第5話 ガリンスタン ①
翌朝。心地の良い目覚めに迎えられて、早朝から格納庫に呼び出された。そういえば、あの時駆った真紅のバークの行方を誰も教えてくれていない。
ミハイルはなんだか新鮮な気分で格納庫へ続く廊下を歩いていた。
リオンとアスカは、もう包帯を外しており、昨日よりも幾分か活気に満ちた面立ちだった。
「軍曹も伍長も、もう怪我は平気?」
「だいぶ楽にはなりました」
「あたしはもうへっちゃらです!」
部下二人の声を聞いて安堵する。
此度の襲撃で、特殊選抜部隊〈アダマン〉所属の兵士が数人亡くなったらしい。そのため、本来であれば新規入隊は彼女のみであったが、人員補給の面から二人も〈アダマン〉に籍を置くことになる。
「あたしが〈アダマン〉かぁ……たかが伍長が……」
「ディアス伍長は、操縦はとっても上手ですよ。それにあの情報処理能力には度肝を抜かれましたし」
二人を部下として雇ったのは、単なる気まぐれではない。二人の卓越した操縦技術と個々が持つ優れた能力を鑑みてのことである。
リオンは操縦だけでなく白兵戦にも優れ、アスカは情報関連にめっぽう強い。この階級止まりなのが不思議なくらいだ。
故に、二人が〈アダマン〉に入ることは客観的に見ても単なる穴埋め、というだけに留まらないという事実で、彼女の言葉は気休めの声掛けではないことが証明される。
話しながら歩いていると、いつの間にか格納庫に到着した。自動ドアを開けて中へ入れば、真っ先に目に入るような物が聳え立っていた。
「これは……」
ミハイルは思わず、一歩前に出た。
ハンガーデッキで悠々と屹立するは、三機の〈ディノスドライバ〉。白銀の装甲を有しており、複眼のタイプはバークと同じモノアイ。バークと似ているが、比べると少し重装甲であり、頭部は一角獣を彷彿とさせる。
それに、三機のうち真ん中に立つ機体は見慣れた真紅色に染められていた。
「〈ヒドラ〉と共にロールアウトされた試作量産機です。型式番号はSLS-117『フェース』。〈アダマン〉入隊のお祝いとのことです」
「ちょ、ちょっと待って。私のバークは?」
「大尉のバークはもうボッロボロに壊れちゃいましたよ!」
横槍を入れたアスカの報告を聞き、唖然とした。そしてひどく落胆する。
〈ディノスドライバ〉を全壊させるだなんて、パイロット失格だ。
これで何機目になるだろうか、と私は心の中で過去を振り返っていた。
そうとは言え、新たな機体を授かったのだ。気持ちを切り替えて、フェースを見上る。
武装は、バークに比べてずいぶんと控えめになったように思えた。フォルムもわずかにスリムで取り回しが効きそうだ。
「高機動に優れており、武装は八十八ミリビームライフルとビームサーベル、牽制用のバルカンが胸部に内蔵されていて、コンバットナイフとサブマシンガンもあります。通常の場合はそれだけです」
リオンがにやり、としながら言った。
「大尉の機体にはこれまでの戦闘データを元に開発された武装が試験運用も兼ねて搭載されています」
「へぇ〜」
彼女は興味津々で、機体の背面に回り込んだ――そして、言葉を詰まらせた。
その機体に背負われた、天を容易に斬り裂けるような巨大なブレード。折り畳まれ据えられた覚えのある兵装に、目をぱちくりさせる。
「十五メートルビーム対艦刀〈アポカリプス〉。加えて、腕部には超接近用兵装パイルバンカー〈カイザーナックル〉!! 超高機動なこの機体に、高火力の近接兵装を採用することで、大尉の力を存分に発揮できるというわけです!!」
「軍曹なんか興奮してる……」
声を張るリオンに、若干引き気味なアスカ。
そんな二人を横目に心拍数を上げていた。
(なんで……!? なんで私の戦闘データ徴収した結果に作られる武器がまた対艦刀なの……!?)
