第5話 視察 その2
村に繋がる山道は満足に整備されておらず、馬車がガタガタと揺れる。
うう、この振動はキツイぞ。自慢じゃないが、昔から僕は揺れに弱いんだ。
地震はおろか、赤ちゃんの頃なんて揺り籠ですら我慢できずに大泣きしたものである。
「ルグラン。顔色が悪いけど、大丈夫……?」
「あああ姉上。ぼぼ僕は、だだだだ大丈夫です」
「何だか声も震えてるけど……」
「げ、げふんげふん。——ぼ、僕は大丈夫ですよ。それより、村はまだですか?」
僕は早くも、村の視察をねだった先ほどの僕を恨めしく思った。
過去の僕が考え無しに動くから、こうして未来の僕が苦労するんだ。おのれ、過去の僕。揺れから気を逸らすために、そんな益体の無い事まで考えてしまう。
頼むから早く着いてくれぇ。
「な、なんだ貴様らは!」
不意に、御者が焦った様子で叫んだ。
なんだ、何事だ。
僕が隙間から外を窺うと、馬車を不潔そうな男たちが四方八方から取り囲んでいた。
男たちのリーダーと思われる、バンダナを巻いた無精髭の男が叫ぶ。
「おい、金目の物を出せ!」
何てこった。山賊だ。
僕は感動に打ち震えた。生まれ変わって初めて出会った、本物の犯罪者、悪人だ。
「たかが領内の視察に物々しさは不要と護衛は外したのが間違いだったな……。ルグラン、それにアルマよ。決して馬車から出てはいかんぞ」
そう言い残すと父上が馬車から降りる。
交渉する気か、それとも追い返そうというのか。
それはさておき、僕は彼らの雄姿をよく見ようと目を凝らす。うーん、薄汚い身なりだ。ぼろ布を身に纏い、髭も髪も整えるという言葉からは無縁の無造作っぷり。多分近寄ったら臭いだろう。
彼らが手にするのは農具を改造したような、まともな武器とは言えない刃物。
あるいはおんぼろ弓を背負った者もいる。どちらにせよ、お世辞にも金回りが良いとは思えない。
なるほど、彼らも苦労しているんだな。
悪人が苦労しているということは、つまり父上の治世が行き届いているという事だろう。貴族としては喜ぶべきことだ。そして悪人は嬉しくない。もしかしたら、彼らは領主への復讐を考えてこの蛮行に及んだのだろうか?
「怖がらなくても大丈夫。お姉ちゃんが、あんな奴ら今すぐ皆殺しにしてあげるからね。安心して?」
先ほど僕が感動に身を震わせたのを恐怖に震えていると勘違いしたのか、姉上が優しく声をかけてくる。
いや、怖いよ。なんでそんな物騒な事を優しく言えるんだよ。
どうしてそれで僕が安心すると思ったんだ。
第一、皆殺しにされたら困るんだ。彼らは是非とも僕が手懐けて、将来の手駒にしたいんだから。
「貴様ら! この馬車に金目の物など無い! 今ならば見逃してやる故、さっさと失せるがいい!」
外で父上が叫んでいる。
そんな事を言って、山賊が大人しく引き下がるはずもない。
案の定、無精髭の男は手下に指示を飛ばすと、じりじりと距離を詰めてくる。
一体父上はどうするつもりなんだろう。
「ふん。警告はしたぞ! 愚かな山賊どもめ。後悔するがいい!」
父上は大声を張り上げると、高らかに左手を突き上げた。
その手に填められた指輪が赤く眩い光を発する。
「なんだとッ! まさか、魔道具か!?」
「貴様らのような野盗風情が、我が領土を踏み荒らす事は許さん! ハァッ!」
父上が振り上げた腕にいっそう力を籠めると、指輪の輝きはどんどんと増していく。
何かを察知したのか姉上が僕の耳を塞いだので、僕はお返しに姉上の耳を塞いであげる。
「う、うおおおおッ!?」
指輪の力か、やがて爆発的な轟音と共に凄まじい風が周囲を吹き荒れた。
木々が荒れ狂う暴風に煽られ、山賊たちが次々に態勢を崩す。
「くッ! まさか魔道具を持ってやがるとは! 一旦退却だ! おいお前ら、逃げるぞ!」
「お、お頭! 待ってくだせえっ!」
慌てふためいた山賊たちがリーダーの指示で山の中に逃げていく。
ひとまず安全というところか。
山賊たちが逃げ去った後に馬車の窓から周囲を見回してみると、魔道具の影響と思われるような破壊の痕跡はどこにも見当たらない。なるほど、コケ脅し用という事か。
爆発的な音と風を発生させて、相手を動揺させる魔道具といったところ。平和主義者の父上らしい一品だ。
「ほ、ほわぁーっ! こ、怖かった! チビるかと思った!」
僕らが耳の調子を確かめていると、父上がぶるんぶるんと腹の贅肉を揺らしながら馬車に戻ってきた。せっかく視察だからと威厳ある振る舞いを保っていたのに、緊張のせいですっかり頭から抜けてしまったようだ。
「父上、お見事でした。暴力に頼らずとも、悪漢どもを追い払うその手際。僕も参考にしたいと思います」
「おお、おお! お父さんは子供たちを守るために頑張ったぞ! もっと褒めておくれマイサン!」
僕はおべっかを使っておく。
前途有望な善人の少年ルグラン君は、父親と同じく平和主義者なのだ。
「チッ。まだるっこしい。まとめて潰しておいた方がラクなのに」
間違っても、こんな事を言ってはいけない。
正気を疑われてしまうからね。だから姉上、その剣呑な目付きを止めましょう。
そうしてしばらくすると、落ち着いたのか父上はすっかりと外面を取り戻した。
「しかし……。まさか我が領内で山賊とはな。やはり、あの話は真実だったということか……?」
「あの話? 父上、何か先ほどの盗賊どもに心当たりがお有りなのですか」
僕は父上のこぼした一言を逃さず拾い上げる。
父上は若干しまったという風な表情を見せたが、やがて観念したのか語り始めた。
「……今から向かおうとしている村には、どうにもきな臭い噂があってな。何でも、近隣の領地から工作員が入り込んでいるというのだ」
「こ、工作員……ですか?」
工作員。いわゆるスパイというやつだ。
古今東西、こういう裏方的存在が悪の活動には付き物である。
彼らの破壊工作や情報収集によって、悪の覇道は成り立っていると言っても過言ではない。
「噂が真実ならば、近隣の領主がこの領地の支配権を狙って送り込んできたという事らしい。その工作員が、何らかの目論見で山賊どもを組織している。……眉唾な話だと思っていたがな」
父上が苦虫を噛んだような表情を浮かべる。
(これは、是非とも会ってみなくては!)
僕はその工作員とやらに断然興味を持った。
「まあ、どのみちもう日暮れが近い。どうにも怪しいが、このまま村に向かう他は無いな」
ほのかに漂ってきた悪者の臭い。
こうなったら、会わずに帰るわけにはいかないぞ。
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