18話 天瀬ほたると、特別な高校生活

「詳しくは省くけど、小さい子だけがかかる系統の病気にかかってた感じでね」

「……そう、だったのか」

「意外でしょー? 今でこそこんなんですが、実は昔は触れれば消えそうな儚い魅力を持った薄幸の超絶美少女ほたるさんだったのですよ」

「うん、ほとんど──全く今とは似ても似つかない上に自己評価の権化」

「お!? どこがほとんどなのかな、ほとんどってことは今も同じ部分があるってことだよね! 触れれば消えそうな儚い魅力を持った薄幸の、超絶! 美少女! のどの部分が今のわたしと共通だと思ったのかな!?」

「うざぁい! さっさと話を進めろ!」


 こんな時でもほたるはほたるだった。これはうざさを捩じ込む隙を見せた燎が悪いか。

 ……とはいえ、なんとなくこれも分かる。彼女が今ふざけてみせたのは……きっと、ここから本当に真面目な話をする、という合図のようなものだ。

 その予感に違わず。


「……ま、そんな感じで。いずれ治ると分かってはいたからそこまで超深刻、ってわけじゃなかったんだけどね」


 落ち着いた口調に戻したほたるが、ペダルの音を背景に静かに語る。


「それでもやっぱり、学校は結構行けなかったんだよ。その影響で小学校もちょいちょい休んでて……それで、中学校に上がった直後の時、一回派手に体調崩して……そのまま、また長い間学校に行けなくなった」


 それはきつい、と誰だって思うだろう。

 いくらいずれ治ると分かっていても、それと中学生活が減ってしまうことは別だ。


「流石のほたるさんもその時はちょっとだけへこみましたよ、なんでわたしの体はこうなんだ……なんで、やりたいこともできない、こんなに不自由なんだって」

「……」

「その時ばかりは元気も全然出なくて、自分で何かする気も起きなくてね。でも……そんな折、病院に回線通ってるからってことでお母さんがパソコン持ってきてくれて、それで動画サイトを開いて──」


 ──そこで、彼女は出会ったのだ。


「VTuber。バーチャルアバターを使った配信者。すっごく面白くて素敵だったし……何よりわたしが驚いたのは、この人たちはほとんどみんな『家から配信してる』ってこと。家から、どころか机の前から一歩も動かなくたって、こんな面白いことができる、素敵なものが作れるって。それがベッドの上から動けなかったわたしには、とても新鮮で」


 そのまま、すぐに夢中になった。

 画面越しに見る彼ら彼女らは、皆がとても生き生きしていて自由で。面白くて、楽しくて、感動できて。


「どこに居ても、何をしていても。……やり方を変えれば、見方を変えれば、たとえどんなハンデがあっても、どんな困難を目の前にしても──」


 その時を思い返すように、ふわりとした口調で告げる。


「──きっと、どこにだって行けるし、なんだってできる。そう、言ってもらえたような気がしたんだ」


 それが、きっと。


「これを目指そう、って思ったよ」


 彼女が、自分の『特別』に出会った瞬間だったのだろう。


「病気が治ったら、やりたいことが決まった。VTuberになって、配信活動を始めて……あの日わたしがそうしてもらったように、何かに迷ってる人、諦めかけてる人、辛い人を元気づけられるような、『なんだってできる』って伝えられるような。そういうことをしたいって思った」


 それが、彼女が目指し始めた経緯と理由。

 その上で、彼女は続けて語る。


「それで──そういうことを伝えるためにはさ、やっぱりまずわたし自身が『どこにだって行ける、なんだってできる』って強く信じてないといけないでしょ?」

「……なるほど」

「だから、そっちも迷わないって決めた。病気が治ったら、とにかくやりたいことを全部やる、どんなに困難でも頑張るって、決めたんだ」


 そこから、ほたるの挑戦が始まったのだ。


「病院でもできることをやったよ。難しいゲームしながら喋る特訓だったり、同じようにやりたいことだった歌の特訓について調べたり。好きなVの人の歌も大好きだったから、わたしもそういう活動をするってことも決めてたの!」

