7話 変人を狙っていない変人は大体が何かの天才

 放課後、三人でカラオケに行く高校一年の男女グループ。

 これだけ並べ立てると、なんとも微笑ましい青春の一ページ……なのだが。


「……」

「……」

(……わぁお)


 実際三者──いや、主に二者の間に流れる雰囲気は微笑ましさとは無縁のもの。

 無言、けれど重苦しく険悪というわけではなくどちらかと言えば……それこそ先刻燎が述べた、『バチバチしている』という表現が最も相応しいだろうか。


(……にしても)


 そんな中、半ば強引に仲裁役のような感じで呼ばれてしまった燎は。

 無言を解消するためが半分、もう半分は純粋に気になって、隣を歩く雪哉に問いかける。


「随分、あっさり乗ってくれたね」

「あ?」


 言及するのは、先ほどの一幕。『歌で分からせれば良い』と真正面から言い放ったほたるに、これまで反発強めだった雪哉が簡単についてきたことについてだ。


「あれ、そこまでの流れも含めて割と露骨な挑発だったと思うんだけど……素直に乗ってくれたことがちょっと俺にとっては意外で」

「そりゃ乗るよ。もちろん乗らせるためってのは分かってるけど、それでも」


 対して、雪哉は淡々と答える。


「あそこまで真正面から言い切るくらい、本気ってのは分かったから」

「!」

「じゃあ、こっちも相応の態度で答える。本気に本気で答えないのは……そんな格好悪い真似は、絶対にしないって決めてる」


 確かな信念を感じさせる口調と共に、そのまま続けて。


「だから付き合うし、ちゃんと聴くよ。本当に僕に『この人の曲を作りたい』って思わせるくらいのものを見せられるのかどうか、こっちも本気で見極める。そんで」


 そう言った上で、最後にこちらと──前を歩くほたるを見やったのち。


「仮にそうじゃなかったとしても──僕は絶対笑わない。大口叩くだけ叩いて大したことないだとか、馬鹿にもしない」

「──」


 ……そう言えば。先ほどの会話で雪哉は燎のことを『覚悟のない素人の手習い』と評したが。

 それは、純粋に客観的事実を述べただけであり。同じく馬鹿にする雰囲気は、微塵もなかった。


「……はは」


 そのことを認識すると、思わず笑みがこぼれて。

 胡乱な瞳を向ける雪哉に、燎は本心からの言葉を返す。


「すげぇな、あんた。──格好良い奴じゃん」


 言葉を受けた雪哉は、ますます不思議なものを見るような目を燎に向けて。


「……そういう君は、変な奴だな」

「そりゃ光栄だ」

「光栄で良いの?」


 良いとも。

 少なくとも一昨日までの──なんでもない奴だった自分は、脱却できているということなのだから。




 そんなやり取りをしつつ、カラオケボックスに到着。

 部屋を取って入ると、早速とばかりにほたるがマイクを手に取って。


「それじゃ、早速聴いてもらって良いかな?」

「こっちは良いけど、君は? 喉あっためるとかしなくて大丈夫?」

「問題なし! ぶっつけ本番一発勝負の『わたし』を聴いてよ」


 どこまでも強気なほたるに、それ以上は雪哉も何も言わず。

 選曲を開始するほたるを見ながら、そう言えばと燎は思う。


(……天瀬の『生の歌』を聴いたことはなかったな)


 動画として上げられているものは聴いたし、すごいとも思ったが……実際に直接聴くとなるとどう変わるのだろうか。燎は音楽関連だと多少楽器ができる程度、そこまで詳しくはないのだが、やはり大幅に変わったりするのだろうか。

 その辺りも含めて、楽しみに聴かせてもらおう。そう考える燎の前で、ほたるの選曲が完了する。選んだ曲は──


「──それは」


 雪哉が驚きの声を上げた。合わせてほたるが得意げにこちらを向く。

 ほたるが選んだのは、燎も知っている有名曲。爽やかな青のイメージを持つ曲を多く手がける超有名作曲家の代表作の一つ、『夜空』をテーマにした突き抜けるような疾走感が特徴の曲だ。

 それを見て、雪哉が驚いた理由は。


「やっぱり。君の原点って言える曲は多分これでしょ?」

「……なんで、分かった」

「そりゃ分かるよ。君の上げてる曲は全部聴いたけど……この作曲家さん、更に言うならこの曲の影響をすっごい受けてるってすぐに分かったもん」


 その言葉は……紛れもなく、雪哉に対する深い理解──そして、深い理解をしようと考え行動しなければ出てこない内容であり。


「当たり前でしょ。君を本気で勧誘する以上、わたしが知りうる君のことは全部調べるし、その上で勧誘したい、頼むなら君がいいって確信したからこうしてるんだ。……だから、この君にとって一番思い入れのある曲での『わたし』を聴いて──それで、判断してよ」


