【一章完結!】クラスのギャルに『わたしのママになって!』と言われてVTuberのデザインを始めたら、いつの間にか俺も一緒にVTuberになって人気が爆発した件。
13話 なんでもできると急に言われたら、自分は何ができる?
13話 なんでもできると急に言われたら、自分は何ができる?
もうすぐ六月だ。
燎がほたると出会い、イラストの修行を始めるようになってから約五週間。
中間試験も終わり、いよいよほたるの配信活動の準備も整いつつあった。
既に技術的な面はほとんどクリア、配信の枠や雛形も既に完成し、もうやろうと思えば配信活動だけなら今すぐにでも始められるくらいらしい。
……ただ、彼女がやりたいのはあくまでVTuber。
である以上、やはりアバターを用意するのは必須。すなわち、燎の制作に全てがかかっているということだ。
上等だ、と今なら思える。
五週間、必死に特訓してきた。ほたるに出会う前と比べて格段に目も肥えてデッサン力もついたし、蒼のイラストを真似して実際本人から技法を教えてもらうというとんでもなく贅沢な環境で、間違いなく技術的な面でも遥かに成長できている。
このまま続ければ、きっと。そんな自信を持って、今日も燎は漫研部室へ向かう。
「こんなものかしらね」
いつも通り、蒼の指摘を受けてその上での改善点をメモに書き記す。
これも随分と多くなった。最初はここに書いてあるものの数だけ自分の至らぬところを可視化させられてしんどかったが……今は、それを乗り越えた自負があるおかげでむしろ意欲的に取り組めている。
そんな燎の前向きな心境に、拍車をかけるように蒼が続けて呟いた。
「……本当、驚異的な伸びね。一月強でここまで行くとは思っていなかったわ」
「まじすか先輩」
「まじよ。今ならあなたの絵と私の絵を見比べても見分けが……絵の素人で、視力0.1以下で、5mくらい遠目からなら……えっと、十人に一人くらいはつかないと言えなくも」
「そんなに最後まで素直に褒めるのが嫌ですか!?」
このやり取りもお馴染みになってしまった。
いやまぁ、蒼の言う通りまだまだ彼女の絵のクオリティには届いていないのは間違いない。だが……確実に素人とは言えないくらいには来れていると思う。
そして、このまま伸び続ければ──いずれは。そんな思いを持って、燎は蒼に意欲的な言葉をぶつける。
「それで、次の課題は何でしょう。中間も片付いたんで何でもやります、デッサンや水彩の難しい課題でも、シンプルに量を増やすのでも。もっと近づくために何を教われば?」
それが、もう苦ではない。そんな意思を宿した燎の言葉に。
蒼は、静かな表情で。その上で──こう、告げてきた。
「──もう無いわ」
……一瞬、思考が空白になった。
「…………はい?」
「もう無い、って言ったの。あなたに私から教えることは──より詳細に言うなら、ちゃんと面を向かって教えるべきことは、もう無いの」
そんなわけがない、と咄嗟に思った。
「そ、んな──そんなことはない、のでは。まだまだ先輩の絵には全然近づけてませんし、できないこともたくさん」
「あなたの最終目標は、『私に近い絵を描く』ことじゃないでしょう?」
けれど、続く一言で一気に冷や水を浴びせかけられる。
「忘れたわけじゃないわよね? あなたが二ヶ月後までに達成するべき本当の目標は、『天瀬ほたるのアバターをデザインする』こと。今まではそのために必要な画力が圧倒的に足りていなかったから、限られた時間で最短距離でそれを磨くために『私の絵柄のコピー』を行っていたに過ぎない」
「……」
「それで、実際成果はあった。もうあなたは十分ちゃんとしたキャラクターデザインができるレベルに達している、知識も技術もしっかりつけられている」
……なんだろう。
褒められている、はずなのに。喜ぶべき場面の、はずなのに。
不安感が拭えない。這い寄るような嫌な感覚が、消えてくれない。
「もちろん、画力的にこれが上限というわけではないわ。この先も鍛える余地なんていくらでもあるし、鍛えるに越したことはないならそこは好きにしなさい。
