Q4. 自称・スターの栄光

 その日、珍しく篠崎風音は頭を悩ませた。


「それで? その新人はなにがなんとしても入部したいって?」


 生徒会室の簡易テーブルの下で、居心地悪そうに膝を組んだ。対面で同じように困り顔をしているのは、青海学園の軽音楽部の部長であった。彼はクセっ毛だらけの髪をかきながら「いやぁ」と語り始めた。


「はい。俺らも最初は嬉しかったんですが、とてもじゃないですが彼を入部させる気にはなれないんです。自分の経験をよく語るんですが、どうにもそればっかりで、ロクに僕たちの話を聞きやしない。ホントに、自分勝手が過ぎましてね。三年生だけでなく、二年生や彼と同じ一年生もそうらしくて。俺も気の毒だとは思いましたが、丁寧に断ったら――」

「『こんなの不公平だ! 僕は間違ってない! そんなに僕を入部させたくないなら、どっちが正しいかを生徒会に判断してもらうんだ!』でしょ?」


 ゲンナリした顔で風音が被せた。そうです、と部長は困ったように頷いた。


「……昨日、二年生の副部長に相談があったという報告を聞いたわ」

「そうですか」


 申し訳なさそうな顔で頭を下げる。


「こんなこと異例よ。部員が不足している部活動から勧誘の協力ならともかく、まさか入部希望者をキャンセルさせるなんて」


 風音はウンザリした顔のまま、隣に立つ横山慶太を見遣った。彼は決して生徒会ではないが、なにかとこのような問題に付き合わされる。今日も突然、昼休みに風音に「放課後に用があるから付き合いなさいよ」と強引な誘いを受けただけ。彼が一番にウンザリしたい顔を浮かべたはずだ。

 だが、横山慶太は風音に同情した。学校の風紀や行事に関わることならともかく、まさか部活動のいざこざに巻き込まれるとは。学校の生徒会は家庭裁判所ではないというのに。

 風音は部長にまた視線を戻していった。


「それで? その新入生はもうすぐ来るのよね?」

「はい。でも、大丈夫ですか? 彼の話なら、俺がいた方がその……」


 口ごもった後、「専門的な話とか、補助できるかと思いますが……」だが、風音は首を横に振った。


「大丈夫よ。いちおう、向こうの言い分を聞いて、こっちが判断するから。それに、今回は私だけでなく、私の家に住むがそういう類の音楽を好んでいるから」


 そういうことか、と慶太は内心納得した。


「どうも、で、二組の横山慶太です」

「あ、ど、どうも。噂は聞いております」


 部長は気まずそうに小さく頭を下げた。このような反応は珍しくない。だいたい、風音の隣にいるとよくある反応なのだ。

 ここで風音は軽音部の部長に悟られぬように耳打ちした。


「……ところであんた、ロックとかそういうのは得意なんでしょうね」

「まあ、ある程度のことは――」


 慶太の言葉が生徒会室のドアをノックする音によって途絶えた。コンコンコン、という規則正しい音。風音はんん、と一度ノドを鳴らしてから、


「どうぞ」

「失礼します」


 彼は部長をジロリと睨みつけると、んん、と喉を鳴らしてうやうやしく頭を下げた。


「お初にかかります。僕は瑞石みずいしはじめといいます。以前に相談させていた者ですが……」


 慶太と風音は同時にはじめの頭からつま先まで見回した。


「あ、じゃあ、僕はこの辺で」と軽音部の部長はコソコソと生徒会室を後にする。気まずそうな背中を見送ったあと、風音はいった。


「話は副部長から訊いているわ。私が生徒会長の篠崎風音よ」

「はい。知っています。僕の話をジャッジしてくれるって」

「まぁ、そうなるけど。あくまで中立的な立ち位置で、ね。ロックとか、バンドのことなんか全然わからないから」

「あー、そうですか」


 どこか失望した様子。それから隣に立つ慶太を見た。


「ところで、隣のあなたも生徒会の人ですか?」


 慶太は首を横に振った。


「いいえ。ですが、生徒会長の付添人です。横山慶太といいます」

「ロックは好きですか?」、と矢継ぎ早に質問をする。

「まあ、そこそこ」

「どんなアーティストが好きですか?」


 この手の質問は非常に困る。慶太は少しばかり考えたあと、


「オール・アメリカン・レジェクトと、ウィー・ザ・キングスだね」

「ふむ」と難しそうな顔をするはじめ。「僕が知らないだけですかね。洋楽ですか?」

「そうだね」


 短絡的に答えて会話を終わらせた。この手の話のあるあるだが、これ以上続くとこれから行う議題に差し障ることが多い。同じ趣味がある――それでも、今述べたバンドを知らないと言われるのは落ち込むが――ということはわかりあえる共通的価値観があると思い込んでしまうのだ。慶太は、あくまで中立を重んじてこれ以上の会話を拒否したのだ。

