かつて敵だった赤き凶星

聖家ヒロ

第1話 彼女の仮面

 空を交うは、二機の巨神を模したかのような兵器――〈ディノスドライバ〉。



 さながら正義を体現する純白の騎士にも似た、鮮やかな翡翠のツインアイを光らせた機体は、残り僅かな自由飛行可能時間に急かされて、攻撃の手数を増やす。


『君のような女の子が、こんな戦いに呑まれてはならない!!』


 その背部から伸びる、天使の翼にも似た蒼きウィングから六基のビームビットが飛び立つ。

 標的を包囲し、その行く手を阻むかのように四対の光線を大地へと降り注がせ、流星群をも凌駕する群像を成した。



「今更説教のつもりか……?! 私は……私はこの生き方しか知らないんだ!!」

『君は、父親に操られているだけだ!!』

「父を……愚弄ぐろうするな!!」



 流星の成す包囲網を、翻りながら潜り抜けるは真紅の機体。血に染まったモノアイで、討つべき獲物を捉え、颯爽と空を駆る。

 自由飛行可能時間は、あとわずか。

 包囲網を抜けた真紅の機体は背部ウィングを広げ光の翼で空間をも歪めるほどの幻像を生み出した。


「そう生きるなと言うなら、教えろ!! これ以外の生き方を!!」


 残像を残しながら突貫する、真紅の〈ディノスドライバ〉。その姿はまるで、夕暮れの刻を流れる彗星に似ていた。


 激突する二機。

 火花を散らして、再び離脱。


 次に向かい合う時には――もう、互いに覚悟を決めていた。


 ――身を捨てようとも、相手を狩る覚悟を。


 腕を振るい、血に染まりし光翼を背に突き進む真紅の戦士。引き抜いた光の剣を腹に据え、覚悟を乗せた一撃と共に突き進む純白の騎士。


 対の彗星が、空の中心で交差した。


 真紅の〈ディノスドライバ〉の掌が、敵のコックピットに触れれば、至近距離から放たれたビーム砲が騎士を駆る者を鉄ごと融解。

 同時に、振るわれた光の剣が真紅の装甲にその原型を留めさせぬほどの一撃を与えた。



 空間の歪みは消え、主を失った自律ビット達は翼を焼かれた天使の如く、焔の中へと消えてゆく。



 自由飛行可能時間を超えた二機は、焔に包まれた海へと墜ちてゆく。

 火の粉で埋め尽くされた大空に残されたのは、酷い静寂と未だなお鳴り響く銃声と爆ぜる音が織りなす鳴動のみ。


 

 

 ◇




「おい!! あんた!! コックピットで何やってんだ!! 大丈夫なのか!?」


 

 やけに荒々しい声音に促され、一人の軍人が鉄に包まれたゆりかごの中で目を覚ました。

 〈ディノスドライバ〉のコックピットは、ベッドに丁度いいときだってあるが、だからと言って昼寝場にすると周りに迷惑をかける。特に整備班には。

 コックピットハッチを開けると、外部の生温い空気がいやらしく頬を撫でる。寝坊助を煽っているようで、本当にいやらしかった。


「嬢ちゃん……心配かけるんじゃねぇよ」


 よく焼けた中年の整備班の男は、まだ眠たりなさそうな女の子の顔を見て、安堵と呆れの混ざった表情を浮かべた。


「あはは……ごめんなさい。つい、うっかり」


 困り顔で笑う顔も可愛らしい、整った顔立ちで腰まで伸びる艷やかな空色の髪。柔和に細くなった金色の瞳には、宝玉にも勝る輝きが宿っていた。

 純白の襟詰め軍服を纏った彼女は、整備班の男たちにぺこりと頭を下げる。


「……よく見りゃあ、あんた見ない顔だな」

「そうなんです。今日付けでここへ転属になりまして」

「そうか。馴染むのは大変だろうが、コックピットに閉じ籠もるのはよしてくれよ」

「ごめんなさい……尽力します」


 女――ミハイル・バジーナは、両手を合わせながら苦笑する。

 彼女は機体から華麗に降り、その靭やかな肉体美を見せつけるよう、大きく背伸びをした。


 〈フォーチュナー〉の軍服は女子の場合、白のブレザーに短めのタイトスカート。服に浮かぶ身体の線と曝け出される乳白色の脚を、整備班の若い者たちは目に焼き付けていた。


「野郎ども!! 仕事サボんじゃねぇ!!」


 男が一喝すれば、若い衆はびくんと身体を震わせ神経を作業に集中させた。 


「すまねぇな、気持ち悪い視線を浴びせちまっただろ?」

「いえ。男の人ですから、仕方ないですよ」


 ミハイルの思わぬ返答に、整備班の男は呆気にとられたような表情を浮かべる。

 整備班はむさ苦しい男の集団の中で、華もなしに怒号を浴びせられながら、辛い仕事に身を任せなければならない。


(今のはもう少し言い換えたほうが自然だったか……危ない危ない)