「歌が上手かったのはそういう経緯か」

「あとは、自分が配信を始めたらやってみたい企画を溜めたり。学校生活に関しても──結構クラスの人とかお見舞いにきてくれたからさ、その時聞いたことや仕草から、少しの時間で『この人はこういう人なんだな』って把握することもやった。復帰したらいち早く仲良くなって、素敵な学校生活を送りたかったからね!」


 これも、納得した。ひょっとするとほたるの他人を見る能力、洞察力はそれで養われたのかもしれない。


「それからは病院でも楽しかったし、やってみたいこともどんどん増えていった。病気の経過も良好だったし、復帰したらとにかく友達と楽しいことやりまくるぞー! って、意気込みまくってたりもしたよ。……まぁ」


 けれど、と言うように口調を変えて、ほたるは続けてこう告げた。



「……結局中学では、ほとんど何も出来なかったんだけどね」



「……治んなかったのか?」

「ううん、ちゃんと治ったよ。でも……中三の二学期からは、やっぱりちょっと遅すぎたみたいで」


 ……なんとなく、何が起きたかは察した。


「わたしが『これやろう!』って言うことに、ついて来てくれる子が居なかったんだ。……そりゃね、分かってる。高校受験が近づいている時期に、そうそう仲良く遊ぶなんて出来ない。……わたしにとっての中学生活はその半年しかなかったってことも……クラスのみんなには、関係ない話だったから」


 そうこうしているうちに、ほたる自身も高校受験で手一杯になって──結局、やりたいことをほとんど達成できずに終わってしまった。

 仕方ない、ことなのかもしれない。誰も悪いことではなかった……いや、だからこそなのか。


「……悔しかったな」


 やりたいことが、できなかったこと。

 その事実に対して、ほたるの過去に対する素直な心境が溢れる。

 あまり良くないイフだとは思うが……病気で中学生活が全て潰れていれば、逆に心情的には楽だったのかもしれない。なまじ思い通りにいかない中学時代を体験してしまったからこそ、その思いはひとしおで。


「でも、悔しがってても始まらない。後悔してもどうにもならない。だから──高校では、たくさん、本当にたくさん、楽しいことをいっぱいやって駆け抜けるって決めたの」


 ……以前一緒に出かけた時に、ほたるが言っていたこと。


『呆れるくらいに、全身全霊、全力全開で! やりたいこと全部、後悔なく『今日』に詰め込んで、そのまま走り抜ける──そんな、最高の長い高校生活を過ごしたい』

『……』

『そのためには、一日だって無駄にしない。一秒だって惜しいくらい。わたしは『わたし』を全部使って、なんだってできるって、どこにだって行けるって証明するんだ!』


 帰り道そう宣言した後に、ぽつりと小さく呟いた、



『──今まで、できなかった分も、全部』



 実は聞こえていたその意味が、今ようやく理解できた。


 そして、彼女のバイタリティの一つの源泉も理解できた。彼女は──今までこうできなかった悔しさも思いも全部、『高校』に持ってきていたのだ。


「なんで、今までそれを話さなかったんだ?」

「……同情されたくなかったんだよ。『そういう事情があったなら』とか『そんな過去がある子に断るのは可哀想』だとか、そんな気持ちで協力を求めたくなかった。ちゃんと今のわたしを見て、今のわたしの言葉で動いてくれた人を仲間にしたかった」


 そこで、彼女の過去──中学時代までの話が終わり。

 高校に入ってから、つまり燎たちと出会う頃の話が始まる。


「高校でも、最初はあんまりうまく行かなかったよ。……やっぱり、みんな他にやることあったり……熱量が噛み合わなかったり。そういうことがあって、ちょっと『高校でもなのかな』ってへこみかけてた」


 思い返すのは、ほたると話した日の昼休みの出来事。

 友人に様々な提案をして、断られてしまうほたるの様子。……ああいったことを、入学してからあれ以外にも味わっていたのだろう。


「でもね、頑張ったよ。諦めたくなかったし……先生の言葉も、あったから」

「先生?」

「うん、わたしに旭羽を勧めてくれた中学の担任の先生」


 一字一句、覚えているらしい。曰く、


「『天瀬さんは、とても情熱的な生徒だから。今までの経験もあって、今は周りと噛み合わないことが多いのかもしれない。でも……これは自分のわがままかもしれないけれど、どうか諦めないでほしい。その熱量のまま人と関わることを、辞めないでほしい』」