ミハイルは湧き出る憤りに近い感情を抑えながら、元いた場所に立ち位置を直した。
二人は肩を震わせる彼女を、不思議そうに眺めていたが、すぐにそれを封じ込んだ。
そんな事は露知らず屹立するフェース。消灯しているモノアイを見据えてから、なんだかんだ言いつつ新しい機体に胸を躍らせた。
◇
青々とした海面へ、悠々と佇む一隻の戦艦があった。
その重厚ながらも清廉ささえ感じられる青銀色のフォルムから、小さい頃一度だけ連れて行ってもらった水族館で、華麗な芸を見せてくれたイルカとかいう生物の姿を彷彿とさせる。
この戦艦の『ドルフィヌス』という名前は、イルカが乗せた人間を溺れさせないように陸地まで運ぶ、という生態を汲んで授けられたのだとか。
ミハイルは初めて見る『ディノスドライバ支援母艦』というものに、少しばかりの高揚を覚えていた。
戦艦は従来海上を移動し火力支援的な役割を果たしてきたとされているが、ニヴルニウムが発見されて以降その鉱物が高温に晒された際に発する、セフィラムクラウド力場により戦艦は航空機の役割も担うようになった。物体にかかる自重を軽減するその力場の技術は、無論〈ディノスドライバ〉にも採用されているが、不安定な力場の安定化装置を機体内に組み込めない故、空を飛べる時間は限られている。
そういえば――とミハイルは想いにふける――フォーチュナーに籍を置くようになってから、空を駆るという機会が極端に減った……いや、減らしたというのが正しいか。
ディノスドライバで空を舞えば、否が応でも、あの日あの時の敵を墜とした感覚が蘇る。ここまできて、それに悩まされるのはご免だ。
罪は消えない。
お前はそれを背負って生きるんだ。
まただ――。
最近、声の聞こえる頻度が増えた。医者にかかったほうが良いのだろうか。
頭を抱えながら、ミハイルはドルフィヌスの艦内へと足を踏み入れた。
さっき、ざっと徘徊はしたが、まだ全体図を覚えられた訳では無い。探索はしておきたいが、その最中に緊急事態でも起きられたら困る。
少し開けた、休憩室のような空間に立ち寄ってみる。
すると、そこには二人の先客がいた。
湯気が辛うじて昇るコーヒーを手に、二人は会話に没頭していた。
「ルカ……飲みなよ。冷めちゃうから」
「あぁ」
ひどくやつれたように見えるルカと、それを介抱している綺麗に整えられた桃色ボブカットの青年――というには、少し女の子っぽい気もしたが――。
二人の間に漂う空気は、誰がどう見てもどんよりとしており、とても割って入る気にはなれなかった。
――けれど、あれだけ自分を気にかけてくれた彼が、あそこまで憔悴している様を見せられては安々と引けない。
勇気を出してそこに入れば、桃色髪の青年と目が合う。
「……えぇっと?」
「邪魔だったかな? 私はミハイル・バジーナ大尉。少し……中尉のことが気になって」
ミハイルが言葉を発すると、ルカはハッとしたように態度を正した。というよりは、必死に取り繕ったように見えた。
「あぁ、貴女がバジーナ大尉――よろしくお願いします。私は
サクラは一度立ち上がり、礼儀正しく挨拶を交わしてくれた。
胸の膨らみも無ければ、軍服も男のものだからどう考えたって戸籍上は男の子なのだろうが……顔つきだけ見れば女の子そのものだ。
「……石動くん、大丈夫?」
彼との挨拶を済ませ、ミハイルはルカのほうへ視線を向けた。
じっ、とあらぬ方向を見つめている彼の瞳からは生気が感じられない。
その様を見て、傷を負っているのは、自分だけではないのだと改めて理解できた。
「……突然のことで、少し」
「何か、あった?」
口にしてから、デリカシーの欠片もない問いかけだと気づく。
ルカは案の定、顔を曇らせながら沈黙してしまった。
「新型機――〈ヒドラ〉にはルカや私のように、〈アダマン〉の中からそのパイロットが選ばれたんです。ついこの間。メンバーは昔っから仲良しの子達ばっかりで……嬉しかったんですけど――」
