Q3.バーベキューの虫刺され
長い黒髪を靡かせながら、その少女は目の前の男に恥じらいを見せた。
早朝の青海学園の昇降口前。篠崎家の三女、
「お、おはようございます。今日はお早いんですね」
「雛乃。そんなに気を使わなくていい」
「は、はい横山せんぱ……いえ、慶太お
「……風音がどういうかわからないが、敬語だって使わなくていいんだ」
「そ、そんなわけにはいきません……!」
真っ直ぐな視線をぶつけたられた雛乃は頬を紅潮させ、足元に目をやった。
横山慶太は気付いていないのだが、篠崎雛乃が初めて出会った三年前から、彼に恋心を抱いているのだ。
篠崎家は――次女の風音もそうであるように――容姿端麗な美人姉妹であり、雛乃に至ってはまさに
そのせいで、彼女の恋は儚くも暗中模索の領域へと突入した。なぜなら、意中の先輩が家族になってしまったのだから。
雛乃の毎日はドギマギである。目が覚め、起き抜けに片想いの相手がいる。一つ屋根の下で朝夕食をともにし、ともに寝る――とはいえど、部屋は別だが――のだから。
その日々は夢見心地でもある一方、いつか終わりがあるという不安にも駆られる。
だが、慶太という男は愚鈍なのか、薄情なのか。雛乃の想いなど気にせず思った疑問を口にするのであった。
「朝早くから家を出たと聞いて気になっていたが……。どうして雛乃が朝の清掃に? 先週で清掃当番は終わったと聞いたが」
言い終えると慶太はグルリと周囲を見まわした。校門や遠くの校舎前などにも、雛乃と同じようにホウキや雑巾を持った一年生たちがチラホラ。青海学園の校風により、一年生は当番制で早朝に十分間の清掃活動を行わなければいけないのだ。
「あ、その……。たしかに私の当番は先週で終わったんですが……。実は、同じクラスに竹本くんという子がいまして。竹本くんがどうしても当番を変わってほしいとお願いしてきて……」
「変わってほしい?」
怪訝な顔をしている慶太に気付き、雛乃は弁明するように慌てて両手を振った。
「あ、その、押し付けられたとかではないんです。な、なんでも家族で三日前の日曜日に家族とキャンプをされた際に、虫に右手を刺されてしまったそうなんです」
「虫?」
「はい。なんでも、竹本くんの家族は大のキャンプ好きで、ひと月に一回は近くのキャンプ場や海岸などでキャンプをするそうで……。
それで四日前の土曜日。天気に恵まれたこともあって、家族で山奥にあるキャンプ場に行かれたそうです。その日の夜、山間ということもあってか、すごく涼しかったそうで。竹本くんは遅くまで起きていて、キャンプ火のすぐ近くの長椅子に腰かけ、身体を温めているうちに、うたた寝をしてしまったそうで」
「ふむ」
「手の激痛で目が覚めると、手に小さな傷があって……。そのあと、ドンドンと腫れていったしまったみたいです。暗くてよくは見えなかったそうですが、ハチではなかったみたいです。ですが、右手はパンパンに膨れ上がってしまって……」
「なるほど。ちなみに、雛乃は彼の手を見たのか?」
雛乃はコクリと頷く。
「は、はい。……腫れてるかどうかまではわかりませんが、昨日も右手の甲には包帯がグルグルに巻かれていました。『これじゃあ、卓球の練習だってできやしないよ』とボヤいてましたし、放校後もすぐに帰っていました。竹本くんはあとで埋め合わせをしてくれると約束してくれましたし、私も竹本くんが元気になればいいな、と思いまして」
雛乃は照れくささと気まずさを交えながらいった。誰かのために力になれるのは誰だって幸せだ。だが、その一方で自身に纏わりつく自信のなさに怯えているのも慶太は見抜いた。
元々身体も弱く、過保護に育てられた――主に風音にだが――身だ。自身の選択肢には、いつだって誰かの意見が挟まることを恐れる。慶太はひととおり悩んだ末、険しくなっているであろう顔つきを直し、穏やかさを取り繕っていった。
「雛乃。君はいいことをしたと思う」
「は、はい。ありがとうございます」
認められたことが嬉しいのか、雛乃の表情は柔らかくなった。
「……それでなんだけど、竹本という彼は普段何時ごろに登校してくるんだ?」
「いつも、始業時間ギリギリだったと思います」
「そうか」
慶太はここぞとばかりに口角をあげる。
「明日から彼は清掃に加わると思うよ」
◆ 雛乃の話で竹本の疑うべきところはどこだろうか?
A2.ヘアドライヤーを使っていたとなると、それは耳元のすぐ近くで使っていたはずです。ヘアドライヤーの騒音値は65~75dB。スマートフォンのアラームは65~100dBと言われています。ですが、部室は四方をコンクリートで囲われたコンクリート造。耳に届くまでに音は小さくなるので、ヘアドライヤーを使ったままでは聞こえるわけがありません。
つまり、サッカー部員の彼がアラームの音や悲鳴を聞いたというのは疑問が残ります。
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