 彼女はそれを加味して言った一言なのだったが、少し言葉足らずであったとミハイルは反省した。


「パシフィクスって暑いですね……故郷と大違いです。適宜水分補給、忘れないようにしてくださいね」

「気が利く嬢ちゃんだ。そっちも頑張れよ」

「では、失礼します」


 ミハイルはぺこりとお辞儀をし、軽快な足取りで格納庫を出ていった。

 その最中、若い衆達の視線は彼女の背中へと密集していた。


「あの子……毎日ここ来てくれねぇかな」

「あぁ……眼福ってやつだよ」


 


 格納庫を出たミハイルは、暫く歩いた地点で立ち止まる。

 絹のように美しくも、少し艷やかさに欠けた前髪を描き上げて額を撫でてから、彼女はぽつりと呟いた。


「嫌な夢……」




 ◇



「大尉、お待ちしていました」


 ミハイルが休憩室に足を踏み入れると、大柄な男がびしっ、と洗練された経歴を見せつけてきた。

 彼のような男が三人もいれば一杯になってしまいそうな休憩室には、新品の白い長椅子と多彩な飲み物を揃えた自動販売機が置かれてあるのみ。


 ミハイルは彼に向けて、微笑みと敬礼を返す。

 

「ご苦労さま。時間通りですね、軍曹」

「……すいません。片方はまだ」

「いいんですよ。突然のことですし」


 申し訳なさそうに頭を下げる男を横目に、ミハイルは自動販売機で飲み物を購入する。

 カップに注がれたホットカフェラテを、そんな彼に差し出した。


「い、いえ! 悪いです」

「そんなこと言わずに」

「……いただきます」


 大男とミハイルは、カフェラテを口にしながら長椅子に腰掛けた。


「リック軍曹。お願いしていた件は、どんな感じですか?」

「はい。ディアスの奴がもうすぐ持ってくる筈なんですが……」

「あはは、気長に待ちましょうか」


 リオン・リック。階級は軍曹。

 以前彼女が勤務していたエクエーター連盟基地からの部下であり、見た目にそぐわず忠誠心が強く生真面目な男だ。だが年上ということもあってか、あまり友好な関係は築けていないし、付き合いも短かった。


 嫌なくらいの静寂が流れたために、ミハイルは彼に世間話を持ちかけた。


「そういえば、軍曹のご出身は?」

「私でありますか――」


 リオンは少し照れ臭そうに続ける。


「フィヨルド連合の極北の田舎です。妹が五人もいるものですから、養うために飛び出てきました」

「妹が五人も。なら、頑張らないとですね」

「大尉のご出身もお伺いしてよろしいですか」

「私もフィヨル――」


 そう言いかけて、ミハイルは言葉を詰まらせた。

 咄嗟に誤魔化すために、言おうとしていた文をガラリと変える。


「フィヨルド連合に生まれたかったけど、実際はアサイア共和国生まれです」

「……?」


 リオンは顔を顰めた。あまりに不自然な文脈に、いくら上司といえども突っ込みたくなったのだろうか。それとも――


「フィヨルドもいい事ばかりではありませんよ。アサイアと違って年中寒いですから」


 そんな事はなかった。

 ミハイルは心底安心し、大袈裟に続ける。


「そ、そうですよね! あはは……」

(あっぶなーい……!)


