23話 名前は、『Alter'd』。
そのまま一年生三人で連れ立って(雪哉は半ば引っ張る形で)向かった先。
漫画研究会のプレートが立てかけられた扉を──ほたるの目配せでノックし、中の合図を聞き届けた後に燎が開く。
そうして彼らを出迎えたのは。
「あ、夏代く、──っ!」
燎の先輩にして絵の師匠である、桜羽蒼。
彼女は、まず燎の姿を認めたのち……すぐに、彼の後ろにいるほたると雪哉も認識して。
そして、三人の顔を見て……そこに浮かぶ表情で、察したのだろう。
ああ、うまく行ったんだ、と。
それを理解したと同時に──蒼は咄嗟に自分たちから目を逸らし腕で目元を覆った。
なかなかに唐突な行動だったので思わず燎も突っ込むが。
「え、あの、桜羽先輩?」
「……けど」
そんな彼に対し、蒼は顔を背けたまま、若干の震え声でこう答えたのだった。
「泣いてませんけど!? 本当に良かったなんて思ってませんけどー!?」
「いくらなんでも無理があると思います先輩!」
その後、蒼が落ち着くのを待ってから。
改めて燎が、蒼に経緯を説明した。ちゃんとうまく行った、皆と仲直りができたこと。
そして流れで必然……燎が描いたほたるのアバターを見せることになり。
「…………ど、どどどうでしょうか」
「わたしに見せる時より緊張してない?」
そりゃする。ほたるに見せるのとは別種なのである。
そんな硬直をする燎に対し、蒼は静かに製作したアバターを隅々まで見た後。
「そうね……これはあくまであなたが天瀬さんのために作ったものだから、天瀬さんがどう思うかがまず評価として絶対なのだけれど。それでも……一応、仮にも絵の師匠としての見解を言うのなら」
顔を上げ──緊張の面持ちで言葉を待つ燎原に対し。
蒼は……ふっと。初めて見るくらいの、柔らかく美麗な微笑を浮かべ。
「良いと思うわ。……頑張ったじゃない、弟子」
「──」
その簡潔な言葉に、どれだけの称賛が込められているのか。
分からないほど、燎の彼女との関わりは浅くなかった。
今度は、燎が目頭を抑える番だった。
「っ、すいません、ちょっと今日は朝から色々あって涙腺が緩めで」
「あら、泣いても良いのよ?」
「遠慮しときます我慢します!」
なけなしの意地を振り絞ってそう言い張る燎を、なんとも微笑ましく燎にとっては居心地の悪い視線で見守る蒼。その様子をもって、なんとか最初に落ち気味だった先輩の威厳は取り戻せたかに思えた蒼だったが。
「それで──そっちの子が」
「はい! 初めまして桜羽先輩! 天瀬ほたるです!」
……残念ながら、大ボスがその後に控えていたのである。
概ねの推測に違わず、挨拶もそこそこにほたるがずいっと蒼の元に寄って来て。
「えっちょっ近」
「燎からお話は伺ってました、すごい良い先輩で絵の師匠だと! ずっと会いたかったんです、いきなりですが超可愛いですね先輩! 髪の毛おしゃれ! 目もお肌も綺麗! ちっちゃくて可愛い! 改めて見ると妖精か何かかと思ったんですけど!」
「それはどうもありがとう私も会いたかったわ! でも待って陽の、陽のオーラが想定の百倍くらいすごい! こんな爆速で距離詰めてくる子初めて会ったわよ!?」
「そうなんですか? すみません話だけはすごい聞いてたので勝手に親近感持ってて! あんまり嫌だったらもうちょっと控えめに迫るんで言って下さい、今のところ本気では嫌がってなさそうなのでこのまま続けます!」
燎も想定していた百倍くらいいきなりぐいぐい行っていた。
そして質の悪いことにちゃんと本当に嫌がってはいないことをしっかり持ち前の洞察力で見抜いたほたるが宣言通りそのまま続ける。
「いやほんと、すっっっごく会いたかったんですよ! なんでかって言うと普通にわたしも先輩の漫画のファンでして! 連載終了は残念でしたけど最後まで楽しく読ませていただきました!」
「はぇ、そ、そうなの?」
「はい! わたしは何よりキャラが好きで! デザインもそうですけど性格も、なんていうか出てくる子全員可愛いというか、抱えてるものとかが全部『わかる~!』みたいな、感情移入できるものがみんなあってすごい応援したくなるというか、あとあと」
そうしてシームレスに話題に移るのは、蒼の描いていた連載作品のこと。
無論蒼と仲良くなるための方便ではなく本気でファンだった。燎と初めて会った時も燎が蒼の真似をして描いていると即見抜いたくらいだし、何より語っている時の熱量を見れば本気なのは一目瞭然だろう。
……そして。
