第3話暑くない夏

「は?…………………………………今、なんとおっしゃいました?」


「今年の夏は、暑いのをやめるかと言ったんだ」


「いや、あの……意味が分からないんですけど?」


「そうだろうね。これは、だからね」


傍らにあった灰皿に火のついた煙草を押し付けると、幹事長は机の引き出しを開け、中をごそごそと引っ掻き回していた。


「え~と…確かこの中にあった筈なんだがな……あった、これだこれだ」


机の上に置かれた、一冊のノート。


そのノートの白い地の表紙には大きく『マル秘』と書かれ、その下には、こんなタイトルが記されていた。





『2023年~日本の夏再生プロジェクト』



          *    *    *



「なんですか?これは……」


初めて目にするその文言に、私は首を傾げながら幹事長に質問した。


「『夏は暑いのが当たり前』……君は本当にそう思うかね?」


先程の私の心の中を読んでいたかのように、幹事長は私にそんな質問をしてきた。


「それは…確かに冷夏と呼ばれる夏もありますが、得てして夏が暑いというのは自然界の常識とでも言いましょうか……」


「ブーーッ!残念!」


出来うる限りの憎らしい顔を作り出し、私に不正解を告げる幹事長。


子供かっ!


「残念って、どういう事です?日本の夏が暑いのは常識じゃ……」


「一昨年まではね……」


私の反論を途中で遮り、幹事長は驚くべき事実を私にぶつけて来たのだ!


「日本の夏は、もう暑く無い!むしろ、!」


「なんですって!!」



           *    *     *



「去年…2023年のあの猛暑は、実は国家プロジェクトによって創られた人工の暑さだったのだよ!」


「まさか!」


私は、その幹事長の言葉をすぐに受け入れる事が出来なかった。


直ちに、目の前に置かれた『マル秘ノート』を手に取り、内容の確認にかかる。


表紙をめくると、最初の見開きのページには、大きさの違う幾つかの丸が並べて描かれていた。


その丸の中には、それぞれ『太陽』『地球』『月』といった風に惑星の名前が記されている。


「最初のページには、分かり易いように私が絵を描いておいた。

どうだね、一目瞭然だろう?」


「いえ…これが何を意味しているのか、私にはさっぱり……」


「え――っ!超分かり易いのにっ!」


不満そうに口を尖らせて反論する幹事長には申し訳無いが、大体にして、絵が下手すぎるのだ。


太陽より地球の方が大きいし、月は三日月……それに、火星に『輪』が付いている。横に描かれているタコみたいのは、火星人のつもりだろうか?


この絵ではまるっきり意味が分からないので、私はページをめくり次の文章に目を通した。


それは、環境庁の官僚が書いたらしき文面で、少々難しい専門用語はあるが、先程の絵よりはよっぽど理解可能な文章であった。



           *     *     *



内容を要約すると、こういう事である。


2023年の夏を境に、日本の夏の気温が大幅に下がった理由は……


太陽の燃焼温度がわずかに下がり、地球に届く紫外線の量が減少した事。


地球の傾きが変わってしまい、太陽の通り道、いわゆる赤道の位置がずれてしまった為に日本の夏の日照時間が短くなってしまった事。


それに伴い、夏に日本に向かって吹いていた南風が来なくなってしまった事。


等、等…様々な気象条件が重なり、日本の夏は例年に比べ15℃以上も下がってしまったらしいのだ。


「だとしたら、去年の夏は何故あんなに暑かったのだろう?」


思わず口をついて出てしまった私の疑問に、幹事長が得意げな顔で説明を始めた。


「それはもう、国が使からね!ざっと見積もっても二十兆は使ったかなぁ~バレないようにするの大変だったんだよ。アッハッハ~~♪」


「アッハッハ~~じゃねええぇぇ―――っ!!アンタら何考えてんだああぁぁ―――っ!!」


バン!!


私は冷静さを失い、幹事長の机を両手で思い切り叩いた!


「おや、怒ったねマナミちゃん。しかし、夏の暑さは市場の経済効果にも寄与しているんだからね…そうだな、軽く2000億位は……」


「2000億の為に二十兆も使ってんじゃねーよっ!日本を破綻させるつもりかっ!

てか、私をマナミちゃんって呼ぶなっ!」



          *     *    *




呆れて物も言えなかった。


ただでさえ財政が厳しい時だというのに、国は二十兆もの予算を使って夏の猛暑を演出し、国民はその暑さを凌ぐ為に膨大な電力を消費していたのだ。


なんてもったいない話だ!


『もったいないお化け』が何匹出てくると思ってるんだ!まったく!


「しかし、早く気が付いて何よりでした!これで今年の夏の電力不足は、何とか解消出来そうな見込みがついて来ました」


夏の気温が15℃下がれば、エアコンによる電力需要の増加は無い。


私は、もうこれ以上幹事長と話す事もあるまいと、回れ右をして幹事長室のドアノブに手を掛けた。その私の背中越しに、幹事長がぼそりと呟く。



「海の家はどうするのかな?」


私は、振り返らずに答える。


「就業補償でもすれば良いでしょう」


「『TUBE』は何を歌ったら良いのだろう?」


「新曲作れば良いでしょう!」


「じゃあ、のか……」


「知るかっ!」


バタン!!



         





















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