第15話 僕が悪役になった日
「……悪いけど。僕は今、君の相手をしている気分じゃないんだ」
僕がそう言うと、彼女は一層にんまりと笑みを深くした。この場の雰囲気に似つかわしくない、おどけた態度。
「え~っ? それが、君の夢を叶えるお手伝いをしてあげた健気な少女に対して言う言葉かなぁ~?」
彼女の明るくあざけるような声色が、今は少し煩わしい。まるで、僕の心の痛みを理解しようとしない無神経さが、胸に刺さるようだった。お願いだから、少し黙っててくれないかな。僕は内心でそう叫びながら、彼女の言葉に対して反論する気力もない。
「……僕のせいなんだ」
僕は、吐き出すように言葉をこぼした。胸の奥底から込み上げてくる罪悪感が、耐え難いほどの重さで僕を押し潰そうとしてくるようだ。
「え、何が?」
「僕が、悪役がどうのって遊んでて。それで、油断したんだ。……僕一人なら、何かあってもどうにでもなるからって。実際、あの程度の不意打ちなら、多少気付くのが遅れたって、どうとでも対処できたんだ。フェニが代わりに犠牲になる必要なんてなかった」
穏やかに眠るフェニの顔を見て、僕はどうしようもない後悔に襲われた。僕の無責任さが、彼女の命を奪ったのだ。その事実に、どうしようもない怒りと悲しみが心を支配する。
「だから、無駄死にだ。誰も望んでないことをして、勝手に死んだんだ。……相変わらず、最期まで、ポンコツなやつめ……」
僕は、本当に悪役になりたかったんだろうか。
本当はただ、自由になりたかっただけじゃないのか。
あの牢獄から抜け出して。いつか本で見た彼らのような、自由な人生を生きてみたかった。だから、僕は彼らのようになりたかったんだ。
その事を僕は、初めから見誤っていた。だから失う事になったんだ。
自分へのやるせない怒りが胸を燃やす。失ってから気付いたって遅いのに。
打ちひしがれる僕を見て、彼女は満足そうに笑っているようだった。
いったい、何が可笑しいっていうんだ。僕は初めて、彼女に対して怒りを覚えた。
僕があらん限りの気力を込めて睨みつけると、彼女は「きゃ~♪」とおどけて肩を抱くようなポーズを取った。――ふざけるな。第一、この女があの薬を渡さなければ、違った未来があったはずなんだ。僕が一言怒りをぶつけようと立ち上がったその時、彼女は一転して、真剣な表情を浮かべた。
「……ねえ。その子、生き返らせられるよ。――って言ったら、どうする?」
「……は?」
蘇生。復活。神の奇蹟。
そんなの、物語の中でしか聞いた事がない。
「そ、そんなのあるわけ……」
「ふふ、それがあるんだよ。だって、君はもう……それを体験してるじゃない?」
「……あ」
転生。例えば僕は、僕という魂の存在を保ったまま、新たな肉体としてこの世に生を受けた。これも、ある種の復活と言えるのではないか。
「つ、つまり。フェニも転生すれば新しい身体で生き返るってこと!?」
僕が必死の形相で詰め寄ると、彼女は苦笑しながら首を振った。
「うーん……。それはちょっと違うかなぁ。君の時とは違って、彼女の魂は既に輪廻の中へと還ろうとしてる。この状態で転生しようとしても、魂は新たな肉体を拒絶してしまうの。あくまでも、彼女の魂と紐づいている今の肉体じゃないと」
真剣に、彼女の言葉に耳を傾ける。彼女の口ぶりは、適当を並べているようには思えなかったからだ。
「……今の肉体と言っても、お腹にぽっかりと穴が開いてるわけだけど?」
「うん。だから、この身体そのものに魂を戻すことはできない。――その代わり、この肉体を素材にして、彼女の新しい身体を作るんだよ」
「な……。そ、そんな事が出来るの?」
僕が衝撃に目を見開くと、彼女は力強くはっきりと頷いた。
「もちろん。過去にも一度、同じような事があってね。ようは経験済みってわけ」
「そ、そうなの!? それなら、すぐにでも……!!」
焦って彼女の肩を掴む。本当に彼女の言う通りなら、魂が手の届かない場所に還ってしまっては全てが手遅れだ。フェニを取り戻すためには、今すぐにでも始めなければならない。
