第17話 少年、大役を押し付けられる
「ルグラン。その女、何」
僕がフェニを捨てて見知らぬ美少女を拾ってきたという噂は、瞬く間に屋敷の中を駆け巡った。失敬な。僕が目指すのは、女性には一定の敬意を払う紳士タイプの悪党なんだ。そんな女たらしのような真似をするはずがないだろう。
しかし、そんな不名誉の噂を聞いて、この人が黙っているはずが無く。姉上はある日突然ズカズカと僕の部屋に入り込んでくると、フェニをぎろりと睨みつけた。
「……? あなたは一体誰ですか?」
「……ルグラン。この女、何」
お互いにお互いを不審そうな目付きで見つめ合っている。なんだ、気が合うじゃないか。是非そのまま僕を放って勝手に仲良くなってほしい。そうは思いつつも、僕は言い訳の為に二人の間に割り込んだ。
「ええと、姉上。まず順番に説明しますと、彼女はフェニです」
「……はあ?」
「諸事情がありまして、急激に成長したと言いますか、変身したと言いますか……。とにかく、彼女は姉上もご存知のフェニなんです」
転生する為に身体を作り替えた、などと言っても信じてもらえるはずもなく。僕の説明は終始ふわふわしたものになった。
「……でも、私の事知らないみたいだけど」
「い、一時的な記憶喪失なんです。きっとすぐに思い出しますので、どうか温かい目で見てやってください」
案の定疑いの眼差しを向けてくる姉上に、僕はなおも言い募る。何せ事実なのだから仕方がない。変な言い訳をして、僕が前のフェニを捨てて新しい美少女を見繕ってきたなどと思われるよりはマシだ。
「……ルグラン、あなた疲れてるの?」
姉上に生暖かい目で見られるが、この際気にしてはいけない。全ては僕の評判のため。我慢だ我慢。
「……まあ、いいわ。ルグランはこんな子よりも私の方が好みのはずだもの。許してあげる。――ね?」
「えっ? ――あ、ああ。そ、そうですね。姉上はいつもお綺麗で、自慢の身内です」
僕がおべっかを使うと、姉上は「ふふん」と満足気に帰っていった。
最後に「だけどもしも、その子にばかり構っていたら……分かってるわね?」と言い置きを残して。
どうしよう、姉上が今日も怖い。一体フェニに構っていたらどうなってしまうというんだ。僕は思わず背筋を凍えさせる。
「? ご主人様、寒い?」
「いや、お前は気にしなくていいよ……」
僕が溜息をつくと、フェニは不思議そうに首を捻った。
さて。僕の周りはともかくとして、所領はあれからどうなったかと言うと。
まず、魔物は父上率いる討伐隊の奮戦によって、無事に領内から駆逐された。迅速な行動が功を結び、領民への被害も最小限で済んだという。
僕としては何やら盛り上がりに欠けると言わざるを得ないが、少なくとも父上たちは一安心と言ったところだろう。アルファンド領は今日も平和を謳歌している。
一方のレインメル領はと言えば。隣領が魔物相手に大騒ぎしている中、突然領主が失踪してしまったという事で、レインメル家は貴族としての地位を国家に没収されてしまった。よって現在は指導者不在の危うい土地と化している。どうやら随分と治安が荒れているらしい。いやー大変そうだなあ。ま、僕には関係ないけど。
――そんな事を考えていたから、ばちでも当たったのだろうか。
「……え? 僕が、ですか?」
「ああ。指導者となる貴族が不在の旧レインメル領は当面、我らアルファンド家が管理する事となった。そこで、お前にかの地の統治を任せたいと思っている」
父上の真剣な表情に、それが冗談の類ではないという事が嫌でも窺い知れる。
「な、何故僕が? 僕はまだほんの十一歳の子供ですよ? 荷が重すぎます!」
「うむ……実はな。今回、我々が外に出て討伐隊を指揮している最中に忍び込んだ賊を、見事にお前が退治してみせただろう。それを知った殿下が大層お喜びになられてな。実力に見合った大役を任せよと仰せだ」
僕はその話を聞いて愕然とした。
「で、殿下と言うと、まさか……」
「そう。お前もよく知る、あのフェルドラ殿下だ」
僕は目を見開いた。フェルドラ殿下か……。以前はよく、このアルファンド領に顔を見せていた人物。……出来れば聞きたくなかった名だ。
「勿論、年齢を理由に断ろうとはしたのだがな。言う事を聞かないなら、お前の首を落としてルグランをすぐさま当主に付けると脅されてなぁ……」
「あ、相変わらず、豪快な方ですね……」
彼女は昔からそうだった。豪気というか、ハチャメチャというか。それでいて、何故か僕の事を随分と気に入って、よく姉上とケンカしていたものだ。
「とにかく。これは王家からの勅命と思っていい。……頼めるな?」
「……はい。分かりました」
結局僕は、齢十一にして旧レインメル領の統治という重大な役割を任される事となった。なんて面倒な役目を押し付けてくるんだ。ちくしょう、今に見てろよ。僕が立派な悪党になった暁には、王家も僕の意のままに操ってやるからな!
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