第19話 正教会

とある大聖堂にて、数人の司祭が寄り集まっていた。

彼らは額を突き合わせて、何やら話し込んでいる。


「――その話は本当か」

「ええ。神の代行者として魂の観測を続けていた巫女からの言伝です。……正教に秘匿されし【転生の秘術】を行使した者が居る、と」

「ふむ……」


若い司祭が報告を上げると、顎に白髭を蓄えた老司祭が髭を擦りながら考え込む。


「それが本当だとすると、神に仇為す悪魔の所業よ。神の膝下から魂を掠め盗るなどとな。正教としても一大事ゆえ、すぐにでも征伐軍を組織しなくてはならんが――」


「まあ待て。我々正教会は、目下西の蛮族どもと聖戦の真っただ中ではないか。この上、他の事に構っている余裕があるのか?」


「何を馬鹿な。我々は神に仕える忠実な信徒であるぞ。神の定めたもうた規則に唾を吐く輩を放置するなど言語道断! すぐにでも誅殺すべしである!」


筋骨隆々の逞しい司祭の一喝に、場の空気が沈下する。

そうしたくとも、戦時下である今は何かと教会も人手不足なのだ。


「……はあ、面倒じゃな。一体どこの馬鹿たれじゃ。禁忌を破る愚か者は」

「それが……分からぬのです」

「何、分からぬとな。それでは征伐も何もないではないか」


老司祭は呆れたように首を振る。報告を上げた若い司祭としても、この反応は予想していたようで早々に二の句を告げた。


「し、しかしながら。禁忌が行われた場所に関してはおおよその見当はついております。南方、フェルダゴ王国アルファンド領。巫女はその地に妙な異変を感じ取ったと」


「アルファンド領? ……ふむ。何処かで聞いたような」


「10年ほど前にも【転生の秘術】が行使されたという報告があったと記憶している。その時にも関連性を疑われたのがアルファンド領では無かったか?」


「そういえば。とすると……やはり、かの地には何者かが潜んでいると?」


その言葉に、司祭たちは顔を見合わせる。


「……一度、調査の必要があるだろう」

「そうだな。使いを送って様子を調べるべきだ。もしやすると、異教徒どもが異端の儀式を行った形跡などが見つかるかもしれん」

「異議なし。すぐに派遣する人材を選出すべきだ」


逞しい司祭の一言を皮切りに、司祭たちは口々に首肯した。


「では、決を採ろう。この中で、アルファンド領に使者を派遣することに反対の者は?」


挙手する者は見当たらない。


「よろしい。では、続いてかの地に送る使者についてだが――」




---------




この世界には、神によって定められた三つの禁忌があるとされる。


その内の一つ。失われた命を呼び戻してはならない。


この禁を破る者に、正教会は決して容赦をしない。神の威光を傷付ける者をのさばらせておいては、正教会の体面も成り立たないからだ。異端は必ず排除する。それが、正教会を主導する司祭たちの共通認識であった。



「……ふふーん♪」


さらさらの銀髪を揺らしながら、少女は暗い通路を機嫌良さそうに歩く。

ここは正教の目が届かない、地下深くの遺跡の内部。

その奥に、少女にとって大切な人物が棺の中で横たわっていた。


「やっほー、お姉ちゃん。今日も会いに来たよ」

「…………」


少女は棺の蓋を開け、中に寝ている自分と瓜二つの少女に話しかける。


「今日はねえ。とっても嬉しい報告があるんだよ! なんと、私の見込んだあの子が、ついに禁忌を一つ破ったの!」

「…………」

「あの時、見込みがありそうだなって思ったのは正しかったわけだよ! ねえねえお姉ちゃん。私の人を見る目も捨てたもんじゃないでしょ?」


返事はない。

静かな呼吸音だけが、少女がまだ現世に身を置いている事実を示していた。


「――ねえ、お姉ちゃん。きっと、もうすぐだから。今はもう少しだけ、この静かな場所で、待っててね」


少女はぽつりと呟く。

姉の髪をそっと指で梳いてから、少女は棺の蓋を戻して静かにその場を後にした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る