 温くなったカフェラテを胃に送り込み、ミハイルは安堵の息を吐いた。

 その直後、〈ディノスドライバ〉の駆動音にも似た大きな足音が遠くから近づいてきて、休憩室の前で止まる。


「申し訳ありません大尉ぃぃ!! アスカ・ディアス伍長、ただいま到着しましたぁぁ!!」


 赤く、きれいな長髪をふわりとさせて敬礼を行ったのはアスカ・ディアスという女性。

 彼女もリオンと同じく、エクエーター連盟からの部下であった。


「ディアス伍長!! お前は大尉がお呼びだというのにふざけているのか!?」

「ひぇえええ!! 軍曹ご勘弁〜!!」


 あれだけ穏やかだったリオンが怒鳴りあげる姿に、ミハイルは圧巻されつつ、真剣な声音で彼女に尋ねた。


「伍長。頼んでいたもの、どうだった?」


 奇声を上げていた彼女は、ミハイルに尋ねられて態度を改めてから、ブレザーの懐より一台のタブレット端末を取り出す。

 ――その行為で、もう答えは決まっていたようなものだった。


「……こちらに」


 ミハイルは、手渡されたアダプタを接続したタブレット端末を起動させ、恐る恐るそれに内蔵されているデータを見る。

 数多のピクセルにより織り成される画像。

 その全貌を見据えた彼女は、一瞬驚愕の表情を浮かべてから、可憐な顔を悲哀で埋め尽くす。


「……ありがとう。ディアス伍長」

「どうされるんですか、大尉」

「別にどうにも。私に止められることじゃないだろうし」

「無茶だけはやめてくださいね!! 大尉!! 私、大尉に何かあったら」


 心配からか、少し顔が青くなっていたアスカ。

 そんな彼女を見て、ミハイルは昔の情景と今を重ねながら、を取った。


 

 ぽす、とアスカの頭に彼女の華奢な手が乗る。


「心配しないで。また、私はあなたに仕事を頼みにくるから」


 艷やかな赤髪を掌で撫でミハイルは優しく笑う。


 リオンは啞然とし、アスカはあらぬ方向を見つめたまま硬直していた。

 微妙な空気感に耐えきれなくなったミハイルは、二人に別れを告げて休憩室を飛び出した。


「……」


 アスカの頭頂には彼女の掌の感覚が残っていた。


「大尉に、なでなでしてもらえた……もう髪洗えなーい!!」

「じゃあ明日から俺の隣に立つな」

「なんでですかっ!?」



 

 ◇


 


 自室に戻ったミハイルは、ドアに背をつけてため息をついた。


(”普通”って難しいな……)


 ひどい疲労を覚えたミハイルは、ブレザーを脱ぎ捨ててベッドにそのままダイブした。


 天井を見上げ、ミハイルは先程までリオンと行っていた会話の内容を振り返る。


「フィヨルド連合か……」


 西暦が終わって以降――つまりは、”ディヴィジョン戦役”という別名を持つ第三次世界大戦が終戦して以降、無数にあるように思えた世界の国々は合併に合併を重ねてにまとまった。

 大戦のきっかけは、〈ディノスドライバ〉の動力源としても採用されている ニヴルニウムと呼ばれるエネルギー資源。それの採掘量は国によってかなりの差があり、うまく輸出することで各地に行き渡っていた。

 しかしながら、地球温暖化の進行によって焦っていた各国は互いの主張をぶつけ合い、次第に激しい対立が生まれていった。

 そうして大戦時には多数の陣営に分かれてにわたる激戦が繰り広げられた結果、人類のが死滅した、おそらくは人類史上もっとも悲劇的な出来事だ。


 その後、世界の平和をともに誓いあった各国らは失われた文明の復興とさらなる発展を目指し、合併に合併を重ねた。

 アジア諸国によるアサイア共和国。

 欧州、ロシアによるフィヨルド連合。

 アメリカ、日本などのパシフィクス連邦。

 アフリカ諸国のエクエーター共同連盟。

 その他島国によるハイランド共同体。

 

 そして、各国による国際組織として秩序管理機構〈フォーチュナー〉が生まれた……。


 ミハイルは、暫くであるフィヨルド連合には帰れていない。

 否――もう帰れないのだ。



 強烈な眠気が襲ってきた。カフェラテのカフェインが一向に効き目を現さないようで、あの自販機を恨む。


 だが、午後にも訓練がある。兵士たるもの、それを疎かにするような行為は慎まなくてはならない。

 それに、この基地に来る最中抱いた疑問も解消する必要がある。ここでへばるにはまだ早い。


 ミハイルは勢いよく起き上がって、洗面器に向かった。

 眠気の出てきた顔に、思い切り水をぶっかけてからそれらを一気に吹っ飛ばした。

 

「今の私は、ミハイル・バジーナだ」


 ミハイルは鏡の自分に向けてそう言った。


 表面に反射した実像に過ぎない自分が、実在する自分と違う表情をしている気がしてならなかった。

 いいや、表情だけじゃない。

 髪型、瞳の光沢に身に纏う服、身なりや佇まいまで、と異なっているという違和感に蝕まれていた。


「それ以上でも……それ以下でもない……!!」


 ミハイルは自分に言い聞かせる。


 ミハイル・バジーナ。

 それは今の彼女にとっては仮の名前でしかない。

 〈フォーチュナー〉に入る為――それ以前に全てのいざこざから解放され、必要だった偽名である。   



 ミハイル・バジーナ。

 またの名を――ミーシャ・アンタレス。


 〈フォーチュナー〉の兵士を大勢殺し、機体をそれらの血で染めたと噂される

《赤き凶星》の異名を持つだ。

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