連載終了後もしばらく引きずるくらいに大好きだった、自分の心血注いだ分身のような作品をこんな好き好きオーラ全開で褒めちぎられると。
とりわけ桜羽蒼がそんなことをされてしまうと、どうなるのかというと。
数分後、思いっきり語り終えてにっこにこのほたるの横で、完璧に頬を紅潮させきった蒼が恥ずかしさと嬉しさとその他諸々の感情で頭から湯気を出し目を逸らしつつ。
ぽつりと、こう呟いた。
「…………私、この子のこと好きかもしれない」
「「ちょっろ」」
こうなるのである。出会って五分でこの有様である。
そして思わず燎と雪哉の感想が被り、それに対して蒼が眦を吊り上げ。
「はぁ!? これに関しては私悪くないわよ! 覚悟しときなさいそこの一年二人、あんたらどっちも創作やってる人間よね!? 自分が全力懸けた商業作品をこれだけ褒められたら全人類例外なくこうなるから! その時が楽しみね!!」
負け惜しみなのか激励なのかよく分からないことを言い放つのだった。
そんな流れのまま、今度は蒼が雪哉の方に目を向けて。
「それでそこの……男……の子、よね?」
「男子生徒の制服着てますよね!?」
大変よく分かる感想ののち、この二人も初対面の挨拶を交わす。
「あなたの話も聞いてるわよ、赤星雪哉くん。死ぬほど面倒くさそうな性格をしてる男の子か女の子かよく分かんない子だって」
「目上だからと遠慮はしなくて良いってメッセージだと受け取りましたよ桜羽蒼先輩。気に入った後輩に尻尾を振るのがお上手なようですね」
「は?」「あ?」
「わぁ仲良し」
「うん、なんかよく分かんないけどここの二人はこうなる気がした」
なんだろう、同族嫌悪とは違うかもしれないがそれと近しい感覚によってなんとなく犬猿っぽくなりそうだったというか。
でも不思議とそこまで深刻にはならなさそうな気配というか、犬猿というよりもチワワとポメの戦いくらいの微笑ましい雰囲気になりそうというか、そういうのも感じる。
きっと、二人とも根はとても良い人だとこれまでの交流でわかっているからだろう。
ともあれ、これで一応全員の顔合わせが終了した。その上で──
「それで天瀬。みんなに言いたいことって」
「あ、そうだったね!」
燎の促しに、ほたるが立ち上がって部室の中央に立ち。
三人の視線を集めてから、こう切り出す。
「その……わたしの直近の目標がVTuberとして活動することなのは、みんな知ってくれてると思うんですけど」
それは前提だ。頷く三人に、ほたるは続けて。
「……ずっと考えてたんだ。今VTuberはエンタメの最前線で、だからこそたくさんのライバーがいて。その中で埋もれないためには、より多くの人に知ってもらうにはどうしたら良いのかなって」
それも頷ける話だ。
最早レッドオーシャンと化したこの界隈で目立つこと、見てもらうことは並大抵の難易度ではない。とにかく何かしら突出した要素が必要で……歌をメインにするというほたるの活動方針だけではやや弱いだろう。
だからこそ、とほたるは手を叩いて。
「というわけで! みんなにお願いというか、提案があります!」
いつも通りの笑顔で。とびきりのクエストを、冒険を思いついた期待に満ちた表情で。
「──わたしだけじゃない」
この四人の始まりとなるその提案を、告げるのだった。
「
◆
「四人で、って……俺たちもアバター作って配信するってこと?」
「そう!」
燎の確認にそう頷いたほたるは、続けてそう考えるに至った経緯を説明する。
まずは何よりも特異性。グループで配信を行うVTuberはそれこそ星の数ほど存在するが、その中でも全員が高校生、しかもリアルで同じ高校に通う人間となるとほぼない。具体的にそれをどう活かすかは未知数だが……少なくとも差別化はできるだろうとのこと。
加えて、グループとして配信活動を行うことそのものの利点。
当然だがほたるはVTuber活動を始めるにあたって、企業のバックアップを受けない……所謂個人勢として活動を開始するつもりだった。
企業勢と個人勢の違いは多々あれど、その大きなものの一つとして──コラボが気軽にできるかどうか、というものがある。
企業勢ならば同じ企業の中でコラボがしやすく、個人勢はどうしてもそこが一手間かかってしまう。有名になる前であれば尚更だ。
だが、そう。最初から複数人のグループとして活動を開始してしまえば。
コラボ形態が気軽にできる──言うなれば、
「ざっと考えた理由としてはこんな感じ。でも、それより何より!」
と、そこまで説明した上で。
ほたるは手を広げて、燎たち三人を示すと。