でも──一応キャラデザの経験がある人間の立場から言うと、もう本格的にデザインに着手したほうが良いわ。その実力はあるし、時間的にも」
「いや……でも、そんないきなり」
「いきなり、というわけではないでしょう? 今日までの講義でキャラデザの基礎知識も全部教えたはず。実際、デザインを完成させるまでの工程は分かるわよね?」
言われて想像すると──確かに、工程は、過程自体は分かる。
まずコンセプトを決めて、それに合うデザインや実際の服装小物等を調べて、何をモチーフとして取り込むか決めて……『完成までに何をするか』は、分かる。
なのに……いざ、『その全部を自分でやってみろ』と背中を押されたら。
どう始めれば良いのか、何からすれば良いのか──
「……とはいえ、確かに少し急すぎたかしら。あなたの今の感覚もある程度は分かるわ」
それを見透かしたように、蒼は続けてこう述べてきた。
──燎の不安の、本質を。
「いい? 今まであなたは、私の決めたメニューに従ってひたすら画力を上げるための特訓を続けてきた。あなたがたまに使っていた表現を借りると、『レベル上げ』ね」
「……はい」
「せっかくだからそれに倣ってこちらも表現しましょうか。実際あなたはすごく頑張ったと思う。一月ちょっと前からは想像もできないくらいに目も手も肥えて、ステータスも上がって、使える技もたくさん手に入れた。……でも」
そこから、静かでありながら鋭い声で。
「──
創作は、ゲームと違ってそこまでは決めてくれないのよ」
創作に向き合ってきたからこその真理を、蒼は述べる。
「鍛え上げた技術を使って何をするか、何を表現したいのか。それを自分で全部決めて良いのが創作活動で、自分で全部決めなきゃいけないのが創作活動。
何かを作る上での、それが一番楽しいところで一番苦しいところよ」
……そうか、と思った。
多分今まで自分は、蒼の言う通りたまに使っていた表現のように──ある種のゲーム感覚でイラスト修行に向き合っていた。
そこには、『蒼に近づく』という明確な目標があった。蒼という師匠でありボスキャラがいたからこそ、何一つ迷わずそこに向かって突き進むだけで良かった。
でも、ここからは違う。蒼に挑んで、蒼に教えてもらい得た技術を。習得した技を、鍛え上げたステータスを持ったまま。
──いきなりただっぴろい世界に放り込まれて、何をすれば良いか分からないのだ。
これも厳密には適切ではないだろう。蒼がいきなり放り込んだわけではない、最初から立っていたのに燎がそれを見ようとしていなかっただけだ。
どこに向かうべきなのか、何をボスにしてどう攻略するのか。ここからはそれも全部、自分で決める。その事実を、今まで見ていなかったのだ。
「……どうすれば、いいんですかね」
「ある程度の目標はあるでしょう? 『天瀬ほたるのアバターをデザインする』。あなたの思う一番素敵で格好良くて可愛くて、一番天瀬ほたるらしいと思う彼女の分身体を自分で一から生み出すの」
「それが分かんないんですよ。……ヒントとか、ないんですか」
「与えることは出来るわね。でもやらないわ──そこまでやったら、もう完全に『私のデザイン』になってしまうから」
「っ!」
「だって、それこそが創作の本質だから。だからあなたが一から自分で全部考えて、自分で生み出さないといけないの。天瀬さんが依頼したのはあなたなのでしょう? なら、これは全てあなたがやること。一番私の手を入れてはいけないところよ」
……正しい。蒼の言うことは、なんの文句も出ないほどに正しい。
「……それに、付け加えるとね」
何も言えない燎に対し、蒼は少し目を伏せて。
「鍛え上げた技術を使って何をするか、何を作りたいと願って作るのか。
それが、創作の本質で。きっと、創作の一番楽しくも苦しいところで──」
桜羽蒼は──夜紡あおいは。
初連載作品が打ち切りになった直後の漫画家の少女は、告げる。
「私も分からないところ。正解があるなら、私が教えて欲しいくらいのところ」
