22話 赤星雪哉と、仲間の在り方

 何かを始める時、何かに取り組む時。

 きっとそれなりの人間は最初、自分が天才だと思い込むものだと思う。それが幼いほどに、世界を知らないほどに尚更。


 赤星雪哉も、そうだった。小学生の頃から作曲活動をして、褒められたことが何度もあって。中学校に上がってからは作った曲や他の曲を自分の声で表現することも始めた。

 揶揄われることが多かった声が武器になるのはとてもとても楽しかったし……何より、仲間にも恵まれた。中学で出会ったバンドメンバーは誰も彼も一芸に特化したすごい奴らで、あっという間に有名になった。


 自分たちは最強だ。こいつらと一緒なら、どこまでも行ける。

 そう純粋に信じて、怖いもの知らずでどこまでも突き進んで。

 そして、中学三年のある日。



 ──本物の天才に叩き潰された。



 そのガールズバンドは、その日が初めてのライブで。ボーカルの少女に至ってはオリジナル曲すらその日に用意して来たものが初めてという話で。

 そんな連中に、確かな実績と名声を積み上げてきた自分たちがあっという間に追い越された。

 あの日の主役は彼女たちで。自分たちはそんな彼女たちの凄まじさ、素晴らしさを誰の目にも分かりやすく測るための指針、引き立て役にしかなれなかった。


 ……でも、それはしょうがないことだ。

 自分たちが居るのはそういう世界だ、作ったもの、表現したものが全てで、それで全部の優劣が決められる。

『頑張ったで賞』は存在しない、残酷なほどに平等な世界。それを知った上で、自分から望んで飛び込んだのだ。


 だから、しょうがないのだ。


『──雪哉、もうやめようぜ。一生勝てねぇよ、あんなの』


 これまで自分について来てくれた仲間が、才能に心を折られてしまうのも。


『ほ、ほどほどでいいだろ? その……正直怖いよ、最近のお前』


 そこから熱量の差が発生して、普段の練習もうまく行かなくなってしまうのも。


『…………っ、悪ぃ。もう、ついていけねぇんだ』


 その結果として、最高だと思っていた仲間たちが離れてしまうのも、全部全部。



 ──繋ぎ留めて・・・・・おけるだけの・・・・・・曲を・・作れなかった・・・・・・自分が・・・悪いのだ・・・・



 周りの優しい人たちは、そうじゃないと言ってくれた。ついていけなくなった方が悪い、君はそんな奴らを気にせず、そんな奴ら置いていって・・・・・・進めば良いと。


 でも、違う。そんな情けない言い訳に、絶対に自分は逃げない。

 向こうが悪いだなんて、死んでも思ってたまるか。それは堕落への第一歩だ、他者への責任転嫁をする奴がどうして今以上の成長を得ることができるのだ。

 良いものを作れなければ、仲間すらも失う。そうまで思っていなかった自分の認識が甘かったのであり、それくらいの覚悟を持ってこの先は進むのだ。


 以前、天瀬ほたるに言った言葉を思い出す。


『実力の足りてない奴に、成長できない奴に、そんな同情で構ってるだけじゃ……誰も幸せになんないんだよ。仮に今どうにかなったとしても、いつか絶対行き詰まるんだよ!』


 だって、そうだろう。

 他ならぬ──『実力の足りなかった自分自身の過去』が、それを証明している。


 だから、赤星雪哉は。

 今のままでは、仲間を求める資格すらない自分を超えるべく。

 過去の敗北の象徴である、あの少女を超える曲を作るべく、今日も足掻いている。


 だから、こそ。

 自分が決めた期限である週明けを迎え、放課後自分の前に現れた天瀬ほたるを。

 ──何も諦めていないと分かる光を瞳に宿した、彼女を。


 ……面倒なことになりそうだ、と。

 そう直感しながら、出迎えるのだった。




 ◆




「……それで。決めたの? あの曲で妥協するか、僕を切るか」

「うん、決めたよ」


 放課後。朝合流したのと同じ空き教室にて。

 燎が見守る中、雪哉が問いかけたその言葉に、ほたるは迷うことなく。



「先週言った通り。──君が納得できる曲を作れるまで、壁を破るまで待つって決めた」



 どちらでもない答え、先週から変わらない答えを、けれど先週以上の自信と共に告げる。

 恐らく、その答えも彼女の表情から予測していたのだろう。雪哉は驚くことはなく、代わりに──端正な顔を歪め、歯を食いしばる。


「……ふざけてんの?」

「ふざけてないよ。三日間大真面目に考えた上での結論」

「もう曲と絵以外はほとんど出来上がってんだろ。待ってる間無為な時間を過ごす羽目になる──僕がそうさせてる屈辱を呑めってのか。待つってことは貴重な時間を捨てることだ、それを理解した上で言ってんの?」