「……」

「『その情熱は、天瀬さんのとても素晴らしい長所だから。だから高校では……特にこの高校でなら。続けていれば、きっと見つかりますよ。情熱に共感してくれる人や、触発されて火がついてくれる人。天瀬さんの探している仲間が、きっと』」


 ……口調の節々から。本当に親身になっていたということが、伝わってきた。


「いい先生だったんだな」

「うん。だから、頑張ったんだ。挫けちゃいそうな時も、その言葉を思い出して。とにかく人を見て、提案して、声をかけて──そしたらね」


 そうして……もう一度。燎の服を、強くきゅっと握って。



「──初めて、見つかったんだよ。『わたし』と正面からぶつかって……それで、火がついてくれた人が」



 誰のことを言っているのかは、聞くまでもないことだった。


「嬉しかった。本当に、嬉しかったんだ。中学の時から頑張って……でも、これだって思える人は見つからなくて。高望みなんじゃないかって、思いかけてた時だったから。……ま、欲を言えばもーちょっとへたれてない子が良かったけど」

「やかましい」


 差し込まれた冗談に悪態を返しつつ……多分、燎のそれも照れ隠しだ。

 あの、教室での出来事。

 無論軽い出来事だったとは思わない。けれど──想像以上に、あれはほたるの中でも大きかったのだと知って、わけもなく胸が詰まる。


「そこからは、びっくりするくらい上手く進んだ。赤星くんも、物言いは厳しいけどそれだけ本気の裏返しで……わたしと同じか、それ以上に本気だからってことはすぐに分かった。桜羽先輩も君に聞いてる話だけでもすごい親身で、なのに自分の目標にもちゃんと突き進んでる人なのは伝わったし、絶対いつかお話したいと思う」


 そう、上手く行っていたのだ。最近までは。

 そして最近の話まで来たということは──もう。


「……でも、こうなっちゃった」


 今の話。バラバラになっている現状に、追いつくということ。


「なんでって、思ったけど……でも、やっぱりしょうがないことなのかもしれない。そもそも全部の始まりがわたしのわがままだし、それに付き合い続ける道理はない。だから降りる人間を引き止める権利なんて、わたしにはなくって……だから、きっと赤星くんの言うように、それは諦めて、また別の人を探すのが……正解、で……っ」


 そして。

 今までの話を、言い切ったから……言い切ったが故に。

 ほたるも、燎と同じく。奥底にある本音が、溢れ出す。


「…………、やだよ」


 飾らない、その言葉を皮切りに。


「いやだ……ッ、他の人なんて、もう考えられないよ! 初めてわたしとぶつかって走り出してくれた人なんだ、初めてわたしと同じかそれ以上に熱を持ってると思った人なんだ、初めて話だけで心からすごいと思える先輩なんだ!」


 燎の背に額をぶつけ、言葉以外にも、溢れ出す雫と共に。


「そういう人たちだって知っちゃったんだよ、もうとっくに……わたしは、みんな大好きなんだ、この人たちと一緒に頑張りたいって、この人たち以外いないって思っちゃってるんだよ!」


 きっと今まで隠していた、心の底を素直にぶつける。


「一人じゃ、だめなんだ。わたしの理想は、わたしの一番やりたいことは、一番証明したいことは! わたしと同じくらいに頑張る誰かと、一緒にどこまでも走ることで、それができるってことで……だから……ッ」


