第6話 ガリンスタン ②
『……大尉? いかがなさいました』
「あ、いえ……何でも」
彼女は咄嗟に誤魔化したが、それでは隠しきれないほどに動揺していた。
――こうして、フォーチュナーに籍をおいてはいるが、〈ガリンスタン〉で共に戦っていた仲間たちの事を、ミハイルは今でもよく覚えていた。
皆、あんな自分を憂い、慕ってくれて私のために散っていった子だっていた。
そうじゃなくても血も通っていないのに、家族のように付き合ってくれた子もいた。
――私は、それと……?
想像しただけで、少し、寒気がした。
皆、〈赤き凶星〉なんてとっくに死んだものだと思っているだろう。だから、相手が自分なんてきっと分からない筈だ――。
私は軍人、私は軍人、私は軍人――。
そうやって自分を騙すことしかできない。
いや、騙さないといけない。私情の一切の介入を許してはならない、それが正規の軍人という物の定めというものなんだ。
見て見ぬふりをしてしまおう、それが”正規軍人”の特権だ。
『私からの挨拶は以上です。ここからは、オペレーターが貴女の支援を行います』
そう言うと、画面のアグネスは暗闇へと消え、間髪入れずモニターが切り替わった。
続いて現れるのは、屈託なく笑う若い女性。きれいなブロンドの長髪が眩しい、エメラルド色の瞳を持つ、褐色肌の女性だった。
『はじめまして、ミハイル・バジーナ大尉。私はオペレーターのルー・フランシス曹長です。戦闘支援は、お任せください』
「頼もしいね、ありがとう」
ミハイルは鬱蒼とした気分を振り払うべく、笑顔でそう返事をする。
――そうさ、次相手する人間が、自分の知り合いだなんて言う保証はどこにもない。仮にそうだとしても、私は事実を知る術を持ち合わせていない。
この心配は、ただの思い過ごしで終わるんだ。
そう言い聞かせ、私は操縦桿を握る。
ハンガーデッキに眠る私の『フェース』を取り囲んでいたキャットウォークが次々に収納されていき、カタパルトに乗せられて、機体が発射口へと運ばれてゆく。
ドライヴチェイサーを展開。スラスターを温めれば、屹立していた床が上昇し、発射口が甲板へと露出。機体を爽やかな潮風が撫でた。
『進路クリア、『フェース』発進どうぞ!』
三つのレッドサインがグリーンへ点灯。
ミハイルはペダルを踏み込んでから、大きく息を吸い込んだ。
「ミハイル・バジーナ、『フェース』行きます!!」
ドライヴチェイサーとスラスターの生み出す推進力が、発射口付近に満たされた力場にによって自重を軽減された機体を、さも小鳥かのように軽々と飛び立たせた。
発進した『フェース』が地へ足を付けば、すぐに現場が分かった。
前方――わずか二百メートル先にある地点から黒煙が昇っている。
「狙いはこの船か……!!」
考えてみれば妥当な狙いだ。
敵からすれば新型五機を狙って奇襲したはいいが、敵が手にできたのはそのうち三機。〈ジェネラル〉と〈アレス〉は、〈ドルフィヌス〉のハンガーデッキで屹立したまま。安々引き下がる訳にはいかないのだろう。
……だが、たかがパルチザンのような集団に続け様に戦闘を行う戦力が……?
ミハイルの疑問は空を薙ぐ一条のビームにより振り払われた。
三機の『スティーク』が、滑走とスラスター噴射を駆使し迫っていた。
『フェース』は背に負った対艦刀――『アポカリプス』を引き抜き、身体を捻りながらその矛先を奴らへ向ける。
〈ディノスドライバ〉の背丈を優に超える刀身。久々だが、扱い切れるか……?