突然、床に砂糖の入り混じった、甘ったるい焦茶の液体が四方八方に飛び散る。
立ち上がったルカは、落としてしまったコップなど、どうでもいいと言いたげなまでに息を荒げていた。
「俺は……また……また守れなかった!!」
狭い空間だからか、声が壁に反響して返ってくるまでのスパンが短く、それが彼の悲痛な叫びをより心苦しい物へと変えていた。
ミハイルは、それを唇を噛んで目を背けることしかできずにいた。
「大尉……教えてください……俺は、俺は!! どうすれば守れるんですか!? 仲間を、友達を!!」
「ルカ……!! ちょっと――」
彼を制そうとしたサクラのスマホが鳴る。うっかり押してしまい、スピーカーからこの場に見合わぬ気さくな声が漏れる。
『サクラぁ、暇だからボードゲームでも付き合えよ』
「ちょっとレオン!! 空気くらい読んで!!」
サクラは声を荒げながら部屋を退出し、なし崩し的に、二人きりとなってしまった。
静寂が時間を支配した。
ほかほかと湯気を上げていた筈のカフェラテは、いつの間にかその熱を金属製の床に奪われてしまったようだ。
「……座って、石動くん」
そう言いながらも、ミハイルは少し力を込めた手を彼の肩に乗せて、半ば強引に椅子へと腰掛けさせた。まだ熱を孕む彼の肩からは、微かな高揚が感じられる。
「……アレサ・ラスティ。階級は少尉で、すごいパイロットでしたが、明るくて分け隔てない奴でした」
彼は唐突に、そんな話をしだした。
脈略のない突発的で身勝手な会話、のはずのなに、ミハイルはなぜか、その意図がわかると同時に胸を締め付けられる思いになる。
「もう一人は、
ルカが拳を握ったのが見えた。小刻みに震える様からはどうしても、悲哀や後悔といった負の感情しか感じ取れずに、彼女の心情までも青く染め上げられる。
「重要格納庫で、二人共射殺されているのが見つかりました……いつか来る戦いに備えて、自分の機体を整備するような真面目なあいつらが……」
ガン、と彼は自らの膝を殴った。
「俺は……俺はまた仲間すら守れなかった……!! あの場所にいたら、あいつらを守れたのに……!! ――大尉教えてください!! 俺は、俺はどうすれば仲間を守れるんですか!!??」
ルカは悲哀で崩れた表情を私に見せながら、そう強く懇願する。
正直な所――分からない。
壊すことしかしてこなかったミハイルは、何かを守るための方法などを聞かれ、返事に困っていた。
だけれど、そんな私でも彼がしている勘違いはよく分かった。
あの場に居ていれば、あの二人を守れたかもしれない。
本当にそうだろうか。同じ〈ヒドラ〉のパイロットに選ばれ、実力も大差ない彼彼女らが抵抗できずに撃たれるような状況に彼が居たところで同じ末路を辿るだけではないか。
彼はそれが見えていない。
「石動くんは……若いね」
「――は」
咄嗟に選んだ言葉を口にした。
彼との年齢差はたったの一つだけであり到底言える口ではないのは承知だが、事実は事実だ。
「若さ故の過ちは、認めたくないものだよね。私だってそう。若いから失って、若いから壊しちゃって……だから、どうすれば守れるかなんて私には分からないんだ」
でも――とミハイルは続ける。
「君は自惚れてる。それだけは、私には分かる。あの場にいたら守れたかもしれない――本当かな。本当に君は、君と同じくらい優秀な二人を殺した敵から二人を守れた?」
ミハイルは自然と立ち上がった。
申し訳無さでいっぱいだ。それでも、これだけは言っておかないといかないと思った。彼のためでもあり――自分自身のためでもあるのだから。
ミハイルは戦場というものに、小さい頃から関わってきた。それも、正規軍を殺す立場にいた。
自惚れた人間は一番殺しやすい。高すぎる自尊心故に、そういった人間はこっちを殺せるという根底のない確信を持った、分かりやすい立ち回りを取る。