 そうして、自らの心を全て言い切ったのち。

 最後に溢れて来るのは……


「……やっぱり、無理なのかな」


 先刻教室でも語った、この不安。


「なんだってできるし、どこにだって行けるのは、嘘なのかな。叶わないことはあるのかな、諦めるしか、ないのかなぁ……っ」


 それは、きっと。

 いつも天真爛漫で猪突猛進、常に真っ直ぐな彼女が初めてこぼした、心からの弱音。

 安易に答えて良い訳がない。安っぽい言葉で誤魔化せるはずもない。

 でも、それでも。燎は、こう答える。


「……そんなこと、ねぇよ」


 今までの経験から得たもの、学んだことを乗せて言葉にする。


「聞いてもらっても良いか」

「……うん」

「……まぁ、確かに。できないことはあるかもしれない、というかあるんだろうさ。それを無邪気に全部できるって断言できるほど、もう世間知らずじゃない」


 それでも、と言葉を区切って、確信を乗せて。


「なんだってできるって──そう信じて・・・・・進むこと・・・・には、絶対意味がある」


 それだけは、今の燎にも断言できる。


「だってさ、少なくとも……そう思わなきゃ、俺は今ここまで絵上手くなれてねぇよ」

「!」

「あの日天瀬に触発されて、できると思って踏み出したから、今の俺がある。最初から『こんなもんだ』って諦めて惰性で歩くよりも、『できる』って信じてとにかく突き進んだ方が、絶対遠くに行ける。それだけは、きっと間違いない」


 たとえ、いつか本当の『限界』に突き当たって、それ以上できなくなる日があったとしても。

 そこで肩をすくめて『やっぱりな』と言う自分より、そこまでなりふり構わず全力で走りきった自分の方が、絶対遠くに進めている。多くのことができるようになっている。

 何より……絶対、そっちの自分の方が好きになれる。今は、そう思う。

 そしてその限界もきっと……今の自分なんかが思っているより、ずっと遥かに遠いのだ。きっとこの先もそうで──ならもう、無いのと一緒だろう。

 限界なんてものは、進むほど遠ざかるもの。今はそう、信じたい。


「……それに。叶わないかもしれないものだけじゃない。得たものも見てくれよ、天瀬」


 自分は、ほたるの悩みを劇的に解決するような含蓄のある言葉は言えない。彼女の価値観を変えるほどの素晴らしい金言を言えるほど、何かを積み重ねてきてはいない。

 でも、だからこそ。せめて今の自分に言えることを、丁寧に伝える。


「俺は……変われたよ。あの日、あんたに背を押してもらった、火をつけてもらった──迷って・・・諦めかけて・・・・・辛かった・・・・自分に、なんだってできるかもしれないって信じさせてくれた」


