第27話 悪役領主、寒村を弄ぶ

 悪役とは何か。人の困るような事をするのが悪役だ。

 では、悪役領主とは何か。民に迷惑をかけてこそ悪役領主の面目も保たれるというものだ。


「つまり、どうするんですか」

「なに。ここは領主として、ひとつ領民の暮らしぶりを視察してやろうと思ってな」


 領主としての雑務を終えて休みがてら、フェニに悪役としての講釈を垂れていた僕は、悪役領主らしく罪なき領民たちに負担を強いる良い方法を思い付いた。さっそくフェニを引き連れて、僕は領内にある寒村を訪問する事にする。


「御者、この先の村だ。向かってくれ」

「は……。それはよろしいのですが、この先にあるのは寂れた寒村だけです。住民も少なく、ご領主様にわざわざ足をお運びいただく所ではございませんが……」

「ああ、それで構わないんだ」


 馬車に揺られながら、僕はこんな場所までやってきた理由について考えた。


 冬が差し迫ったこの時期、領内の村々はどこも急いで冬ごもりの準備を始める。冬の間は身動きが取れず、満足に食料を貯め込んでおかないと最悪の場合、生存に関わりかねないからだ。


 つまり、この時期はどの村も忙しい。まして、これから向かう村のように若手が少なく活気もない小規模な村ならばなおの事。食料確保は遅々として進んでいないだろう。


 そこに、突如として領主が現れたらどうか。まさか、領主を放置して作業を進めるというわけにもいくまい。村を挙げての歓待だのなんだので、大層手間取る事だろう。そうして、冬ごもりの準備を邪魔してやるのだ。


「クックック……いざ冬になった時、食糧不足で泣きついてくる連中の顔が見物だろうなァ……なあ、フェニ」

「ご主人様、ほんと性格終わってるね」

「ははっ、僕にとっては最高の誉め言葉だ!」


 ご満悦な僕たちを乗せて、馬車は目的地に辿り着いた。

 領主の突然な訪問を出迎えるべく、村人たちが馬車の周囲に集まってくる。


「ほ、本日はこのような村まで足をお運びいただき、ほんにありがたい事です」

「堅苦しい挨拶は抜きにして構わない。それより、早速村の様子を見させてもらおうか?」

「へ、へえ。それではこちらにどうぞ」


 僕はいつだかの事を思い出しながら、村の中を見て回る。あの時は妙な襲撃に遭ったものだが、今回に関しては至って平穏そのもの、ただのさびれた農村と言ったところだ。僕らの事を一目見ようと集まった村の者たちも、その大半が老人である。


「ずいぶんと若い者が少ないんだな?」

「へえ。みな、こんな田舎からは出ていっちまいますもんで……」


 なるほど。やはり、僕の想像通りの村だ。つまり、今の時期は冬ごもりの準備で大忙し。こんな時に僕みたいなのがやってきて、内心ではさぞ迷惑がっている事だろう。うーん、悪役領主としては清々しい思いだ。


「一通り見て回って、少し小腹が空いたな。何かこの村の特産品などは無いのか?」

「それでしたら、村の片隅で取れた新鮮なキノコを干したものがございますが……」

「ほう、ならばそれを頂こうか」


 ふふ。せっかくだから、更に食料を減らしてやろうじゃないか。僕は自分の悪行に身震いする心地だった。やはり悪役とはこうでなくてはな。


 その時。突如として、森の方角から獰猛な獣の叫び声が村中に轟いた。


 なんだなんだ。周囲の村人たちの顔に恐怖の色が浮かぶ。一体、何事だ。


「村長。今の声はいったいなんだ?」


「そ、それが……最近、村の裏手にある森に狂暴な魔物が棲み付いてしまいまして。狼を何倍にもでっかくしたような奴です。そいつに襲われるってんで、最近じゃ誰も森の奥に入れなくなってしまったのです。おかげで森の食料を手に入れる手段が無くなってしまって……」


 村長は深々と溜息をついた。どうやら相当困っているらしいな。クク、良い様だ。

 僕が内心で喜んでいると、フェニに後ろから袖をちょいちょいと引っ張られる。


「ご主人様、いいの?」

「何がだ? 苦しんでいる民を眺めて悦に至るのは、悪役領主としての嗜みというものだろうが」

「でも、このままじゃ食料に困るどころか、この村の人全滅しちゃいそうだよ」

「なに……?」


 僕はきょろきょろと辺りを見回す。確かによく見ると、どの住民も冬が来る前から瘦せ細り、活力を失っているように見える。森で食料が取れないとなると、もはやここ最近の彼らは、まともな物を食べられていないのかもしれない。


「悪役としての基本は活かさず殺さずで、人々を長く苦しめるのが本物の悪党というものだーって前にご主人様、言ってた。私覚えてるよ」


「むっ……」


 確かに、以前そんな話をしてやったかもしれない。僕なりの悪役としての哲学だ。苦しめるべき相手が居なくては、いくら悪役などと言ってもしょせんは張子の虎に過ぎない。故に、彼らにとどめを刺してはいけないのだ。


「うーむ……確かに、このままではこの村自体が保たないか……」


 僕は顎に手を当てて考え込む。このまま僕が見捨ててこの村が滅び去るのは避けたいところだ。……仕方ない。では、やる事は一つだ。


「やむを得んな。村長、その魔物のところに僕を案内してくれ」

「へ?」

「いいから。さあ、すぐに行こう」

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