 そう言い切ると同時、曲の始まりを示すタイトルテロップが流れ始める。

 それに合わせてほたるも姿勢を整え、カウントに合わせて息を吸って──



「──────────」



 ──世界が、変わった。

 この狭いカラオケボックスの一室で、いや、だからこそだろうか。

 室内に響き渡った彼女の声が、この小さな世界を一瞬で彼女の色に塗り替えた。


 荒々しくも伸びやかで、切なくも眩しくて、そして根本は呆れるくらいに明るくて。

 蛍火のように儚さを見せながらも、流星の光のように煌びやかで燃えている。

 その光が、その炎が、こちらの心をダイレクトに照らして火をつける。思わず走り出したくなるような、前へと進むエネルギーに満ちている。


 聴くと同時に、確信する。……これが、『ほたる』なんだと。

 天真爛漫で、猪突猛進。恥ずかしいくらいに真っ直ぐな……燎とは違う、自分の『特別』をとっくの昔に見つけて突き進んでいる、誰が見ても素敵な少女。



 ……それを、認識した瞬間。

 ここ二日間近くにいたはずのほたるが、急にどこか遠くに、感じた気がした。



 そうして三分間の彼女の熱唱が終了し、余韻が収まると同時に。

 ──思わず、燎は拍手をしていた。そうせずにはいられなかったから、ただ純粋な称賛をもって。


「すっ……ご」

「あはは、ありがと! やっぱそういう純粋なのがいっちばん嬉しいね!」


 率直な称賛にほたるは屈託のない笑顔を見せると、続けて雪哉の方を向いて。


「それで、赤星くんはどうだった──、あは」


 最後まで言い切る……前に、にまっとした笑顔を浮かべた。不思議に思った燎が隣を見ると……


「……ああ」


 燎もすぐに理解した。

 だって、彼の表情が雄弁に語っていたからだ。想定外と言外に告げる大きな驚きと、とんでもないものを見た悔しさと、その裏にある隠しきれない憧憬と称賛。

 ……思った以上に顔に出るタイプなんだな、とそこで初めて気がついた。


 一拍遅れて、二人に見られていることに気がついた雪哉がはっとした顔になり、そこから取り繕うように告げる。


「…………まぁ、悪くなかったんじゃないの」

「えーほんとー? それくらいの感想って顔じゃなかったけどなー」

「っ」

「ちゃんと本気で向き合ってくれるんじゃなかったの? あれだけ大見得切った手前真正面から誉めたくないってプライドでそんなこと言っちゃうのは格好悪いと思うなー、ほらほら、ちゃんと恥ずかしがらずに素直な感想をおねーさんに教えてよ、ほらほらー」

「同い年でしょうが! あぁもううっざ、うっっっざ! ねぇ夏代、今すぐこの女黙らせる方法教えて!」

「無理!」

「即答すんな気持ちは分かるけど!」


 残念ながらこの女は多分こうなったらどうあろうとウザい。二、三日の付き合いだが既にそれを理解している燎がそう告げると、雪哉も諦めたように息を吐き──同時に、彼女の言うことも認めたのだろう。真面目な声色で口を開く。


「……想定以上だった。僕が今まで聴いてきた同年代の歌の中で二番目にすごかった」

「残念、一番じゃないんだ」

「悪いけど、一番は今のところ僕の中では決まってる」


 芯のある声でそう言われては、ほたるもそこは引き下がる。


「ちなみに、歌初めてどれだけ?」

「んー? えーっと……受験期間も込みだけど、半年くらいかな」

「……は? なんだそれ、バケモンだろ……ああ、くそ」


 そこまで聞くと、雪哉は頭をがしがしと大きくかいた後。

 吹っ切れたように、告げる。


「……認める、負けだよ。すごかったし……あんたの歌を作りたいって思わされた」

「! じゃあ」

「ああ、曲作り、協力させてもらう。──ただし」


 ほたるの顔が輝くが、そこで雪哉は待ったをかけて。


「二つ、聞いてほしいことがある」

「ん、何?」

「まず一つ、今すぐは無理だ。他に軽音部経由で受けてる依頼もあるし、自分の作りたい曲もある。本格的に動けるのはひと月後からだけど、それでもいい?」

「それは全然! 元々活動を開始するのは二ヶ月後が目処だし」

「了解。それでもう一つ」


 二つ指を立てたのち……しばし躊躇うような表情を挟んでから、告げる。


「……あくまで、受けたのは作曲依頼だけだ」

「へ、どゆこと?」

「馴れ合うつもりはない、ってこと。口ぶりからするに君はなんか『仲間』的な曖昧なのを求めてるみたいだけど、そっちにまで付き合うつもりはない。あくまで依頼をした側と受けた側で、曲を提供するだけの関係だ」


