第21話 レヴェニス

「へっへっへ。お頭、さっき捕まえた女、涎が出るほど良い身体してますねえ。ちょっとくらい手を出してもいいっすかね」


「馬鹿野郎! 俺たちの目的を忘れたか! 良いからお前は大人しく牢屋番をしてろ!」


「へ~い……ちぇっ」


男が渋々と牢屋の前に戻る。その牢屋の中には、一人の美しいドレス姿の女性が座っていた。


「はあ。わたくし、退屈ですわ。ちょっとそこの貴方、一発芸でもなさいな」


「はあ!? 俺が!?」


「わたくしから見える位置には貴方以外おりませんでしょう。貴方、見た目だけでなく頭の中までお猿さんなのかしら?」


「なんだとこのアマ!」


牢屋番の男が怒る。ドレスの女性は呆れたように首を振り、退屈そうに天井を見上げた。


「は~ぁ。ついておりませんわね。今宵は一等美しいドレスに身を包んで、あの方の元に参上する予定でしたのに。なのに、現実はこんなにむさ苦しい場所でお猿さんを眺める羽目になるとは……」


「て、てめえ……あんまりナメてるとマジで容赦しねえぞ!」


「はあ、先ほど貴方の上の方に命ぜられていませんでしたか? わたくしに手を出さず大人しく見張りに努めろと。言われた事もできないなんて、例えに出したお猿さんに失礼でしたわね」


「くっ……ぐぬぬ……」


牢屋番の男をからかって退屈を潰しながら、ドレス姿の女性――王女フェルドラは待ち人を求めていた。


「それにしてもルグラン様ったら、遅いですわね。そろそろ愛しいわたくしが来ない事に気付いて探している頃でしょうに。このわたくしを待たせるとは、後でお仕置きが必要ですわね」


そう言いながら、フェルドラは妄想の翼を広げる。

いったいルグランに何をするつもりなのか、彼女はめくるめくお仕置きの世界にトリップした。


「……はあ。どうせならもうしばらく遅刻して下さらないかしら。そうしたら、より愛情を込めたお仕置きの口実になりますのに」


「……そのお話を聞いて、さっさと助け出そうという気持ちが強くなりました」


不意に闇の中からこぼれる声。その闇の内から浮かび上がるように少年がはい出てきた。


「なっ……お前、どこから侵入って……ぐえっ」


手慣れた動作で牢屋番の意識を狩り取ると、ルグランはフェルドラの前に立った。


「あら、ルグラン様。お早いお付きですこと。よほどわたくしとの逢瀬が待ち切れなかったと見えますわね?」


「なに、厄介事の火種は燃え広がる前に消してしまった方がいいですから。――さあ、さっさとここから離れますよ」


ルグランはフェルドラの手を取って移動を始める。

しかし、ここは野盗のアジトだ。しばらく歩くうちに案の定、彼らはあっさりと捕捉されてしまった。


「あーあ。結局見つかるのか」

「いいじゃないですの。どうせ、やる事は変わりませんのでしょう?」


ルグランは面倒そうに身構える。


「おい、テメェら! 敵は若い男が一人と逃げた女が一人! 絶対に逃がすんじゃねえぞ! 男は殺して、女は二度と逃げられねえように柱にでも括り付けとけ!」

「へいっ!」


野盗の頭なのだろう。周囲に命令している男がルグランたちの前でふんぞり返った。


「くく、お前たちの考える脱出経路なんて、既にお見通しなんだよ!」


偉そうに笑う頭目の男に対して、ルグランは肩を竦めて見せた。


「――なあ、君たち。この地の領主の名前を知っているか?」

「あん? 確か、ルグラン・アルファンドとかいうガキだ。それがどうかしたか?」


頭目の男が答えると、ルグランは正解だとこくりと頷いた。


「ふむ。やはり知っていたか。ならば、この土地で悪事を働くとどうなるか、それも知っているはずだな?」


「そりゃあ、あちこちで噂されてるぜ。奴に目を付けられた悪党どもは、皆たちまち煙のように姿を消したってな。……だから、それが何だってんだ。いい加減にしねえとその口、畳んじまうぞ!」


頭目の男が凄むと、ルグランは、はあ……と溜息をつく。


「……物わかりの悪い男だな。同じ盗賊の頭でも、随分と頭の出来が違うらしい」

「はぁ?」

「……いや。何でもない。それより、我が名がそこまで轟いているとは光栄だ。このルグラン・アルファンドの名がな」

「なっ……」


ルグランが名乗ると、野盗たちは目に見えて浮つき始めた。


「お前達、喜ぶが良い。今からお前達は噂の真実を確かめる事が出来るんだ。煙のように消えた悪党どもが、その後どうなったのか、をな……」


ルグランがにやりと笑うと、頭目の男は焦ったように言葉を返した。


「てめえ、妙な去勢を張りやがって! こんな辺鄙な場所に、わざわざ領主が来るわけねえだろうが! 俺たちを脅そうったって無駄だぞ!」


「ふふ。疑うなら試してみればいい。ほら、どこから襲ってきても僕は構わないぞ?」


「ぐぬぬ……。おい! 野郎ども! あの優男をぶちのめしてやれ! 俺様にでかい口叩いた事を後悔させてから八つ裂きにしてやる!」


頭目の号令に従って、手下たちがシミターを片手に襲ってくる。

ルグランはひらりと彼らの振り下ろす刃を躱すと、そのまま彼らの頭を互いにぶつけ合わせた。


「ぐえっ!」

「ぎゃっ!」


頭部の衝撃に昏倒する手下を見て激昂した頭目が、次々と手下を向かわせる。しかし、ルグランはその全てをあっさりと片付けて見せた。


「ほら、この通り。そろそろこの僕が本物の領主だと信じる気になったかな?」


「ぐ……くく……! ど、どうせ本物なら俺は終わりだ。こうなりゃ、俺自身がテメェを切り刻んで魚の餌にしてやる!」


「全く、三流悪党は引き際を弁えないよね……ほらよっと」


ルグランは、雄叫びを上げて襲い掛かってきた頭目の男の足元をひっかける。つんのめった頭目はずでんと地面に転がった。


チャキ。頭目の眼前に、ルグランの握ったナイフの鋼刃がきらめく。


「はい。これでチェックメイト」

「く……くそっ」


ルグランは手刀で頭目の意識を狩り取ると、他の野盗たちと一纏めにして担ぎ上げた。


「よっ……と。さあフェルドラ様。参りますよ」

「そんな汗臭い荷物、置いていかれてはいかが? このままだと貴方、わたくしをエスコートできませんでしょう」

「え~。やですよ。彼らは僕の組織の大事などれ……もとい、戦力なんですから」


他の言葉と言い間違えそうになって、ルグランは慌てて訂正する。暗そうな野盗たちの未来については無視して、フェルドラは言った。


「ああ、貴方が道楽で作り上げたという組織……。ええと、何て言ったかしら」

「いやだなあ、せっかく僕が考えた格好良い名前なのに、忘れるなんて。いいですか?」


ルグランは勿体付けるようにフェルドラの前に進み出た。


「――レヴェニス。これが死と再生を意味する、新たに僕が主導する、悪の組織の名です」

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