「……そうだね。ごめん、言葉が悪かった。一個だけ先週からの訂正」


 雪哉の反論にも動じることなく、むしろいっそうの決意を固めた表情で。

 ほたるは、真っ直ぐにこう告げた。


「待つだけじゃない──手伝う・・・。君が悩んでること全部聞くし……わたしは作曲の専門じゃないけど、それでもそれを解決するためにできることは全部する」


 その、あまりにも揺るぎない視線と言葉に。

 雪哉は一瞬怯むが──それでも。


「っ、それでも──僕が足を引っ張ってることに変わりはないだろ!」


 葛藤を宿しながらも、雪哉は吠えた。


「それで長い間作れなかったらどうするんだよ! そもそも、曲を作る人間ってだけなら僕より上手い生徒はこの学校ならいくらでも居る! 二、三年なら何人でも、一年だとしても紅空が居るだろ!」


『孤高の天才』なんかではないと、己を知っているからこその言葉を。


「実力の足りてない奴に関わってもいいことなんて何もないんだよ! 同情で付き合ってるだけじゃ上にいけない、目指す場所が高いほどに絶対どこかで行き詰まるんだ! そうやって、いつかは、絶対──」


 そうして……顔を歪めて、最後に。



「──置いて・・・いかれるんだよ・・・・・・・ッ!!」



 今までで一番。感情を込めた声で、言い切った。


「……」


 置いていかれる。

 それが、誰を指しているのかは……実は。


「……君のことは、ある程度の事情は聞いたよ。軽音部の先輩とか、同級生の事情を知ってる人とかから」


 そう、ほたるも──そして彼女からそれを共有してもらった燎も、知っている。


 怖いもの無しに突き進んでいた中学三年生のあるコンテストで、突如として現れたガールズバンドに叩き潰された。

 その……たった一回。それだけで十分すぎるほどに才能の差を思い知らされ、雪哉以外の当時のバンドメンバーは心が折れ、それ以降も頑張り続ける雪哉についていけず辞めてしまった。


 それを受けて雪哉は、折れてしまったバンドメンバーに失望する──ことはなく。

 全てを、自分の責任とした。彼らを繋げられるほどの可能性を示せなかった、こいつについていけばと思わせられる曲を作れなかった自分のせいだと。

 ──置いていかれたのは、自分の方だと。


 そう思わないようにするには、あまりにその時の出来事が悲しすぎて。

 そして責任を自分以外に求めるには、彼はあまりに気高すぎたのだ。


「……だったら何さ」


 それを知っている、と告げたほたるに対して、雪哉はそう返す。


「文句でも言うつもり? 自分一人で責任を背負いすぎだって。そう言われても──」

「言わないよ」


 けれど更にほたるから帰って来たのは……きっとこれまで多くの人からかけられてきた言葉とは、違うもので。


「そっちに関しては、わたしは何も言えない。君と中学の時のバンドメンバーとの関係性がどうだったのかまでは知らないし……その上で自分が全部背負う選択をしたって言うなら、それが一番成長できる気持ちの落とし所だったって言うなら、何も言えない。それが、君にとっての正解なんでしょ」


 思わぬ言葉に面食らう雪哉に対して、


「でもね」


 ほたるは続けて、一歩雪哉に近づいて。


「その関係性が──わたしたちも同じだって無条件に決めつけられるのは、嫌だ」


 そちらではない、文句を言うべきところ。勘違いを正すべき場所を、告げる。


「置いていかないよ」

「……え」

「わたしは……わたしたちは、置いていかないし見捨てない。多少失敗したくらいで、うまくいかなかったくらいで……それだけで見切っちゃうような関係は、わたしは寂しいって思うよ。──それにさ」


 そこで、ほたるの声のトーンが一段階下がる。

 ……それには、燎も覚えがあった。

 彼女と初めて出会った日。教室で大喧嘩をした時にほたるが見せたような、冷たさの中に灼熱を宿した声色だ。


「この学校に、君より作曲が上手い人はいくらでもいる──それが何?」

「!」

「そんな理由だけで、声をかけ続けたなんて思わないでよ! 確かに最初はそれもあったかもしれないけど……もう知っちゃったんだよ、君のことは!」


 ……そうだ、ほたるは。

 彼女が一番大事にしているところは、きっとそこではないのだ。


「壁にぶつかっても頑張ってるところとか、遠くを見据えながら絶対に諦めないところとか! 作曲だけじゃない、そういうの全部ひっくるめて君がいい、君に作って欲しいってとっくに思ってるんだこっちは!」