そんな不安を払拭するよう、操縦桿を押し倒す。
振り下ろされた『アポカリプス』は、鮮やかなマゼンタの軌道を描き、地面を割った。
避けた『スティーク』を、モノアイで確実に捉えてから二撃目へ入る。
後退が完了した所への、すかさずの斬撃――確実にコックピットを捉えていた。
「一つ!!」
華麗に振り払われた斬撃で、『スティーク』はパイロットごと真っ二つに分断。反応炉の熱が電気系統を爆発を引き起こし、機体は粉々になった。
『その赤い機体……!! 貴様……!! ミーシャ様を偽って、何が面白い!!』
敵パイロットの怒りが、彼女のスピーカーを伝って聞こえてきた。
――ミーシャ。久々にその名前を聞き、反応すらする気が起きないのは、彼女が”ミハイル”に染まった証拠だ。
その声を無視し、攻撃の手を緩めない。
『我々は、決して負けん!! 誇り高いあの方を侮辱する、貴様のような調律者気取りには!!』
「いい加減――黙れッ!!!!」
おしゃべりに必死で、ビームライフルの標準がブレブレだったスティークに高速接近し、その腹へ巨剣を突き立てた。
火を吹く機体を蹴りつけ、遠方で爆散させる。
「どうして……!! どうして!! こんな事を続けるの……!!」
もう聞こえていない敵に、ミハイルは普段は奥底に秘めていた怒りと本性を露にする。
ミハイルはこういう人間だ。
変わらない現状に怒り狂う、子どものような、しょうもない人間。
残るは一機――そんな時、また敵パイロットからの通信を無線が拾った。
『ね、ねぇ!! その赤い機体……!! 君なんでしょ!! ミーシャちゃん!!』
彼女は飛び出そうになる目を見張った。
その弾むような声音と、ある人物にしか口にしたことのない私の呼び方。
「リリィ……」
彼女の脳裏に、思わず昔の光景が浮かぶ。
北欧系で、雪みたいに白い肌とシルバーの髪のびっくりするくらい美人な女の子。
――あの『スティーク』に乗っているのが、あの子なの……?
『ね、ねぇってば!! 皆ミーシャちゃんは死んじゃったって言うけど!! その色は、ミーシャちゃん以外ありえないよ!!』
嘘だ。
あの子がパイロットになんかなれるはずがない。弱虫で、泣き虫で、いつもみんなの食事を作るので精一杯だった彼女が。
ミハイルはひたすら困惑していた。
その迷いを打ち消すよう、ビームの一閃が彼女の目を劈く。
『大尉!!』
『助太刀に参りましたぁ!!』
現れるは、本来のグレーのカラーリングをした『フェース』――リオンとアスカだ。
今のはオープンチャンネルではなく、こちらに向けての専用回線――聞かれてはいないはずだが。
軍曹の『フェース』が射撃で牽制を仕掛け、すかさず伍長がビームサーベルで追撃する。
連携の取れた動きに、『スティーク』は撃破寸前まで追い込まれるも、唐突に飛んできたビームがそれを阻止した。
『大尉!! 気をつけてください!! 新手の『スティーク』……ですが、何か様子が!!』
ルーの警告。
彼女は全天周モニターで、その新手の姿を確認する。
ドライヴチェイサーで滑走してくる、一機の『スティーク』。
肩や脚部へ追加装甲が装着されていること以外は、何の変哲もない機体――だが、異様に速い。
「私と同類!?」
『大尉、例のフォーメーションで!!』
リオンの提案で、彼女は速攻実行に移す。
アスカの『フェース』を先頭に、縦一列に並んで滑走。各々が攻撃を仕掛ける。
横から見れば、なんてことのない、陳腐なフォーメーションに見えるだろう。
だが、この陣形の真価は敵が正面にいた場合に発揮される。
真正面からこれを見た敵は後方にいる機体の存在に分かっていようと、その行動を予測することは不可能となる。
『敵を撹乱し、強力な三連撃を叩き込む!! これを名付けて、ジェットストリ○○○○○○○!!』
『軍曹!! あたしその名前変えようって言いましたよね!!』
興奮するリオンの声に、おそらくはアスカのコックピットに備わっていた自主規制音が覆いかぶさる。
高速の『スティーク』を一度バラバラになって撹乱しながら、再び、真正面からあのフォーメーションで攻撃を仕掛けた。
伍長のサーベルが敵を後退、リオンのビームライフルで敵を前進。そしてミハイルは、左右へ散開した二機の間から、対艦刀を振り下ろす。
捉えた――そう思った時には、敵のビームサーベルに、その刃は受け止められていた。
熱を孕むコーティングジェル同士の激しいせめぎ合い。