 その言葉を受けて──少しだけ、ほたるが目を見開いて。

 けれど、すぐに微笑みを取り戻してこう返す。


「ん、それはまぁしょうがないね、そこまでは強制できないし。じゃあ今のとこはそういうことで!」

「『今のとこ』ってのが気になるけど……まぁいいか。じゃあ話はついたね」


 そこまで言い切ると、雪哉は財布から取り出した千円札を置いて立ち上がる。


「あれ、帰っちゃうの?」

「うん、早速スケジュール見直す。今の歌声聞いて得たインスピレーションも書き出しておきたいし、そうなるととにかく時間が惜しいから。悪いけど僕はここで」


 それを言われれば止めるわけにもいかない。挨拶をして見送る二人に対し、最後に雪哉は振り返ると。


「その……良い歌聴かせてくれたことは、感謝するよ。おかげでアイデアも湧いた。それじゃあね」


 意図して平坦にしたような口調でそう言い残して、扉を閉めて去って行った。



 残された燎とほたるは、数秒それを見送ったのち──ほたるが手元の千円札に目を落とし。


「……さて。じゃあこのお釣りを渡す口実で明日も話しに行こっかな」

「ふてぶてしさの権化か?」


 よくもまああれだけの態度の相手を前に別れた直後で。

 呆れる燎に、ほたるは苦笑を返すと。


「あははー、やー確かに名前通りと言うべきか、けっこう冷ための対応されちゃったけどさ。でもなんだかんだで勧誘は成功したわけだし──それに」


 苦笑そのままの口調で、こう告げる。


「なんか嫌いになれないんだよね、あの子」

「声が可愛いから?」

「まぁそれが九割くらいなのは否定しないけど」

「建前でも良いからもうちょっと割合は抑えてくれ」


 恐らくは冗談だろうが。……まぁ、けれど。


「嫌いになれないってのには、俺も同感」

「あれ、それは意外かも。わたし以上に塩対応されてたよね、燎」

「それはそうなんだけどさ」


 確かに初対面からきっついことを言われ、その後の対応も距離はあったが。

 けれど──言っていること自体は全くもってその通りだったし、必要以上に揶揄するような気配も感じられなかった。

 それらも含めて、不思議と嫌な印象は抱かなかったのだ。



 ともあれ、ほたるの希望通りこれで作曲担当も確保できた。

 凄まじく順調に進めているほたるの手腕に驚きつつも、燎とほたるは近況を交換する。

 ほたるは配信関連の準備のこと、そして燎は蒼との修行のことが自然とメインになる。


「……にしてもあれだね。桜羽先輩、聞くだけですごい愉快な人じゃん。既に結構好き、一回会ってみたい」

「いいんじゃね? 向こうも天瀬ならそんな邪険にはしないと思う」

「それはありがたい! 今はちょっと他にやることありすぎるし、多分先輩も忙しいしで時間取れないかもだけど、落ち着いたら会いたいな! それで……んー、今はまだかな」


 若干気になる間が出たが、そこまで深刻ではない様子で手を振るので一旦はスルー。

 そして……その話からの流れで、こんな話題が出る。


「それじゃあ、ここから先はとにかく絵の修行って感じ?」

「そうだな、明日以降は基本放課後先輩は部室にいるみたいだし、平日は完全にイラストの特訓オンリーになりそう。で、休日は……」


 そこで、ふとそのことを思い出した。


「燎?」

「あ、いや、休日ももちろん絵の特訓が大半になるんだろうけどさ。そこでも先輩に言われたことがあるんだ」

「どんなこと?」

「『土日のうち片方六時間は、描く以外の・・・・・ことをしろ・・・・・』って」


 これには、ほたるも首を傾げた。


「ど、どゆこと?」

「もちろん、完全に絵に関係ないことをしろってわけじゃないと思う。そんで描く以外のことって話だから……多分、ここに来る前に言った『三つ目』に関連するんだろうけど」

「三つ目……ああ、『描く対象のことをよく知れ』ってやつね」

「それ。そんで……具体的にその時間何するかってのが今のところ考えつかなくてさ。多分その辺り考えるのも含めて特訓なんだと思うんだけど──」


 現状はっきりしたアイデアはない。なので今週は無難に、自分の中で気になったキャラデザイン知識について調べる時間に充てようと思っているのだが。


「んぅー……」


 そこで、ほたるが何かを考えるような仕草をしたのち──

 ──にや、と口の端を吊り上げた。この女は笑顔のバリエーションが多い。


「ねーねー燎、そういうことなら一つ提案があるんだけどー」

「なんか嫌な予感がするけど言ってみなさい」

「『描く対象について知る』ってことはさ、今回の場合わたしについて知るってことでしょ? 今日付き合ってもらったのもその一環なわけだし」

「まぁ、そうだな」

「じゃあ、今週末も同じことやっちゃおうよ。つまり燎くん」


 そうして、ほたるは大変いい笑顔──言い換えれば、こちらを揶揄う気満々の笑顔で。

 こんなことを、提案してきたのだった。



「今週の土曜。──わたしとデートしない?」

「…………はい?」

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