「──っ」
「まぁ、明確な正解なんてないって分かってるんだけどね。だから、私もこの先は教えられないの。……悪いわね」
「いえ……ここまで教えていただいただけで、十分です」
そう、言うしかないだろう。
彼女だって、言うなれば自分と一つしか違わなくて。きっと彼女も漫画家としては今も見えないところで戦っているのに、ここまでしっかりと教えてくれて──これ以上頼るのは、恥以外の何ものでもない。
間違いなく、これは燎が向き合って、燎が解決するべき問題。
ここからが、本当の試練なのだ。
「……これからは、課題を強制しないわ。基本的にはデザインだけに注力すれば良い。ただその上でまだ鍛えたい部分もあるだろうし、手を動かしている間に浮かぶアイデアもあるだろうから、続けたい特訓は続けて構わない。ここにもいつだって来ていいし、デザイン内容以外でまだ教えて欲しいところがあったら聞きに来なさい、ちゃんと教えるから」
締めくくりに告げられた内容は、間違いなく破格でとても優しい。
その優しい声色のまま、蒼は。
「これ以上は……頑張って、としか言えないわね。まぁでも、繰り言になるけれど」
寄り添いすぎないことを心情に、でもこの上なく丁寧に教えてくれた先輩は、告げた。
「──辞めたくなったら、いつでも辞めて構わないわよ?」
燎の返答は、決まっている。
「……辞めませんよ」
決まっているのに、何故か。自分の声色が、今までで一番頼りなく聞こえた。
「考えます。今までと同じように……いや、今まで以上に死に物狂いで。そんですごいデザインをして、今度は天瀬本人と一緒にキャラデザごと先輩のとこに持ってきますよ」
「あは、吠えるじゃない。でもその意気よ、楽しみにしてるわ」
最後は、いつも通りの師弟のやりとりを挟んで。
もう一度ここまで鍛えてくれたことへの敬意を告げたのち、漫研部室を後にする。
扉を閉めて、一度深呼吸を挟んで。
そこから──どこに向かえば良いのか。数秒間、考えられなかった。
◆
その日から、燎のデザインを考える日々が始まった。
考え方の技法は分かる、どういう過程でキャラデザを組み立てて良いかは分かる。
ただ……それを実際に自分でやるとして当てはめた際、具体的にどういう道筋になるのか。それが一切分からない。
分からないまま、その日は無意識にデッサンで手を動かしながら過ごした。
けれど、まだ手はある。
単純だ、ほたるに聞けば良いのだ。ほたるのデザインなのだから、本人に意見をもらいに行くのは当然のことだろう。
そう考え、何も思いつかなかった次の日早速ほたるにこのことを話した。
「すごい、もうデザインに入れるんだ!」
ほたるはまずそのことを喜んでくれたのち、『具体的に自分のアバターをどんなものにしたいか』のアイデアはあるかとの問いに、難しい顔で。
「んー……その、ごめんだけど実は何も考えてないんだよね……」
「まじかい」
「まじなんですなこれが。それ以外に考えることがありまくったので後回しにしてしまってたというか……いやなんで後回しにしてたんだろ結構大事なことだよね!?」
「セルフツッコミをするな」
「そだね! うん、わたしのデザインだもんね。考え……ても、いいんだけど」
けれど、そこでほたるは数秒考え込んだのち。
「……えっと、考えろって言われたら考えるよ。いくらわたしが頼んだこととはいえそれくらいはするべきって意見には何も言えない。でも……その上で、わたしの怠慢の言い訳って言われてもしょうがないかもなんだけど」
若干重ねぎみの言葉から──けれど、それとは裏腹に透明な彼女の瞳。
時折見せる、凄まじい洞察力を発揮する時の瞳で、燎を見据えて。
「──本当にわたしの考えを今言って良い?」
「!!」
直感で、答えは即座に出た。
「──だめだ」
言われて、分かった。
ほたるのデザインなんだから、ほたるの意見も聞くべき。それは何も間違っていない。
でも──今、燎はそのデザインについて何も考えつけていない。言い換えれば
そんな状況で、先にほたるの意見を聞けばどうなるか。
