第18話 新しい日常に向けて
僕は旧レインメル領にある領主の屋敷を再び訪れた。
前に来た時は血とかその他諸々で随分と汚れていたような気がするが、いつの間にやら綺麗に片付けられている。
「今後、若様がお住まいになる屋敷ですから。旦那様も本来であれば、何かと縁起の悪い建物ですから、取り潰して若様のために新しい住居をお作りになろうとしておいででした。しかし、何分急なお話でしたもので……。代わりに、予め清掃は済ませておきました」
「なるほど。まあ、これだけ綺麗なら僕は構わないよ」
ここまで僕と共に馬車に揺られて来たメイド長が答える。彼女は遠い(と言っても隣領だが)赴任先で僕が途方に暮れてしまわないように、父上たちによって付けられた保護監督員。要するにお目付け役だな。加えて、領主としての経験など無い子供である僕の教師役と言ったところだ。
「さて、まずは何をしたらいいかな。僕はこの通りの子供で、当然領地の運営など行った事がない。何から手を付けたらいいか」
「それでしたら、初めは旧レインメル領主グラナンの残した資料から当たるのはどうでしょうか。 何事も現状把握からです」
「よし、そうしよう。資料室はどこかな」
「ご案内します」
僕はさもやる気に満ち溢れた聡明な少年領主という面構えで彼女の後を付いて行った。――もちろん、振りだけだ。どうしよう。凄く面倒臭いんだが。
アルファンド領ではぶっちゃけ悪役領主として思いっきり悪政を敷く気でいたから、領主としての勉強なんて、ずっとただのしてるフリだった。だというのに、今になって突然領主として手腕を振るえと言われても困る。僕はまだ十一になったばかりの子供なんだぞ。
資料って、あの農村の収穫高とか近隣領地との商いにおける利益率とか、そんなんがツラツラと数字で書いてあるんだろ? そんなのいちいち読んでられんわ。
「……おや、若様。緊張なさっているのですか?」
「え?」
僕が渋面を浮かべているのが気になったのだろう。メイド長は振り向いてそう言った。
「ふふ。ご心配には及びません。不肖の身なれど、万事この私にお任せ下さい。これでも貴族の家に生まれた者として、領地運営のイロハは叩き込まれております」
「……ああ! 頼りにさせてもらうとも!」
僕は頼りになる部下を付けてくださった父上に内心で強く感謝する。
今後は面倒な事務作業とか、全部コイツに丸投げしてやろ。あいにく、僕は悪の組織を立ち上げるのに忙しいんだ。メイド長も自分で言った事の責任は取ってもらわなくてはな。
領主の残した資料はずいぶんと膨大な量だった。僕はあいにく生首の状態でしかご対面できなかったが、彼は案外と熱心な領主だったのかもしれない。まあ、そうでなければ領土拡大にあれだけの野心を持ったりはしないか。
旅の疲れが出たとか適当に誤魔化して、僕は早々に資料室から退散する。ぷらぷらと屋敷の中を散策していると、何やら向こうから驚くほどの美少女が歩いてくる。……いや、あれはよく見るとフェニだ。どうも見た目が違うから慣れないな。
「よお、フェニ。こんな所で何してるんだ?」
「ごしゅじん様。……トイレの場所が分からない」
よく見ると、彼女は心なしか内股だ。
「……案内してやる。だから、メイド長の頑張りをさっそく無駄にするんじゃないぞ」
まさか、新天地にやってきて最初の仕事がフェニをトイレに連れていく事だとは……。これは先が思いやられるな。
「ごしゅじん様。早くして。限界」
「わー、ばかばか! もうちょっと我慢しろ!」
こうして、領主見習いとしての僕の新たな日常が始まったのである。
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