 ほたるが、弾かれたように顔を上げる。

 そうだよ。ほたるが語ったこと、かつて彼女がされたことで、同じように彼女も伝えたいと思っていたことが……

 ……少なくとも、自分には届いていた。それだけは、間違いない。

 救われた人間は、ここに一人。絶対にいるのだ。

 今までのほたるが何も得てないないなんて、それだけは断じてないのだと。


「そのおかげでここまで来れたし──ここからも、諦めないから。壁に突き当たっても、挑戦するから。進み続けるから」


 自分の言葉に、どれほどの価値があるのかは分からない。

 何せこんなことを言っておきながら、ついさっきまでは諦めにかなり天秤が傾いていた。この先も、同じようなことにならない保証だってない。

 ……それでも、今、この瞬間は。そう心から思っていることを、口に出す。


「だから……天瀬も諦めないでくれよ。そのまま進み続けて欲しいよ、俺は。今まで通り何があっても前を向いて、遥か遠くを見据えてなりふり構わず突っ走ってて欲しい」


 そのままでいいんだ、と伝えるように。精一杯の、真摯な口調で。

 ……とは言え、迷うことはあるだろう。ほたるだって決して完璧超人ではない、本当にこれで良いのかと考えることも、周りが見えすぎてしまうが故に悩むことだってある。

 そういう時は協力するし、しっかり悩めば良いと思う。それで、どうしても答えが出なくて行き詰まってしまった時があれば──


「その時は──また、今みたいに。馬鹿みたいに走ろう」


 初夏の夕暮れ。爽やかな風を切ってペダルを漕ぎ、笑って彼は締めくくる。


「きっと、そういうのの方が楽しいさ」


 それで、伝えたいことは全部だ。

 そのまま、しばしの沈黙が流れる。流れて……数十秒くらい経っても無言のままで、燎が内心『あれこれなんか間違えた!?』と焦り出した頃合いで。


「…………ッ」


 唐突に、ほたるが。

 ぎゅぅ、と。後ろから強く抱きついてきた。


「!?」


 普通、こんなに女の子に抱きしめられれば喜ぶべき場面なのかもしれないが。

 何分唐突すぎたのと自転車運転中で普通に危なかったのと、それと想像の三倍くらい力強くて端的に言えばそれどころではなかった。


 そうこうしているうちに、ほたるが体から離れて。

 くるりと器用に背を向けたらしく、今度は背中を預け、すぅ、と息を吸い込む音の後。


「──わぁ────────ッ!!」


 思いっきり叫んだ。

 場所が場所なら確実に山彦とか帰ってくるタイプの遠慮ない大声で、もし近くにお巡りさんがいれば秒で見つかって一発アウトな感じの叫びだった。


 幸いにも周囲に人が居なかったため呼び止められることはなかったが、心持ち急ぎつつ心中にハテナマークを浮かべまくる燎に向かって、ほたるは。


「……よし、じゃ引き続き行こっか」

「待て待て待て順番に突っ込ませろ!」

 

 まさかの全スルー。

 何事もなかったのように旅を続けさせようとするほたるに、流石にそれをやるには今の奇行二連発はインパクトが強すぎる、と引き留めて。


「まず何、なんでいきなり抱きついたの普通に危なかったよ、なんの意味が!?」

「え、意味なんて要ります? 美少女の、わたしのハグだよ!? 三千世界全ての男にとって至上の褒美であるはずだから、そこに意味は不要じゃない!?」

「自己評価は盛れば盛るだけいいと思ってるタイプ!? というかそこまで行くと盛りすぎて天元突破してるわ、もう女神か何かの視点じゃないそれ!?」


 埒が開かないやつだこれ、と即座に悟った燎は次の質問へ。


「そんでその後思いっきり叫んだのは?」

「切り替えの合図ですー! ふはははは、さっきまでの弱々ほたるさんはどこにも居ない、今の大声によって奴は再び我が潜在意識へと封じ込められたのだバカめ!」

「そういう仕組みなの!? 大丈夫、それ逆に一番熱い場面で再び出てくるフラグでは!?」

「んーなーにー、もうちょっと弱々で居てほしかったのー? 残念、普段にないくらい弱ったほたるさんを励まして好感度アップ作戦をしようったってそうはわたしが卸しませーん、今日からわたしが問屋でーす!」

「ねぇ本当にあなたさっきまでと同一人物!? マジで二重人格だったりしない!?」


 いや、なんとなく分かるが。今の会話によってなんというか、今まで自分たちの会話で足りていなかった成分がなんか回復してる気配を感じるが。

 だとしても、いきなりフルスロットルがすぎないだろうか。そう思っていた燎だったが……そこで、ほたるは声に少しだけ真面目な色を含ませると。


「もー、とにかく! 復活ってことです、だから!」


 もう一度、強く。燎の服の裾を握って、一言。



「ありがと! おかげで超元気出ました!!」



「──」


 それが。勢い任せとはいえ、一番伝えたかったことだと何故か分かったから。


「はは。そっか……なら、良かった」


 燎もそう、安堵と共に告げる。

 今、後ろは見ない方が良いだろう。


「……結局、しっかり元気づけるアドバイスはできなかったと思うんだけど」

「は? そんなことないんですけど? 舐めたこと言ってるとわたしが前代わるぞ?」

「キレるとこそこなの!? そしてそれは脅しなの!?」

「そこなのです! とりあえず、やることはまだ終わってないでしょ、ほら」

 

 そのまま、ぽんと背中を叩かれて。


「まだ道半ば、行けるとこまで走りなよ。──どこまでも連れてってくれるんでしょ?」

「んなこと一言も言ってないんだけど?」


 突っ込みつつも、なんか勢いのまま笑ってしまって。

 それに文字通り背中を押され、再度ペダルを強く踏み込む。

 合わせて、ほたるも再度背中を……心なしか、今までより強く預けて。


 お互いのこと、弱いところ、足りないこと、その他諸々。

 吐き出し終わった後は、まるでその分が落ちたかのようにペダルも軽くて。


 今まで以上に遠くまで、行けそうな気がする。

 そんな予感のまま──二人は、再び走り出した。

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