第2話 特殊選抜部隊 アダマン
ミハイルは港を訪れていた。
理由は――人探し、である。
しかし、この人混みの多さには度肝を抜かれた。人やビークルだけでなく、停泊した船からは〈ディノスドライバ〉まで運び込まれている。
彼女は意を決して歩き出し、人混みの間を縫うようにして船の中を目指した。
――当てがあるわけではないのだけれども、闇雲にそこら中探すよりは絞ったほうがいいと思ったからだ。
色々な人に阻まれながら、ようやく広い所に出たと思ったら、とてつもないスピードで輸送用ビークルが駆け抜けていき、危うく轢かれそうになった。
蹌踉めきながら歩くと、目の前から歩いてきた人にぶつかってしまう。
ミハイルは激しく尻餅をつき、ぶつかった相手の方はぴくりとしただけで倒れはしなかった。
「いったぁ……ごめんなさーい。すぐそこを車が走ってたもので……」
ずきんと痛む腰を擦りつつ、差し出された手を握って立ち上がった。
そして、はっ、としたように辺りを見渡す。
作業員や休憩中の軍人たちが、何事かと思ってこちらに注目していた。
こんな事で目立つのは本意ではない。
手を差し伸べてくれた青年は〈フォーチュナー〉では珍しい同じくらいの年齢。
艷やかな黒色の髪と瞳に、なかなかイイ顔。俗に言う「女の子が放っておかない」子なんだろうな、とミハイルは勝手に妄想する。
「ね、平気? 顔が赤いよ」
「大丈夫だ」
「本当ですか……?」
食い気味な発言に、眉をひそめる。
彼がちら、と見たのは多分、スカートがめくれ上がったミハイルの太ももだった。
白く艷やかな絶対的領域は、年頃の青年にとっては少し刺激の強いものだっただろう。
悪いものを見せたな、と思いつつ一本踏み出した。
しかし、去ろうとした先にまたビークルが疾走してきて、また私は危うく轢かれかけてしまう。
よく見ろよ!!
そう言いたくなり、蹌踉めいた彼女は、何かに支えられ二度転ぶのを免れた。
それを受け止めたのは、あの青年だった。
しっかりと抱き止める大きくてかたい掌には、軍服越しからも分かる温もりが宿っていた。
「わっ、ありがとう」
対して照れも見せず、青年は礼を言われても「仕事の一貫です」とでも言いたげな顔をしていた。
(男の子の手って……大きいな)
腰に当てられた彼の手の感覚に、感心を覚える反面、少し恐ろしくもなる。
〈ディノスドライバ〉のパイロットは、機体を失えば単なる歩兵だ。男性に比べ、比較的力の弱い女性である自分が彼のような兵士と交戦した時どうなるのか。
余計な考えを振り払うために、少し顔を険しくしてしまった。
「見ない顔だな。どこの所属だ」
「えっ? あぁと……」
不意に話しかけられ、あたりをさっと見渡し、彼の左胸辺りに目をつけた。
赤い鉱石を模した球体に、二枚の翼が生えたようなシンボルのバッジ。それは紛れもない〈アダマン〉の一員であることを示すもの。彼もパイロットであると分かった。少し嬉しいような気がした。
「君と一緒、かな」
「……〈アダマン〉の?」
青年はしばらく考え込んだ後に、顔面蒼白になって彼女を一瞥してから、勢いよく敬礼をして続けた。
「た、大変失礼しました!! ミハイル・バジーナ大尉!! この度のご転属、ご苦労でありました!!」
途端に上官に対する態度へと切り替わった彼を前に、あたふたしてしまう。
転属のは、もう彼らの耳に届いていたらしい。
だが……彼はどう見ても同じ年である。それなのに、階級の違いというだけで礼儀作法を重視しなければならない軍のしきたりに、私は未だに満足していない。
かと言って、周りが軍人だらけな中でそれを崩すことを強制するわけにもいかないし。
「き、気にしないで。自己紹介遅れた私も悪いから」
「無礼の処罰なら受けます。何なりと」
「話聞いてた!?」