「ッ」

「それを無視しないでよ! 昔どう思ってたかまでは知らないけど……そこから先も全部そうだって決めつけないで──」


 彼女らしく、叩きつけるように真っ直ぐに。



「昔の仲間じゃない、過去の後悔じゃない──今のわたしたち・・・・・・・を見てよッ!」



「──」


 その、言葉が。

 雪哉のどこかに響いて、何かを溶かしたのが分かった。


 ……だから、きっと。ここからは、自分の番だ。

 そう思った燎は、ほたるに目配せして許可を取ったのち、雪哉に近づいて。


「……色々と、納得したよ」


 まずは、そう声をかける。


「天瀬から話聞いて、それでもう一回曲聴いて……俺も曲は専門じゃないけど、分かったよ。なんでこんな最近の曲は、今までみたいな飛べるような印象がないのか──何かに怯えてるような雰囲気があるのか、って」


 雪哉が再度目を見開く。

 ……多分、彼の後悔は。彼の今抱いているものの本質は、それだ。

 中学の時、紅空湊月に負けたことじゃない。才能の壁を知ったことでもない。

 何より悲しかったのは、その結果として……かつての仲間が離れてしまったこと。

 彼が幾度か口に出し、今し方も言った一つの言葉。


 ──置いて行かないで欲しかったのだ。


 それに怯えた。今度はそうならないだけの……誰かを繋ぎ留められるだけの確かな実力を求めて、作曲活動に今までひたすら邁進してきた。

 でも……問題の本質的な解決法は、そうではない。それは、ほたるが示してくれた。

 だから燎は別の、自分の言葉で。傲慢かもしれないけれど、こう続ける。


「……分かるよ。怖いよな、自分がすごいと思ったやつに、認めたやつに見限られるのは。自分が足りないことを痛感しているなら、尚更」


 雪哉は自分よりも遥か先を行っている人間、それは理解している。

 でもその気持ちだけは、よく分かるつもりだ。……なんなら、『足りない』と感じている期間だけなら燎の方が多分多いと思う。

 だから、その視点を持つからこそ分かることを、燎は丁寧に伝える。


「でも、天瀬の言う通りだ。……それでも見捨てないでくれる奴は居る。だからまずはそれを信じて……変な怯えは取っ払って、そこから作ってみようぜ。もっと良い曲作りたいなら、停滞している原因がそれなら、やってみない理由はないだろ?」


 多分この言葉も、今までなら薄っぺらく響いていたのかもしれない。

 でも、今は。それに少々の厚みを持たせられる証拠くらいなら、手の中にある。

 それを──タブレットを開いて、そこに描かれているものを雪哉に見せる。


「……それ……まさか」

「そ、天瀬のアバター。つい昨日、完成したんだ。……なぁ赤星」


 その上で、告げる。


俺はやったぞ・・・・・・。……正直完全に納得している出来とは言い難いさ。描いたからこそ痛感した足りない部分もアホほどある。でも……それでも。足りない部分を嘆きながらでも、自分の不足に歯ぁ食いしばりながらでも、作り上げた。ちゃんと満足してもらえるものを、俺でも作れたんだ」


 自分の成果を見せた上で、伝えたいこと。これまで彼と交流し、彼のことを知ったからこそ言えることを、正面から。


「赤星、お前はすげぇよ。そりゃちょっと背負い込みすぎとは思うが、それでもそこまで背負えるだけでもすげぇ。一切言い訳せず才能に向き合うことも、結果に正直なとこも、俺には到底真似できない。俺よりずっと先を行ってる、すごい奴だ。だから」


