10話 白猫少年と、天瀬ほたる被害者の会

 ほたるとのお出かけを終えた、翌週のある平日。

 今日も蒼が部室に居ない日だ、放課後はある程度の時間がある。何をしようか、ほたるも別件で忙しいみたいだし順当に帰ってデッサンを始めるか──と思っていたとき、ふと目に入ってきたのは。


「なんで俺たちの依頼は受けねぇんだよ」


 見覚えのある顔が、先輩と思しき二人組に廊下で詰め寄られている場面だった。


「なぁ赤星、お前が高校ではしばらく作曲に専念するって決めた、それはいい。作曲依頼を受ける相手も自分の判断で絞る、それもいい。でもよ……」

「……」

「じゃあ、なんで俺らがダメなんだよ。そんで素人同然のバンドや得体の知れない一年に曲提供してるってなんだそれ。俺らじゃ不足ってか?」


 当人にそのつもりはないかも知れないが。

 その二年生二人組は、かなり体格が良い。そんな人たちが声をかけている相手──赤星雪哉、少女と見紛うほど華奢で中性的な容姿をしている一年生に詰め寄っているのはなかなかに一見するとよろしくない絵面──だが。


「その通りですよ、先輩」


 そんな予想に反して、雪哉は。一切怯むことなく真正面から見返した上で述べる。


「先輩のバンドに曲提供をしてたら僕は成長できない、そう考えたから依頼は断りました。それだけです、何か問題がありますか」

「っ、なんでだよ! 俺たちならお前の曲をより引き出せる、お前が今まで作ってたような曲をしっかり提供してくれれば──」

今までと・・・・同じじゃ・・・・ダメだ・・・って言ってるんです、分かんないんですか?」


 真っ向から睨み返され、その先輩は一瞬言葉に詰まるが……引くに引けない様子で。


「──なぁ一年。お前、『孤高の天才』なんて言われて調子に乗ってんじゃねぇのか? こんなことひけらかしたくはねぇが、俺らはお前よりバンドで結果出してるぞ」

「だから何です? 『先輩すごいですね、ぜひ曲を作らせてくださーい』って泣いて頼み込めばいいんですか?」


 売り言葉に買い言葉と言った風に舌戦が始まる──かと思われたが。


「「……」」

「え、何ですか」


 唐突に、相対している先輩二人組が驚きと気まずさで黙り込み、雪哉がそれに対して戸惑いの声を上げる。多分その理由は──


「……あんたの『先輩すごいですね~』部分の声が異様に可愛すぎて、あまりのリアリティにどう反応していいか分かんないんだと思うぞ」

「はぁっ!?」


 何ともな理由を燎が横から告げると、多分そういう意図が一切なかったのだろう雪哉が驚きと羞恥を含んだ声を上げる。……どうやら完全に無自覚だったらしい、流石はほたるの冷静さを失わせる声を持った少年、と驚けば良いのだろうか。