その最中で、背筋が凍てつくような恐ろしい気配を感じ取る。
すぐさま後退し、その『スティーク』と距離を取った。
「離れて!! 軍曹、伍長!!」
彼らに警告した頃には――何もかも遅かった。
『スティーク』のバイザー。翡翠に包まれていたその内側が、悍ましいまでの真紅に染め上げられ二対の複眼のシルエットが鈍く光り輝いた。
そうなった途端、敵の動きが見えなくなった。
次の瞬間には、リオンの『フェース』の右腕が断面図を赤く染めながら宙を舞っていた。
『なっ!?』
赤き残光を空に焼き付ける、異様な風貌の『フェース』。それが握るビームサーベルの矛先が、リオンの乗るコックピットへと向いた瞬間、彼女がそれを妨害する。
「離れて!! こいつは私が相手する!!」
リオンとアスカを後退させた。サブモニターに映る二人は、少し悔しそうな顔をするも、機体は大人しく引き下がらせた。
信用していないわけではない――いや、信用しているからこそ、そんなリオンがあっという間に腕を落とされる相手を、最大限警戒しているのだ。
「何なんだ、この赤いのは……!?」
彼女の疑問に応えるよう、敵パイロットからの通信が入ってくる。
――また私を騙すつもりだな。
『……本当に、本当にお前はミーシャなのか!?』
聞き慣れた声――ぼんやりと浮かび上がってくる人影。それは、褐色の肌によく似合う笑みをしょっちゅう綻ばせていた青年。
「ルーカス……!」
私は思わず、その名が口から漏れた。
ルーカス――ルーカス・アレクサンドリア。彼もまた、四年前ミハイルが〈ガリンスタン〉に身を置いていた頃の仲間。――どうして、どうしてこんなことに。
『なぁミーシャ!! お前なんだとしたら……!! なんで〈フォーチュナー〉に手を貸す必要がある!?』
『スティーク』を駆るルーカスの、焦燥に包み込まれた声音が私の耳を揺るがしてくる。
バイザー越しに、二対の複眼へ朱色を孕ませた『スティーク』。関節系統が悲鳴を上げ、スラスターは中の人間のことなどお構いなしにその出力を上げる。
(どこまで機体の出力を上げる気――いや、そもそも……)
あそこまで出力を上げられる機体など存在しない。大抵はスラスターや反応炉には、搭乗者の安全を加味してリミッターが設けられている――だが、あの出力の急上昇具合から察するに、完全にそれが外されている。
「こっ――のぉぉぉぉぉっ!!!!」
憤怒で頭を埋め尽くされたミハイルは、その激情のままに『フェース』を駆る。
斬撃の軌道を空へと焼き付け、『アポカリプス』を振るうも、その矛先は轟音と共に大地を焼き払った。
高速回避を行う『スティーク』。紅の残像で私の目を翻弄しながら、二対のビームサーベルを引き抜く。
眼の前を薙ぐ鮮やかな光。
彼の振るったビームサーベルを二本とも、『アポカリプス』のビーム刃で受け止めた。
ビームサーベルの根底たるコーティングジェル。熱に強い耐性を持ち、それを透過させる不思議な性質を持つ万能物質。そのため、サーベル同士で鍔迫りあっても埒が明かない。
だが、耐性があるのはあくまでも熱のみだ。
「押し切ってやるッ!!」
対艦刀のパワーは伊達じゃない。たかがサーベル二本くらいは押し出せる――。
激しいせめぎ合いの後、無数の火花をちらしてその懐を晒したのは『スティーク』のほうだった。
ミハイルはその隙を逃さず、『フェース』の腕を振ると同時にパイルバンカー『カイザーナックル』を起動。
あらゆる大気を突き破り、突出機構によって押し出されたパイルバンカー。先端が、寸前で飛び上がった『スティーク』の足を掠めて、その半分を根刮ぎ吹き飛ばした。
『ミーシャ!! やっぱりお前じゃないのか!? 答えろ!!』
「っ……!!」
彼女は口籠る。
――聞こえてしまう。二人の耳に。でも、このまま黙り続けるわけにも……。
『もうやめてミーシャちゃん!!』
割って入ってきた『スティーク』。右腕を失い、満身創痍にも関わらず、彼女の激闘にその身を投じてきた。
『リリィ!! もうやめろ!! お前の勘違いだ!!』
『勘違いなんかじゃない!! 色も動きも……私が憧れたミーシャちゃんそっくりだから!!』
背が凍てつく。
どうして、そんな事を言うの。
『ねぇ、ミーシャちゃん……私わかるよ。仕方なかったんだよね。生きるために、〈フォーチュナー〉なんかの味方するしかなかったんでしょ? ……みんな許してくれるから、また、また一緒に――』
「何もッッッ!!!!」
