灯り

ルリア

灯り

はじまりはとてもとてもちいさな灯りだった。

僕自身がまったく気づかないほどひそやかに、それはずっと灯り続けていた。

僕がその灯りに気がついたのはいつだったかはわからない。

最初はおもしろ半分でその灯りをながめていただけかもしれないけれど、いつしかそれを大切に思うようになった。


灯りを灯し続けるにはかならずエネルギーが要る。


僕は、僕のなかに宿ったそのちいさな灯りが消えないように、どんなに細くてもずっとエネルギーを絶えず注いで大切にしていた。

きっとその灯りを消してしまったら、僕自身からなにか重要なものがひとつ、ぽろりと欠け落ちてしまうような、そんな直感があった。

だから、どんなに風に吹かれようと、雨に降られようと、そのひとつだけは守り続けようと思った。


一時期はその灯りを誰かに気づいてもらえるほどまで大きくしたくて色々とやってみたけれど、それは僕が思うほどかんたんにはうまくいかなかった。

この灯りは僕だけにしか見えないものなのかもしれないと考えたこともあったけれど、周りにはそれらをじょうずに扱ってみんなに見せてまわれるようになっていったひとたちが幾人もいた。


「挫折」というほどのものではない。

ほんとうの「挫折」とはきっと僕が考えているよりも深いところにある。

闇の手を取り、孤独の伴奏に合わせて踊りながら、ただひたすらに向き合い続ける先にやってきた深淵に足を踏み入れることができなくなったときのようなものなのだと思う。

だから僕はまだ、そもそもその深淵にすらまだ出会っていないと断言できる。


つまり僕が感じた「うまくいかなかった」という感覚は「挫折」ではなかった。

単純に、その灯りをだれかに見つけてもらうのを、ただあきらめていた。

その時々に存在する周囲に合わせて、その場でそれっぽい表情をしていれば自然と時間は過ぎていく。そこに僕の都合なんてひとかけらもない。


それでも僕には、僕のなかには、どんなに細くても灯しておきたい灯りがある。


ただそれだけは失いたくないひとつの灯りを持っていること、それが「僕」が「僕」であるとじぶん自身を奮い立たせるような、そう、一種のアイデンティティのような。


僕はただ、僕自身だけを満足させるために、その灯りを絶やさないようにするためだけに続けていることがある。

それだけは確かな事実だった。


ほんとうのほんとうはもっと満たされたいという思いだけはずっとあって、でもどうすればその気持ちが満たされるのかさえわかっていなかった。この灯りを灯し続けることも、それを満たすことも、僕にしかできない──そう思っていた。


「その灯り、とてもきれいね」


ふと聴こえてきたその言葉に、僕は思わず振り返った。それを発したと思われる人物とぱちりと目が合った。

一瞬、聞き間違いや勘違いかと思ったけれど、そのひとはたしかにまっすぐに僕だけを見つめて、その口元に淡い笑みを浮かべていた。

返す言葉がぱっと思い浮かばなかった。

この灯りを見つけてもらえたよろこびや、その瞳にたしかに灯りが映っているうれしさより先に、驚愕と疑問が胸を突いた。

そして僕は、「きっとそのひとの気まぐれだろう」と思った。


なにも言わなかった──いや、なにも言えずにいた僕を、そのひとはなんでもないような表情で「またみにきてもいい?」と聞いた。

僕はいちどだけ、こくりとうなずいた──どうせ気まぐれだろうから。


これまでだって、ずっとそうだった。いいね、と言ってくれたひとがいなかったわけではない。そのたびに僕はその言葉を素直に受け取って、くしゃくしゃになるまで大事ににぎりしめて、とっておいてきた。でも、それだけだった。

いちどしか会うことがなかったひと、なんどか会ったけれどそういってくれたのは最初だけで、そのうちになにも言わなくなったひと、そういうひとたちの間を僕はずっとすり抜けてきた──すり抜けてきてしまった。

だから、期待をするだけ無駄だって思うようになって、気まぐれだったんだって思うようになって──結局この灯りを大切にしてあげられるのは僕だけだったって思って、こころをそっと閉じた。

僕以外の他人には、必要最低限の灯りだけをみせることだけに集中していた。


そう思っていたのに、そのひと──Aは、それからなんども僕の灯している灯りをみにきた。

そしてそのたびに「きれいだね」とひとことだけ言ってあっというまに僕の目の前からいなくなる。

Aが差し出すその言葉に触れようと手を伸ばしてみたけれど、はじめて会ったときと同じように、なんでもない表情をしてするりと、いともたやすく、ここに名残なんてひとつもないといった様子で僕に背を向けて遠ざかっていく。


けれど、Aが僕の灯りをみるためにここまで来てくれたその後ろ姿は、すこしずつ灯りを灯し続けるためのエネルギーをたしかに僕に与えてくれた。

これまでくしゃくしゃににぎりしめていた数々の言葉を、すこしずつ丁寧にしわを伸ばしながらひろげてあらためて眺めることができるようになったくらいには、僕以外のひとから与えられるエネルギーの心地よさを感じられた。


Aはこの灯りのどんなところを気に入っでくれているのか、僕にはまったくわからない。色なのか、かたちなのか、ゆらぎなのか、そういった具体的なことはなにひとつ言葉にして残してはくれていないけれど、それをあえて求めようとすることがこわくない、と言ったらうそになる──それは間違いなくこわい。

だから、まだそれは知らなくていい──もしAの気が変わったりなんだかしたりして、いずれ教えてくれるのなら、そのときは、はじめて会ったときみたいに驚愕や疑問なんて考えず、素直に受け取れたらいいな、と思う。

そして、僕が、僕自身の気が変わって、この灯りを消してしまおうなんて突発的に思うことがなくなった理由が、ひとつ増えただけ。


灯りを灯し続けるにはかならずエネルギーが要る。


そのエネルギーのひとつにきみがいてくれるなら、僕はまだ、灯し続けていける──もしこのさき、この灯りの色が変わっても、かたちが変わっても、ゆらぎ方が変わっても、きれいだって、言ってもらえたら、いいな。








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