彼の度を超えた生真面目っぷりに、つい突っ込みを入れてしまう。
少し鬱陶しくも思えたが、これまで見てきた人間の像と一切重ならない姿に微かな興味を惹かれる――ここまでの軍人バカを、ミハイルは初めて見た。
「君、そういえば名前聞いてなかったね」
「失礼しました。フォーチュナー特殊選抜部隊 アダマン所属の
「これからよろしく。他の皆への挨拶は、後ほどやると思うけど……まぁ、石動くんは特別ね」
数少ない同世代だ。気兼ねなく話したい気持ちは山々だったが、多くの軍人たちに見られる中、上官とタメ口で話す姿を見られたくない彼の気持ちも尊重したかった。
「私は、これで失礼するよ」
「任務に向かわれるのですか」
「ううん。まだちょっとやる事あるから」
「お気をつけて。今日の港は騒々しいですので」
「ありがとう」
ルカは丁寧に敬礼をした。背筋がびしっと正された、美しい敬礼だ。
感心の込めつつ、ぎこちない微笑みを綻ばせてから、自分の用を済ませるべく彼へ背を向けた。
行き交う人々の間をするりと掻い潜って目的地へと向かう彼女は、新しく出来そうな友達である彼の名前を頭の中で復唱し続けていた。
何やら、突っかかるものがあった。
(
◇
入港していた船に乗り込み、鼻を刺激する潮の香りと嗅ぎ慣れた鉄臭さに翻弄されながらも、きょろきょろ辺りを一望しある人物を探していた。
格納庫内からは続々と〈ディノスドライバ〉達が歩いていき、基地内の格納庫へと足を運んでいる。
パシフィクス連邦国は、世界随一の〈ディノスドライバ〉製造技術を誇る国だ。条約制定前、大量の〈ディノスドライバ〉を製造しては、〈フォーチュナー〉や各国の軍備を潤わせてくれた。加えて、国内は経済発展が著しく、旅行するのには最適な国とまで謳われていた。
〈アスガルド条約〉制定後は、〈ディノスドライバ〉の製造量を抑えざるを得なくなり、以前のような活気は失われたと聞いている。
ミハイルは少し考えに耽っていると、求めていた人物は向こうから赴いてくれた。
「君がミハイル・バジーナ大尉かな」
長身の中年男性――伊狩サブロウ基地司令官が、彼女を見つけて声をかけてきた。
ミハイルは挨拶と同時に敬礼をする。
「お時間をいただき、ありがとうございます」
「結構だよ……やれやれ。上官というものは苦労するな。先程も似たような光景を見たような気がするよ」
「?」
口を窄め、眉を歪ませた。そういえば自分も――という共感からくるものだった。
「君も分かるだろう。士官学校を出て、その若さで大尉になった者になら尚更……。同年代の者にすら敬語を使われる立場の気持ちが」
「えぇ……今さっき痛感しました」
苦く笑いながら、ミハイルは答える。
彼の言葉で、士官学校時代を思い出してしまった。戦うことしか知らなかった自分が、あんなふうに楽しめた場所というのは貴重だった。
「ところで、私に聞きたいことがあるとの事だが。用件を聞こうかな」
「はい。この度、私は〈アダマン〉に配属になりましたが、パシフィクス基地へ移動する最中、気になることを耳にしました」
「……ほう」
司令は何かを察したように頷いた。その怪訝そうな眼差しに、私は屈せず続ける。
「新型の〈ディノスドライバ〉が五機、〈アダマン〉に配属されるという噂は
きりりと細まる蒼穹の
司令はその視線の意図を、一瞬のうちに理解したように思えた口ぶりで話す。
「だとしたら、何なのかな」
「現代の国際問題を司令はご存知ですか」
「元軍事企業や兵器開発会社によるテロリズムの増加……それは、現場仕事である君のほうがよく存じている筈だ」
ミハイルはめげずに問いただす。
――なんの為に、なんの為に今の今まで。
「それを抑制するための〈アスガルド条約〉は、武器の製造・保持を制限するものです。ですがそれに反発し、テロは増加の一途を辿っています」
