもらわねば、せっかく獣臭くなった甲斐がないだろう。


「村をお救い下さってありがとうございます!」

「新しい領主様はまだお若いが、我ら領民にとっては救世主様だ!」

「ルグラン様、万歳!」


 僕に感謝を捧げる村人たちの声が止む様子を見せない。ふん。領民どもめ。僕に感謝するのは今だけだ。いずれ、悪役領主として僕が本気を出したらお前達は本当の貧困と苦労を味わう事になるんだからな。


 終わらない声援に僕が面白くない心地で隣を見ると、フェニが何故かにやりと不敵な笑みを浮かべている。


「ふっふっふ……。見て、ご主人様。民たちがご主人様に感謝してるよ」

「ああ、忌々しいことにな。何とも余計な事をしてしまったものだ」

「……ところで、ご主人様。ここに来た目的って覚えてる?」

「は? なんだっけ。えーっと……」

「ううん。思い出さなくていいよ。どうせくだらない事だから」


 下らないとはなんだ。まあ、思い出せないのだからどうせ思い付きか何かだろう。気にするまでも無いか。僕は差し出された葡萄酒をぐいと煽り、どうでもいい事は忘れることにした。


 …………。


 ……。



 -------------



「――おや。ご領主様は寝ちまっただか」

「うん、ぐっすり」


 村の救い主に改めて挨拶をしようと村長さんがやってきたが、ご主人様は寝ているので私が代わりに返事をした。

 私は優秀なメイドなので、主の不在時の応対はばっちりだ。


「いやあ、ご領主様は素晴らしいお方じゃねえ。我々みたいなもんにも救いの手を差し伸べてくださりよる。噂に聞けば、領内の悪漢どもを成敗して回ってるとか。……ほんに、良きご領主様じゃて」


 村長さんはぺこぺこと何度も頭を下げて去っていった。最初におかしな嫌がらせみたいな計画を嬉々として言い出した時には、ご主人様のおつむの残念具合に呆れたけれど。結果的には丸く収まって何よりだ。


 どうやらご主人様は悪い事をしたがるお年頃みたいだけど、そのままじゃいつかきっと痛い目に遭う。そうなる前に、私が補ってあげるのだ。そうしろと、胸の中で別の誰かが願っている気がする。


 とにかく、今後もポンコツなご主人様がこうして上手く行くように、私が裏で手を回さねば。何故なら、私は優秀なメイドなのだから。ふふん。


「ご主人様は、私が真人間にしてみせる」


 それが私の、密かな野望であった。

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