しかし、焦る僕を無視して、彼女は僕の顔をじっと見つめ返した。
「……でも、本当にいいの? この子を生き返らせても」
「は?」
「だってさ、この子は一度死んだんだよ? それを貴方の都合で、勝手に現世に引き戻すだなんて……そんなの、世界の
ねえ、よく考えて――本当に君は禁忌に手を染めてでも、彼女を取り戻したい? この世界の『悪役』になってでも?」
彼女は僕の意志を見定めるように、まっすぐに僕の瞳を見つめた。
……今更、何を言ってるんだ。そもそも、この話はそっちから言い出したくせに。生き返らせていいのか、だって? 当然だ。そんなの、決まってる。
「――ふん。僕がなんで転生したかったか、もう忘れたみたいだね。……僕は、悪役になりたいんだ」
いいさ。
彼女を取り戻すことが悪だっていうんなら、僕は今度こそ、悪役になってやる。
僕の答えを聞いた彼女は、まるで長年待ち焦がれた言葉を聞いたと言わんばかりの顔で、嬉しそうに手を叩いた。
「ふふ、あは。あはははは! そう。やっぱり、私が見込んだ通りだった! あの時、君を選んで正解だった!!」
喜びのあまり、彼女はぴょんぴょんとはしゃいでいる。何を考えているのか僕にはさっぱり分からないが、もしかすると、彼女はあの始まりの日からずっと、僕のこの言葉を待ち続けていたのかもしれない。
「……そんな事はいいから、早くやってくれ。手遅れになったら元も子も無いだろ」
とはいえ、あまり悠長にはしていられない。早くしなくては。
焦った僕が急かすと、彼女はぴたりと動きを止める。
「あ~。そうだね。――それじゃ、ちょっと君はあっち向いててくれる?」
「え?」
「ほら、一旦この子の身体潰して捏ね直すわけだしぃ。君に見られてると、この子も恥ずかしいかなぁって♪」
「うぐ……」
潰すって。考えないようにしていたが、肉体を素材にするという言葉が、まさか文字通りの意味だとは。彼女が肉塊をまるで粘土のようにグニグニとこね回す光景を想像して、僕は顔色を青くした。
「ほらほら。グロ耐性ない子はさっさと後ろ向いてくださーい♪」
「ふ、ふんっ! ……ちゃんと可愛く作ってくれよ。後でフェニに文句言われたら僕が困るんだからな」
「分かってるってぇ♪」
僕が彼方を向いていると、背後からぐちゃぐちゃと水気のある音が聞こえてくる。
ぐああ……想像したくないのに、想像してしまう……!
くそ、僕が今後肉料理を食べられなくなったら絶対この女のせいだ!
そのまましばらく待っていると、しばらくして不快な音が止んだ。ふぅ、どうやら終わったらしいな。
「はい、完成。もうこっち見てもいいよ」
「あ、ああ……」
そうして僕が振り返ると。
これまでのフェニとは似ても似つかない、とてつもない美少女が横たわっていた。
……誰、これ?
僕がぽかんとしている事に気付いて、彼女はてへっと舌を出した。
「ふふ、ちょっと張り切り過ぎちゃった☆」
「――いや、誰だよこれ! 張り切ったどころか、もう別人じゃないか! 僕のフェニを返せ!」
「えー。私はこっちの方が可愛いと思うけどなあ。ま、どのみちもう戻せないんだけどぉ」
「マ、マジか……じゃあ、今後はこの美少女が僕の従者ってこと……?」
僕が慄いていると、件の美少女はもぞもぞと動き始めた。
どうやら、無事に中身が入っているようだ。……そ、そうだよ。いくら外見が美少女だからって、中身はしょせんフェニなんだ。僕さえ気にしなければ、何も変わりはしないじゃないか。僕は開き直って、彼女の目覚めを待つ事にした。
――そして、やがて彼女はぱちりと目を覚ます。
彼女はふらふらと身体を起こし、周囲を不思議そうに見渡している。
そして最後に僕の方に目を向けると、首を傾げながら言った。
「……あなたは、誰ですか?」
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