「わたしの独断と偏見と……あとは一応過去数多のVを見てきた経験から断言します!」
大分不安になる判断基準だが、何故か謎の説得力を感じさせる声色と共に。
「あなたたち三人とも──びっくりするくらい配信者適性があります!!」
そう、言い切った。
「……はい?」
「本気で言ってるよ? まず桜羽先輩、ちょっと話しただけでもう分かったけど……先輩はなんかこう、存在が既に漫画のキャラだし性格も漫画のキャラなんですよ!」
「それ褒めてる?」
「もちろん褒めてます! まず高校二年で連載経験のある漫画家って時点でとんでもないのに容姿も可愛くて、性格も含めて全部こんなに素敵なんですもん!」
「そ、そう?」
うん、そういうところだろう。頬を緩ませる蒼を見て燎もそう思う。
「次に赤星くん。君はね──」
「声が可愛い以外で」
「──、すぅ──……声が可愛い!」
「この流れでも言うのね!?」
「だって真っ先にそれ以外思い浮かばないくらいにインパクトがすごいんだよ! ほんとにその一芸だけで配信やれるレベルだよ!? あとは流石作詞作曲やってる人っていうか、何気にちょいちょい言葉選びのセンスもすごいしトークも全然いけると思う!」
なんだかんだで声以外もちゃんと見ていることを告げつつ、続けて。
「そんで燎はね、色々あるけど……まずは何より、わたしとの相性が良いです!」
「え、どゆこと?」
「トーク的な意味でだよ。だって君、わたしのボケとか大体全部拾ってくれるじゃん」
「そりゃあなた隙あらば台詞の中に突っ込みどころを混ぜるからね。誰でもこうならない普通?」
「いや、多分普通はどっかでスルーするわよ」
「そうだね、僕も正直『常時漫才やって疲れないのか特に夏代』って思ってた」
「そういう認識なの!? あとあなたたちさっきまで割といがみあってたよね!?」
なんで感想を述べる時急に息ぴったりになるのだ。そう思って告げると、今度はそういうとこだぞ、と燎が全員から無言で突っ込まれた。
「とまぁ、そんな感じでさ。ずっと思ってたんだ──この四人で配信活動できたらきっと素敵なコンテンツを生み出せるし……何より、すっごい楽しいだろうなって!」
そうして全員の長所を述べた後、わくわくと本当に心底楽しそうな雰囲気を崩さないまま、ほたるは続ける。
「それがわたしの考えでお願い。で、もちろんそれありきではあるんだけど……みんなが配信をする上での、みんなの『本職』に関するメリットも考えてるんだ。だから、今度はそれを聞いてくれないかな?」
予想外のその言葉に面食らうが……そうだった。
ほたるは、我が道を行くタイプでありながら同じくらいに周りを見て、周りの幸せも本気で考えている。そんな彼女が、『ただのわがまま』だけでこんな提案はしないのだ。
気づけば驚くことに、皆が彼女の言葉を真剣に聞いていた。
いや……驚くこと、ではないのかもしれない。
ほたるにはそういう力がある。大真面目に夢を見て、それにしっかりと現実を見ながら邁進する人間ならではの、凄まじく眩しいエネルギーが。
だから、ここにいるみんな。
経緯は様々かもしれないが、確かなことは彼女が全ての起点となってここに集まって。
そして……彼女の語った各々の『本職におけるメリット』にも、無論しっかりとした論拠ありではあるがちゃんと納得して。ある人は恩義から、そして別の人は純粋な興味や挑戦心から、心が決まる。
多分──ここにきた時点で、全員が大なり小なりこうなると予感していたのだろう。
故に、その。不思議な縁であり、奇跡のような巡り合わせであり、けれど確かに彼ら彼女らが勝ち取ったこの四人組の関係に、まずは形をつけるべく。
「そうなると、やることは色々あるけど……まずはユニット名とか決める?」
「はいはいはいはいわたし考えてます一案いいですか先生!」
「大変元気がよろしい天瀬くん! 考えてるだろうと予想してたから言ってみなさい!」
この四人で組む、と決め。その最初の儀式として、燎の言葉に被せ気味に。
ほたるは満面の笑顔で、結局それが決定案となる、始まりの名付けをするのだった。
「わたしの考える、わたしたちの名前はね──」
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ようやくここまで来ました……! いよいよ次回から、四人が配信活動をするためのお話に入ります。ぜひ読んでいただけると!
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