 ともあれ、申し訳ないが横から割り込ませてもらった。あのままだと下手すると穏やかではない雰囲気に発展しそうだったので、多少なりとも空気が緩んだ今が好機だろう。

 一拍遅れて雪哉が「……てか、何でここに」と呟くのを横目に、燎は先輩二人組の方へと視線を向ける。


「……軽音楽部の生徒じゃねぇな。誰だ」

「先ほど先輩の仰った『得体の知れない一年』の関係者です。とはいえ部外者なので、先輩方と彼がどんな関係かは分かりませんが……」


 それでも、一つ。燎でも分かるだろうことを告げる。


「その気のない人間に無理やり何かを作らせて、良いものができるんですか?」

「!」


 咄嗟に言葉を返そうとするが──そこで、そこまで見ていた落ち着いた雰囲気を持つもう一人の先輩が、止めるように肩に手を置いて。


「……そっちの子の言う通りだ。お前の気持ちも分かるが、今日は引こう」

「……ちっ」


 多少冷静になったのだろう。大人しく言葉を聞き入れて、踵を返す。

 そうして去っていくが──その間際に、もう一度こちらを振り向いて。



「……孤高でも、天才でもねぇだろ。お前は」



 どこか悔しそうにそう言い残したのち、廊下の向こうへと歩いていった。

 残された燎はしばし沈黙してから、隣の雪哉に問いかける。


「今の人は?」

「軽音部の先輩。多分、二年生の中じゃ一番上手い。見るからに不良っぽい雰囲気あるけど、実際はすごい面倒見の良い人だと思う」

「なかなか言うね。でもそうなると、悪いことした?」

「いや、正直今回は助かった。……けど」


 そこで──まぁ案の定、雪哉の半眼がこちらに向く。


「わざわざ君が何の用?」

「用ってほどのものではないけど……流石に知り合いが先輩にあんな風に絡まれてるのは放って置けなかったのと──」


 それと、もう一つ。


「──単純に、あんたとはもう少し話したかった」

「……真面目に言ってる? 僕、君には初対面で相当嫌われること言ったと思うけど」

「自覚あったんかい。まぁ確かにきついことは言われまくったが、全部内容はごもっともだろ。あれで嫌いになったら俺の器小さすぎるって」


 苦笑と共に、燎は続ける。


「俺さ、これでも今死ぬ気で頑張ってることあるんだ。俺なりに必死で」

「……」

「でも、それは多分あんたらがとっくに通ってきた道なんだ。赤星も特別入試で旭羽に入ってきたからには、めちゃめちゃ頑張ってきたこともあると思う。だから……俺は、そういう奴らが何考えてるのかを純粋に知りたい」


 何か、特別なもの。自分の全てを懸けるものを見つけたい。それが燎の願いだ。

 であれば、それを見つけている人間のことは少しでも知りたい。どんな覚悟を持っているのか、何を考えているのか、それに触れてみたい。

 ……きっとそれが、蒼にも言われた三つ目。『描きたいものについて知る』ことにもつながると思うから。


 とまぁ色々言ってみたが……諸々ひっくるめても、今の燎の望みは一言で言うなら。


「詰まるところ──俺はシンプルに、あんたと・・・・仲良く・・・なりたい・・・・んだ・・

「…………天瀬と言い、なんなのさ君ら」

「ああ、そう言えば天瀬にもあの後も話しかけられてるんだっけ」

「そうだよ! ほんと何あの女、他人のパーソナルスペースガン無視して突っ込んでくるどころかそのままこっちに体当たりする勢いなんだよ怖いよ! 何あれ妖怪!? 僕の中では今のところ口裂け女とタメ張ってるよ!?」

「初対面から思ってたが、ちょいちょい喩えが面白いな」

「その上至近距離まで踏み込んだ後はちゃんとわきまえて、完全にはこっちが断りきれない距離感でいつの間にか振り回してくるから質が悪いにもほどがない!?」

「おーあんたもそうか、安心しろ俺もだ。天瀬ほたる被害者の会設立する?」

「絶ッ対嫌だ! ていうか僕にとっちゃ今の君も似たようなもんだよ!」

「マジで!?」


 流石ほたる、直接居なくてもその場を愉快にする女である。

 そしてほたると同類扱いされるのはまぁまぁ心外なのだが、雪哉にとってはそうらしい。そのまま若干警戒心を残した様子で燎を見据えつつ。


「……そんで、その手の奴は一度断るより適当に付き合った方が消費カロリーが少なくて済むって天瀬で学んでるんだ」

「苦労してるんだな」

「ほんとにね! で、そういうわけだから。どうせ邪険にしても効かないんだろうし」


 そこまでする気はなかったのだが、どうやら受け入れてもらえるらしい。

 そう考えて何も言わずにいる燎に、雪哉はこんなことを言ってきた。


「だから、そこまで言うなら──この後時間ある?」

「へ?」

「僕について知りたいんだろ。……じゃあ手っ取り早い方法がある」


 そうして、雪哉はくるりと玄関の方へ向かうと。



「ライブだよ。今日これから、旭羽うちの生徒がトリで出るライブが近くのライブハウスであって、それ観に行く。気になるなら、チケット代用意してついてこれば?」



 ……それが、雪哉を知ることにどう繋がるのかは今一つ不透明だが。

 向こうから誘ってくれるのなら是非もない。それに、口調こそ素っ気ないし相変わらず仕方ないと言いたげな雰囲気を醸し出しているが……


 ……なんとなく。今の雪哉から、一切人間に懐かない白猫がほんのちょっとだけ距離を縮めてきたような、そんな光景を幻視したような気がした。


「ん、それじゃあ是非。ライブきっかけで仲良くなるとかいいな、高校っぽい」

「調子乗んな。言っとくけど僕の君への評価は前会った時と全然変わってないから」


 そのまま雪哉に先導されて、なんだかんだで聞いたことには答えてくれる雪哉と軽く話を続けつつ、彼の言うライブハウスに向かって。


 そこで燎は──とんでもないものを、見ることになるのだった。

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