 ここで風音が質問する。


「それで、あなたが軽音部に入りたい理由を教えてほしいんだけど……」

「あぁ、そうですね。先に説明させてほしいんですが、僕は中学生の頃、すっごいバンドのボーカルを務めていたんです。嘘じゃないですからね? といっても、当時の僕はここよりもっと遠い関東の方に住んでいたんですがね。東京まで電車で二十分といった辺りです」


 風音は「ふーん」と興味の薄い返事し、続きを待った。


「そもそもは僕は歌なんてカラオケで唄うくらいの程度だったんですがね。でも、あるきっかけがありました。それは中学三年生の文化祭の時です。

 なんと、予定していたバンドが演奏できないというアクシデントが起きたんです。これは後にわかったことなのですが、ボーカルとリードを担当していたギタリストが当日にインフルエンザで高熱を出してしまい、メンバーからの連絡に応答できないほどにね。

 この出来事にドラマーは怒り、演奏の二時間前には帰ってしまったんですって。リハーサルもできなかったみたいですし。

 そして本番五分前。体育館は彼らの演奏を見ようとたくさんの生徒が詰めかけていました。もちろん、僕もその中のひとりです。

 バッキング担当のギタリストがオドオドとした口調で謝罪していたんですが、それが帰ってみんなを呆れさせ、嘲笑を引き起こしてしまいました。

 おかげでギタリストは涙目になり、声を震わせてしまったんです。

 このままじゃ不味いと思った時、僕の足は自然とステージに向かっていました。

 僕は彼からマイクを奪い取り、身体が思うがままに高らかに唄い出しました。

 無我夢中といういうんですかね? でも、あの時、不思議な力が働いたんです。

 僕はアカペラで唄いました。最初、その場にいたみんなはポカンとしていたんです。なんだ、こいつ? 的な感じで。

 するとなんと、帰ったはずのドラマーが駆けつけ、そこでギタリストがギターを弾いて一大セッションが巻き起こったんです。

 さっきの静寂とは正反対に会場は大盛り上がり。はち切れんばかりの喝采に拍手。さらにいえば僕の美声に聴き惚れた女子たちからは連日のようにアタックされちゃって。それから、卒業までに一か月に一回はライブハウスだったり、音楽室でライブしたんですよ。

 それから親の都合で引っ越し、この学園に入学したんです」


 言い終わると、それまでウンウンと聞いていた風音は、小さなため息を吐いた。


「……たしかに、その話が本当ならあなたがすっごいスターでしょうね」

「そうでしょう?」


 はじめは謙遜な態度ながらも、勝ち誇った口調でいった。

 風音は「どう思う?」と小声で慶太にいった。慶太は顎に指を当て、なにやら難しい表情を決め込むばかり。


「横山先輩ならわかりますよね? ロックって、時にとんでもない伝説を作っちゃうんですよ。それは例えば、当時の主流となっていたメタルの流れに反旗を翻すようにデビューしたメタリカだったり、ロックの流れを打ち砕いたパンクバンド、セックス・ピストルズだったり。僕はそんな人間なんだと思うんですよ」


 はじめは高揚を隠せず、自分が早口になっていることに気付いてもいない様子。慶太は悩ましげな顔のまま「なるほど」と返した。


「でしょ? だから、この学園の軽音部には、中学の時にみんなが認めてくれた歌声が必要なんだって、あのみんなに伝えてほしいんですよ」

「いや」と思案顔の慶太。


「残念だけど、君はさっきの胡散臭い話を力説するより、実力で彼ら納得させた方がいいな」


 Q.彼の話の中で信ぴょう性に欠けていたものとはなんだろうか?


 A3.燻された煙というのは非常に虫が嫌うものです。もし彼が本当に煙の近くにいたのなら、虫など来ないでしょう。おそらく横山慶太はそれを確かめるべく、彼の手に巻かれた包帯を解くようにいうでしょう。

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