ミハイルは我慢ならず、そのチャンネルに向けて全てを吐き出した。
何が人類の為だ。何が停滞の打破だ。
何にも変わってないくせに。
「なんっにも変わってない!! 何も!! あれだけ苦しんで、あれだけ戦って、何にも変わらないじゃない!! そんな事を続けて何になる!!」
『ミーシャ……ちゃん?』
真紅の狂戦士を駆けさせ、その腹へ巨剣を据えさせる。
対艦刀を抱える形で突撃。そのスピードは、脳みそが潰れそうなほどのGをミハイルに降り注がせた。
「いい加減消えろぉぉぉッ!!!!」
『リリィっ!!』
そう叫ぶルーカスの機体は、アスカの放ったビームライフルによって、動き出すのが一手遅れる。
突き立てた巨剣の矛先は、コックピットに座っているであろう、誰よりも愛でていた友人を捉え、機体ごと貫いた。
『あぁ……やっぱり、あなたは――』
眼前で爆ぜるその熱を感じる間も無く、すかさず離脱。
スパーク反応炉が破壊されたことによる凄まじい爆発が遅れて起こり、『スティーク』はその焔に包まれた。
『リリィッ!!!!』
敵の五月蠅い声が聞こえた。掠れていて、最後の方は殆ど呻き声のようにしか聞こえない空気の振動。
そんな中で、ミハイルの中にあった何かが砕けるように消えてゆく。
「もう、忘れさせてよ……」
残すはたったの、一匹だ……!!
「――すぐ仕留めてやる……!!」
私はずらりと並んだ機器の中から、一際大きく目立つ赤色のダイヤルを回した。
すると、コックピット内の重々しかった空気が嘘のように軽くなって、無重力空間にいる感覚になる。
セフィラムクラウド力場の発生――。
それを機体全体を覆う程にまで拡大。機体は今、これだけの巨体を誇りながらも、自由に飛行できるだけの能力を持っている。
◇
「艦長!! 俺も出させてください!!」
ルカは艦長に抗議していた。
艦長席にもたれかかるようにして座る彼は、味方機が苦戦を強いられているのに増援を送ろうとせず、呆然とそれを眺めている。
「石動中尉……」
オペレーターのルーが、眉をひそめながら彼を一瞥する。何があって、そんな申し訳無さそうな顔をしているのか甚だ疑問だ――と言いたげな表情をルカは滲ませる。
「中尉、君の乗れる機体は今、無い。」
艦長の言葉に、ルカは喉仏を掴まれたような感覚に陥る。凍てついた、酷く低い声色。如何なる感情をそこから見出す事ができないにも関わらず、その威圧に尻込みをした。
「敵の目的はまず間違いなく新型機だ。君が討たれ、〈ジェネラル〉を奪われたらどうする?」
「っ……!!」
艦長の言葉はあまりに鋭利だった。
彼はただ、大尉を助けたいだけだった。一度窮地から救ってくれた恩人の助けになりたいと思っているだけ……。
だが――艦長の言葉は、紛れも無い真実。言い返す余地すらない。
「君がバジーナ大尉に恩を感じる理由はよく分かる。だが、戦いに私情を挟むな。君のお兄様はそうしたのかな?」
付け加えられた言葉に、彼は目を見開く。
石動ルカの兄――石動ヤマトは、誰もが羨むパイロットだった。俺はそんな兄に憧れてパイロットになったも同然だった。
だが、四年前の〈ガリンスタン〉との戦いで〈赤き凶星〉――そう呼ばれたテロリストのパイロットとの一騎打ちとなり、命を落とした。
兄の方はコックピットを貫かれ即死だったが、対峙したとされる〈赤き凶星〉の機体は、コックピット付近に傷さえあったものの内部まで達しておらず、死体も確認できなかったという。
――そうだ、と彼は思い出す。自分は兄の無念を晴らすためにここにいるのだと。
兄を、大勢の人間を殺し、のうのうと生きている〈赤き凶星〉を仕留めることこそ、自分が戦う理由なのだと。
そのために、
◇
空を舞う巨影。幾度も交差し、その度に火花を散らしては、地上に激しく蠢く恐ろしいまでに大きな影を落としていた。
自由飛行――それは、〈ディノスドライバ〉の最終兵器。いわば奥の手のようなもの。陸戦を主に開発された〈ディノスドライバ〉だが、機体の一部を覆う力場を発生させる分には問題なかった。
問題は、飛行が可能なまでに機体の自重を軽減する巨大な――専用の装置が無ければ百八十秒で消滅する力場だ。
要するに、百八十秒経ったら地上へと真っ逆さまというわけだ。
赤き『フェース』は悠々と空を舞っているが、こうしているうちにも、刻一刻とタイムリミットは迫っている。
だが、それは彼女の眼前を舞う『スティーク』も同じこと。
翔んだからには、絶対に落とす……!!