そんな人間を何人もこの手で殺めてきた。
自惚れた人間が何人も殺められてきた。
――彼には、そうなって欲しくない。
ルカは魂でも引っ抜かれたみたいに呆然としていた。突きつけられた現実を受け入れられないのだろう。
それもまた若さゆえだな、とミハイルは笑いたくなった。
「……守る方法、教えられなくてごめんね。一緒に探そう。だから……まずは自分が生き残ることを考えないとね」
彼女が、彼に手を差し伸べたときだった。
けたたましい警報が二人の間を突き抜けた。
『パターン・レッド発令!! パターン・レッド発令!! クルーは所定の位置についてください!! 繰り返します――』
パターン・レッド――言い換えるならば、”緊急の戦闘用意を要する事態”だということだ。
今、この状態で考えられるそのようなシナリオは……。
「戦える? 石動くん」
彼に目配せをして、すぐにそんな問いかけは必要ないと感じられた。
呆けていた顔を、戦士の持つそれへと塗り替えたルカには、余計な声掛けはかえって集中を乱す行為だろうと判断した。
彼に案内されて、私は格納庫へと急ぐ。
◇
二人はパイロットスーツを手早く身に纏って、格納庫へ着いた。
彼女のは赤一色の物だが、ルカのほうはフォーチュナー規定の白を基調としたものだったから、何だか気恥ずかしくなった。
「嬢ちゃん!! 中尉!!」
格納庫へ向かうと、見覚えのある顔が出迎えてくれた。
あの時の整備班――名前はダンというらしい――がドルフィヌスの所属と知ったのは、つい最近のことだ。
「どっちの機体もすぐ出れる。いくらぶっ壊してもいいが、死ぬんじゃねぇぞ!!」
「……ありがとう」
ダンの突き立てた親指に対し、私もサムズアップを返した。
そうして、彼女の機体――フェースのコックピットから垂れたワイヤーを伝って、受け入れる準備を整えた鉄の胃袋の中へ、私は身を預けた。
『WELCOME TO DINOSDRIVER PILOT』
OSが起動し、全天周モニターが徐々に展開されていき、やがては格納庫全体が見渡せるようになった。
駆動系統、オールグリーン――。
コーティングジェル分布率、サーベル及び対艦刀への集中設定完了――。
ドライヴチェイサー稼働率八十%――。
全武装に異常なし――。
――ミハイルは、少し驚いていた。
ダルのことだから、客観的に見れば危険なこのOS設定を許してはくれないと思っていたが……。
サブモニターが点いて、彼女の視線は自然とそちらに向いた。
モニターに映るは、きれい白銀の髪を持つ男性。規定の軍帽を深く被って、そのつばから銀眼を覗かせる様からは、不思議な色気を感じられる。
『はじめまして、ミハイル・バジーナ大尉。こんな形で申し訳ない。私が、このドルフィヌスの艦長である、アグネス・ルクレツィアと申します』
「よろしくお願いします、艦長」
アグネスは瞳をふっ、っと閉じてから軍帽を正し、真っ直ぐな目でミハイルを見た。
『敵はこの前のテロリスト共――調査によれば、〈ガリンスタン〉の残党だと判明しましてね。大方、潜んでいた第二部隊か何かかと思われます』
――〈ガリンスタン〉。
ミハイルはその名前を聞いて、思わず声を上げてしまった。
『……すいません、デリカシーがなかったですかな。悪夢の時代を築いたと言われる奴らがまだ、いまの世に蔓延っていると考えると、流石の私でも堪えますから』
違う。
ミハイルが狼狽えてしまったのは、艦長の想定しているものとは大きく異なっていた。
〈ガリンスタン〉。
四年前、世界を恐怖に陥れた歴史上唯一、フォーチュナーに直接牙を向けたテロリスト集団。
彼女の父親が、率いていた組織――つまり私は、その組織において〈赤き凶星〉という異名を背負い戦っていた組織だ。
(みんな……まだ……生きてるの……?)
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