第20話 そして年月が過ぎ
そして気付けば四年の歳月が過ぎ、僕は十五の誕生日を迎えていた。
「若様、おめでとうございます」
「おめでとうございます!」
「皆、ありがとう。今日この日を無事に迎えることが出来て、嬉しく思う」
僕は屋敷の大広間で乾杯の音頭を取った。
今日ここに集まったのは屋敷の使用人や僕の部下である者たち。そして、外部から祝いに現れた者たち。その中から、一人の清楚な女性が歩み出た。
「ルグラン殿、成人おめでとうございます」
「リュステル殿。ありがとうございます。今日という日を迎えられた事も、ひとえに神の思し召しあっての事。右も左も分からぬ青二才であった私を精力的に支えて下さった教会の皆様方にも感謝致します」
僕が作法に則り頭を下げると、彼女もまたお辞儀を返した。
リュステル殿、彼女は教会の女神官だ。数年前にアルファンド領を訪れ、そして半年前にこの旧レインメル領にやってきた。旧レインメル領……。この言い方も久しぶりに感じるな。レインメル家が没落して以降、この地はアルファンド家の所領となっている。つまりここも今ではアルファンド領というわけだ。
この地に僕が赴任してきて以降、僕は事務のおおよそをメイド長に丸投げしながら、治安の悪化する一方だったこの地のワルどもを片っ端からシメて回った。
ボス猿は誰かを、彼らにきちんと示す為だ。僕が支配するこの土地で、僕以外の悪は許さん。ここで悪ぶりたいのなら、僕の下に付く必要がある。
おかげで自ら領内の悪党を成敗して回っていると、民衆からの僕の評価はうなぎ登りだ。前領主が失踪して以降、彼らはよほど治安の悪化に怯えていたらしい。まあ、直前に隣の領で魔物騒動だの山賊だのと色々あったのが伝わっていたのだろう。次は我が身と考える領民が多かったのだ。
気付けば僕は、この地の新しい領主として十分な名声を得ていた。こうなれば僕の立場は盤石。思う存分好き放題に悪事が働けるというものだ。
くくく……愚かな民衆どもめ。自分たちがいったい誰を持ち上げていたのか、それを思い知る日は近いぞ。
「ルグラン様、邪悪な顔してる」
「なんだ、フェニか……って、俺いま顔に出てたか?」
僕が妄想を楽しんでいると、横からフェニが声をかけてきた。
見れば両手に山盛りの料理を持っている。僕の為に取って来た……わけではなさそうだな。大体の料理に食いかけの気配がある。
「ううん。表情はいつもの胡散臭いルグラン様のまま。でも何となくわかる」
「誰が胡散臭いだ。せめて悪党らしいと言え」
コイツ、僕が裏で何を考えているのかまで読み取り始めるとは。前のフェニと同じような技能を身に着けやがって。
前のフェニ、か……。結局、この四年間にコイツの記憶が戻る事は無かった。四年経っても相変わらずのポンコツっぷりのままだ。むしろ、身体が成長した分被害が広がったとすら言える。
僕はフェニの身体を眺めた。コイツがこの身体になった時はまだ十四だったから感じなかったが、よく見ると中々のプロポーションだ。出る所はしっかりと出ていて、へこむ所はへこんでいる。食い意地が張っている癖して、何故こうもスタイルをキープできるんだ。
「ルグラン様の、えっち」
「なっ。馬鹿! ぼ、僕はそんな目で見ていたわけじゃない!」
フェニが身をくねくねとよじらせる。ちくしょう、フェニのくせに妙な事言いやがって。そうやって身体をくねらせるから、メイド服のスカートがひらりと風に舞って……。中が見えて……。
「若様。その辺りにしておかれませんと。人前ですよ」
「ッ!! わ、分かっている! いや、そもそも僕は邪な目など向けていない!」
メイド長に注意され、僕は慌てて首を振る。くそう。何だか最近妙だ。フェニめ、僕の視線を誘導する技術でも身に着けたのか。
「ルグラン様がえっちなだけ」
「あ! また言ったなお前!」
そうして僕たちがわいわいと過ごしている内に、誕生日会はあっという間に過ぎ去っていった。
「ふう……。皆撤収したか。毎年毎年、僕の誕生日を祝うだけの為によく集まるものだ」
「それは、若様はこの地の主ですもの。当然ですわ」
「あくまで父上から借り受けているというだけの事だがな。……それより、今日は彼女は来ていないのか」
「彼女というと、あの方ですか。必ず行くとお手紙は受け取ったのですが……。見えられませんね」
「ふむ……あまり時間にルーズな方ではないのだが。……もしや、何か来る途中でアクシデントでもあったか?」
「どうでしょう。近頃は若様のご活躍もあって近隣は平和そのものですが」
僕は頷くと、彼女がここに来るまでの道を脳内でシミュレーションして地図と照らし合わせた。
「出発が今朝がたとすると、やはりもう着いていないとおかしいな。これは……少し様子を見てくるべきか」
「左様ですか。では、私は屋敷の後片付けをしておきますので、若様はどうぞ出発なさってください」
「任せた。いつも雑事を押し付けてすまんな」
「いいえ。若様はどうぞ、民と領地のために出来る事を為さって下さい」
その言葉を最後にぺこりと頭を下げたメイド長に見送られて、僕はさっそく出発した。なお、その間フェニは何をしていたかと言うと片付けられる前の料理を片っ端から平らげていた。コイツ、僕と話すより料理の方が大事なのかよ。ふん。
屋敷から王都までの道程を辿りながら進む。僕の想像が間違っていなければ、彼女は恐らくこの辺で……。
お、あった。馬車が転がった跡。そして、女物の髪飾りが落ちている。この髪飾りは、彼女が付けていたものだ。間違いない。
「僕に発見させる為にわざと落としたな」
恐らく、彼女は僕の屋敷を訪れる道中で野盗にでも襲われたのだろう。そして、アジトまで攫われた。その身分を知っての犯行か、はたまた見目麗しい女性なので目を付けられたか。いずれにせよ、早く救助しないと面倒な事になりかねない。
「こうして痕跡を残している以上、さっさと僕が行かないとどうせ後でうるさいんだろうな……」
止むを得ない。僕は野盗のものらしき多数の足跡を追って彼らのアジトに赴くのだった。
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