西暦が終わって以降――つまりは、”ディヴィジョン戦役”という別名を持つ第三次世界大戦が終戦して以降、無数にあるように思えた世界の国々は合併に合併を重ねて五つにまとまった。
大戦のきっかけは、〈ディノスドライバ〉の動力源としても採用されている ニヴルニウムと呼ばれるエネルギー資源。それの採掘量は国によってかなりの差があり、うまく輸出することで各地に行き渡っていた。
しかしながら、地球温暖化の進行によって焦っていた各国は互いの主張をぶつけ合い、次第に激しい対立が生まれ、大戦時には多数の陣営に分かれてたった二ヶ月にわたる激戦が繰り広げられた結果、人類の三分の二が死滅した、おそらくは人類史上もっとも悲劇的な出来事だ。
その後、世界の平和をともに誓いあった各国らは失われた文明の復興とさらなる発展を目指し、互いに血で染まった手を取り合った。
アジア諸国によるアサイア共和国。
ヨーロッパ、ロシアによるフィヨルド連合。
アメリカ、日本などによるパシフィクス連邦。
アフリカ諸国によるエクエーター共同連盟。
その他島国によるハイランド共同体。
そして、各国による国際組織として秩序管理機能〈フォーチュナー〉が生まれた……。
そんな国家同士が、二度と戦争という悲劇を起こさないよう、戒めの意も込めて制定されたのが軍事力の制限をかける〈アスガルド条約〉だ。
「君は我々が武力を保持するのが間違っているとでも言いたいのかな。テロを止めるのが我々の責務、そのために武力は必要。道理には叶っている」
「ですが各国の武力は条約制定前より大幅に低くなり、とても一国家が持つ物とは思えなくなっています……そんな中で、ある一定の組織だけが力を振り翳せる世界など……!!」
頬が熱くなった。即座に、外部から流れ入った冷たい潮風がそれを撫でた。
冷静になってみれば、自分の言っていることは支離滅裂な感情任せの事だと、簡単に理解することができた。
「……旅の疲れが出ているんだ。バジーナ大尉。もう休みなさい。それも、兵士の責務だ」
司令はそう言って踵を返す。
虚しく、彼の靴底の音が艦艇に木霊した。
青髪の娘を一瞥し、彼は告げる。
「〈アスガルド条約〉制定以降、国家間の戦争はゼロだ。上の者同士の理不尽に殺される国民は、もういない。戦役で亡くなった者の悲願は果たされたのだよ」
遠ざかっていく、長身の彼の背中をミハイルは見つめるしかできなかった。
そもそも、こんな事をいち大佐である彼に言ったところでどうにもならない――単なる八つ当たりをしてしまった事を、酷く悔いた。
肩を落とし、また訓練にでも向かおうかと思っていたときだった。
船が大きく揺れた。
彼女もそれに応じて蹌踉めき、壁に肩を強打した。
「地震か?」
「たぶんそうだろ。ニッポンってとこは多いって聞くしな」
近くにいた兵士はそんな予想を巡らせてはいたが――これはそんな生温いものではない。つま先から脳天までを貫くような、稲妻にも似た感覚。飽きるほど浴びてきた――爆破の衝撃。
「っ!!」
そんな考えを浮かばせた瞬間、ミハイルは何よりも先に身体が動いていた。
その最中、こんな考えも脳裏に浮かぶ。
どうして、お前が動く必要がある?
贖罪か、陳腐な正義感か。
そんな事をしたところで、血塗られたお前の手は二度と純潔には戻るどころか、さらに真っ赤に染まるだけだ。
止まれ。いらない仮面は外せ。
お前はもう、戦いに関わるべきではないのだ。
お前のせいで大勢が死ぬんだ。
うるさい、黙れ。
胸を埋め尽くす、出どころの分からぬ憎悪に突き動かされ青髪の娘は駆け出していた。
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