 認めているが故の素直な思いを、苦笑と共に。



「赤星もできる。俺は──俺にできたことがあんたにできないとは、到底思えないんだ」



 ……今度は、きっと。今度こそ。

 安易な『できる』では、ないつもりだ。


 それを、雪哉も聞き届けて。

 しばし俯いて、二人から受けた言葉を飲み下すように沈黙したのち──顔を上げて。


「ッ」


 思いっきり、腕を振り上げ。

 ガン、と自らのこめかみに掌底を叩き込んだ。


「「赤星さん!?」」


 唐突な自傷行為に思わず燎とほたるがハモった。


「ちょ、いきなりどうした!? 自傷癖は良くないし頭は尚更ダメだぞ頭は!」

「そうだよ頭悪くなっちゃうよ! 赤星くん一芸入試組でしょ、学力入試が簡単だった分ただでさえ授業ついていくのは大変だろうにそんなことしたら」

「は? 僕中間試験学年四位ですけど?」

「「そうなの!?」」


 確実にここで聞くべきではないとんでも情報を聞いた気がするが。

 ともあれ、多分今の行動が彼なりの切り替えとしてのけじめだったのだろう。それを証明するように、雪哉は再度顔を上げて、燎とほたるを正面から見据えると。


「……そっか。…………悪かった」


 悔やむように、けれどどこか吹っ切れたように、そう言って頭を下げた。


「……ビビってたんだ、あんたたちの言う通り。怯えてた、中学と一緒の目に遭うことを、無意識のうちに。専門外の人にも分かるくらい曲にも出てたってのに気付かないとか……ああくそ、情けないにも程があんだろ……」


 そこから続けての、自らを認める弱音。


「……でも、だからこそ」

 

 でも、それも一瞬で。


「──これ以上情けなくはなりたくない。まだ見捨てないでくれるんなら……もう一度、曲作らせて。今なら、今まで以上のものができる」


 自らへの不甲斐なさと、悔恨。それをありありと感じながらも、それでも前を向いて上を目指す──様々な意志が入り混じった表情。

 元の顔の造形が整っているのもあるだろうが……一番、その顔が綺麗に感じた。


 ほたるも、その表情を見てから……変わらず、喜ばしそうに笑って頷くのだった。




「にしても君ら……二人とも揃って先週と別人すぎない?」


 話がまとまったのち。

 ここまでのやり取りの気まずさを誤魔化すように雪哉がそう問いかける。


「夏代は死にそうな顔してたのが消えてるし、天瀬は……なんだろう、方向性は変わってないんだけど量が違うというか、具体的には三倍くらいうざくなってない?」

「お、言うねぇ。でもその通り!」


 聞きようによってはまぁまぁな物言いだが、ほたるは一切気を悪くせず。


「今のほたるさんは絶好調ですよ! ──そのままで良いって、言ってくれる人がいたからね」


 そのまま笑顔をこちらに向けてくる。

 ……自分の認識としては。もともと彼女はこうだっただけで、自分のやったことなどせいぜいが指一本分の後押し程度だと思うのだが。

 ともかく、復調したのなら何よりだ。合わせて、燎も雪哉に告げる。


「俺は……まぁ単純に悩んでた問題が解決したのと、実際に成果も上げられたから。それに……」


 その契機となったほたるとの旅は、なんとなく他人に軽く言うのは憚られたので。

 代わりとしての、自分の心中を告げる。


「自分で言うのもなんだけど、俺たちはまだ十五歳だから。……本気で変わろうと思えるなら、変わるのは三日で十分なんだよ」


 自分の願望も入っているのは否定しない。

 でも確かに今はそう思うことを、素直に口に出す。


 雪哉はそんな燎をしばし驚いた顔で見ていたが。

 やがて……ふっ、と表情を緩めると。


「そっか。……そうだといいね」


 燎の思いに乗っかるように、そう告げるのだった。



 ……問題は。

 改めて告げるが、雪哉は少女と見紛うほどの中性的な美貌の持ち主であり。

 しかも普段は仏頂面がデフォルトな彼がほとんど初めてレベルで見せたそんな微笑の破壊力など言わずもがなということで。


 結果、ほたるが真剣な顔で。


「……ねぇ赤星くん、今の顔もっかいしてもらっていい? 全力で写真に収めるから」

「天瀬、そのデータ俺にもくれ。絶対作画参考にできる」

「よーし嫌いだ君ら!」


 結果、しばらくの間仏頂面が加速する運びとなったのである。




 そんな一幕もありつつ、話がひと段落したところでほたるが声を上げる。


「じゃあ、赤星くんも戻ってくれたところで……三人で一気に行っちゃおうか」

「え、どこへ?」


 疑問の声を上げる雪哉に、ほたるは燎の予想した通りこう告げるのだった。


「燎が連れて来いって言われてる人のところで──わたしも、絶対一回会いたいって思ってた人のところ。

 そこで……わたしからも一個、みんなに言いたいことがあるんだ!」

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