──引っ張られる。まず確実に、彼女の意見を参考に……否、何も考えず中心に据えた上でのデザインになるだろう。
ほたるのデザインなのだからそれでも良いという意見はあるだろうし、実際それも一つの正解ではあると思う。
けれど……ここまで一月以上ほたると付き合ってきたから分かる。それは、ほたるの望む──ほたるが燎に望んだデザインの在り方ではない。
本職のデザインを学んでおらず、知識もない。そんな自分の意見が無条件で中心に据えられたようなキャラデザでは、ほたるは満足しないだろう。
それだけは、ほとんど確信的に直感した。だから。
「……悪い、そうだな。天瀬に意見を求めるのは、少なくとも俺の中で『こういうデザインにしたい』って方向性が固まってからだ。今みたいな、何も思いつかないからとにかく何かくれって弱気な状況で聞いちゃいけない」
「ん。なんとなく、わたしもそう思う。……我ながら相っ当我儘な要求してるとは思うんだけどね、そのね!」
「何言ってる。俺も納得したし、あんたがそういう奴だってのは嫌ってほど知ってるよ」
なんだかんだで一月以上、しかも中々に濃い付き合いを続けてきたのだ。
それくらいは分かる。……そんな彼女の期待に応えることで、より良くなることも。
「分かった、まずは自分で考える。幸い、先輩がデザインに使うべき時間はかなり余裕もって取ってくれた、多分これを予期してたんだろ」
「流石本職さんだね」
「ともかくしばらく時間もらう。……絶対、良いの思いつくから」
「うん。他にできることならするから、なんでも言って」
「じゃあこの後の数学の小テスト範囲軽く教えてくれ」
「何それ存在自体を今知った」
「おい貴様」
そんないつも通りの掛け合いを続けつつ、デザインと向き合う覚悟を固めるが。
……どうしてか、心は晴れず。嵐のような音が、ずっと鳴っていた。
◆
そこから、一週間。最低限の特訓以外は、すべての時間をデザイン考案に当てて。
──何も、納得できるものは考えつかなかった。
「────、なんで」
絞り出すように、燎は自室でそう呟いた。
……やれることは、やった。
まずは、とにかくほたるに話を聞いた。好きなものやこと、歌うときに何を考えているか、他にも大小様々なことを。
その上で、考えて。考えて考えて考えた。
天瀬ほたるのアバターを、デザインする。
これから活動する上での分身に等しい、この上なく大事なもの。
言うまでもなく、生半可なものにしてはいけない。だからとにかく考えた。
あの、呆れるくらいに行動力に満ちていて。尋常ではなくポジティブで全力で。
歌の才能にも、それ以外の能力にもなんだって溢れていて。いつだって元気で、きっとこの先どこまでも行けるだろうと思わせるような、太陽のように眩しい女の子。
──そんな彼女に、相応しい、デザインなんて。
「…………くっ、そ」
思いつかない。
なんでだ、何かあるはずだろう。
そう思って自分の中を探るが、返ってくるのは空を切る手応えのみ。
──嵐のような音がする。
ちゃんと鍛え上げたのに。レベルを上げて、ステータスを高めて、技をたくさん習得したのに。
それを、振るうべき先が見当たらない。不必要なスペックだけを持って、そのまま何もない場所に居るような、ふわふわとした感覚だけがある。
──耳に残る、風の音がする。
そもそも……ずっと自分の中で鳴り響いている、これは一体。
「……っ」
なんだろう。
まずはそれに気づくべきだと感じるような──でもどうしてか、
そんな違和感を抱えたまま、今日も学校で授業を受け。
授業中もずっとずっと考えついて、ようやく。授業が終わったのち、違和感の片鱗に手をかけたような感覚がした、そこで。
「…………え?」
衝撃の報告が、飛び込んできた。
曰く──ほたると雪哉が、曲を巡って激しく衝突している、と。
一も二もなく、その場所へと走って向かうのだった。
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