確固たる決意を胸に『フェース』を駆る。
正面から激突し合う二機。重なり合った刃は、忙しく火花を散らし、やがて彼女の『アポカリプス』が敵のサーベルを弾き返したことで交わりは途絶える。
そこから、続け様に回転斬りを繰り出す。
上手く防ぎきったようだが、その勢いに任せたままに蹴りを叩き込む。
――嫌でも思い出す。
こうして空を駆り、自分は何人をこの手で葬ってきたのだろう。
そんな考えを振り払うよう、彼女はスラスター出力を最大限まで高め、バーニアから爆炎を吹かす。
その推力に押されるがまま、対艦刀による一閃を喰らわせ、敵の斬撃を回避。
『ミーシャ!! お前だけは、お前だけは俺がこの手で殺る!!』
「お前の望む女は、もういない!!」
『何……!?』
ミハイルは五月蠅い小蝿に向け、喉が辛くなるほどの怒号を放った。
「ミーシャ・アンタレスは死んだ!! それを受け入れろ!!」
『…………だとしてもっ!! リリィを殺したお前だけは許さないッ!!』
血の閃光――。
そう揶揄するに相応しい光が、再び奴の目に宿る。
スラスター出力はこちらを瞬く間に上回り、高速機動で翻弄。
「いい加減にしろよ……!! なんで、なんで分からないんだ!! 何も変わらないって――何も、変えられないって!!」
ミハイルの怒りのままに、『フェース』は対艦刀を振るう。
思えば後先の大きな攻撃――予測する暇も無く奴はそれを回避し、視界から消えた。
そして背後を取られた隙に、対艦刀を握っていた左腕を落とされてしまう。
自重軽減の恩恵を外れ、重力に従うしかない対艦刀を見届け、彼女は腹を括る。
くるり、と翻って立て続けに来る斬撃を避け、奴の左腕へパイルバンカーを叩き込む。
飛散した電気系統が、火を吹きながら重力の奴隷となって次々と落下していく。吹き飛んだ腕を、『フェース』でキャッチし、投擲武器代わりに敵の懐へお見舞いした。
ぐら、と体勢を崩す『スティーク』。
そのバイザータイプの複眼から、あの異様な朱色の輝きが失われようとしていた。
殺るなら今――。
『フェース』は、その瞳を赤々と燃やしながらパイルバンカーを備えた右腕を大きく振るう。
スラスターとバーニアが爆ぜ、赤き狂戦士の身体を押し出した。
自らを奮い立たせる怒号と共に、『フェース』が拳を突き出す。
射出された『カイザーナックル』は、冷たい灰色の合金を貫いた。
勢い良く火を噴き上げるその様を見て、私はすぐさま機体をその場から後退させる。
タイマーが零を指し示し、重力の衝撃が私の全身へと一気に降り掛かってきた。
『フェース』と共に墜ちる最中、敵からの通信が入ってくる。
『なんで……なんでだよ、ミーシャ……!! 俺達は、ずっと――』
置き土産を残し、『スティーク』は真っ赤な焔でもう一つの太陽を、青々とした美しい大空へ作り出した。
夕暮れかと思わせるようなその景色を見ながら、ミハイルは静かに目を閉じる。
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