06第六幕『一夜明けたら、お尋ね者になっていたんジャ』

 目醒めると真っ昼間だった。宿の窓は強い陽射しにさらされ、遠くの町並みが白茶けて見える。


 黒魔道士サフィは、重度の不眠症だ。取り分け、昨晩はなかなか寝付けず、瞼が重くなったのは鶏が鳴き始める少し前くらいだったろうか。


 初めて訪れた町を訳も分からないまま縦横無尽に飛び回り、奮闘した。その時の興奮が冷めなかったことが主な要因と見られるが、深く考えても仕方がない。誰にも怒られず、昼過ぎまで寝ていられるのは旅人の特権だ。


「お、サフィっち起きたんか。相変わらず寝坊助だな」


 相方の金髪っ子パドゥメは、対照的に早寝早起きで、ベッドに横たわった瞬間に眠りに就くという特技を持つ。寝起きも良く、欠伸のついでに菓子類を頬張ることもある。


「いやあ、喉がからからだよ。乾燥してるのかな。えーと、水差しがあったはず」


 泊まり先は、縁があったところを選んだ。弓兵に襲われた夫婦者が寝泊まりする木賃宿きちんやどで、町の東の入り口に近い。


 昨日は騒動の後、町の食堂が全店休業とあって途方に暮れたが、妻女さいじょが手料理を作ってくれた。パドゥメによると、朝飯もご馳走になったという。


「じゃ、私も朝ご飯の残りを貰おうかな。いや、町の食堂に行ってみよう。もう開いているでしょ」


「それどころじゃないぞ」


 パドゥメが顔を顰めて言った。またしても町は不穏な空気に包まれているのか?


 深夜に話し相手が熟睡し、時間を持て余したサフィは、夜の町を空から偵察したのだ。散歩代わりの暇潰しである。


 その際に見た限り、治安の乱れも些細な騒ぎもなく、町は不気味なほど静まり返っていた。どこにでもある真夜中の田舎町といった風情だった。


「儀式が執り行われるって話だぜ。場所は中央広場で、観衆が続々と詰め掛けているらしい。絶対にヤバい。きっと処刑だ。ひっ捕えた兵隊を皆が見ている前で葬り去る血の儀式だな」


 おぞましいことを言い始めた。町に流れる噂ではなく、儀式が昼過ぎに営まれるという御布令おふれが出ている模様だ。


 サフィは戦慄し、責任を痛感した。戦闘に介入し、双方を無力化したまでは良かったが、後に続く事態を全く想定しなかったのだ。攻め込んだ兵士が、罪に問われ、処分されることは当然の成り行きとも言える。


 昨日は混乱の収拾を図り、火を消し止めるだけで精一杯だった。そこまで知恵が回らなかった自らの愚かさを悔いる。


「パドゥーは、どうすれば良いと思う? また魔法を使って処刑を止めたい?」


「眠らせても踊らせても先送りにしかならないぞ。助け出す方法はない。それにさ……」


 常にざっくばらんで物怖じしない元気っ子が口籠った。そして生唾を呑み込み、これまた珍しく、改まった口調で話す。


人相書にんそうがきが出回ってんだ。あの怪我してる父親に聞いた話なんだけど、どうやら探してんのは二人の娘。独りは金髪ですらりと脚が長い。残りは黒い帽子に青いローブで銀色っぽい髪。見た目は、ちんちくりん」


 若干、主観と悪口が入り混じり、どこまで本当か信用ならないが、これにも恐れおののく。町を支配する勢力が自分たちを咎人とがと認定し、捜索しているのだ。


 最後は投げやりだったとは言え、一生懸命に消火活動に励んだ挙句、追われる身となってしまった……


「この町から脱出しようか。そこの窓から飛び去るだけだし。簡単だよ」


「尻尾を巻いて逃げるのも癪だな。何も悪いことしてねえしさ。ま、相手は人間だから、僕がちょいと細工すれば捕まるわけがないじゃん」


 人ならば、精神魔法で簡単に制御できる。魔法の効果を打ち消すような大魔道士が控えていない限り、二人が大人しくお縄になることも、処刑台に引っ張られることもない。


 深刻なのは、囚われた兵士の処刑だ。昨日は抗争中の双方を武装解除し、大惨事を回避させたのに、今日になって広場が血に染まるとは無念である。


 何か良い方策はないか……二人が頭を悩ませていると、廊下から幼い声が聞こえて来た。


「ワテエ、見に行きとうナカ。部屋で寝転がっていたいんジャ」


「そんな怖いことはない。何ごとも経験だ。それに宿の主人によれば、人が集まるとあって出店も多く、賑わっているらしい」


 昨日の父子だった。貸し出した軟膏のお陰で傷口が悪化することなく、昨夜、随分と感謝された。何度も繰り返し塗りたくり、一回は何故か便所に持ち込んでいた。痔持ちなのかも知れない。


「お、親子っち。出店があるって、マジなん? 処刑で首を刎ねるのを見ながら、食ったり飲んだりするんか……それ趣味が悪過ぎだろ。人道上、問題がなくもない」


 パドゥメが部屋の扉を開けると、廊下では父が子の頭を撫でながら説得中といった雰囲気だった。


 子供は涅色くりいろのマントを羽織らず、農村の児童のような身形をしていた。顔も露わだ。髪は長めで可愛らしく、八歳前後の女の子と見受ける。


「別に怖がることなんかないさ。名物の串焼き屋台もあるらしい」


 串刺しの聞き違いではないのか。こんな幼気いたいけな童女に残忍な処刑を見せるとは、どういう了簡なのか、理解が及ばない。


 大人でも卒倒しかねないのに、刺激が強過ぎる。夜に眠れなくなるどころか、重い心のきずになってしまう。


「見に行くってんなら、僕らも付いて行こうぜ」


 パドゥメは決然とした口調で言った。精神魔法で刑の執行を阻む気満々である。


 これ以上、町の厄介ごとに関わるのは御免蒙りたいところだが、サフィも意を決した。迷う必要はない。見知らぬ町の見知らぬ者たちであっても、命を救える機会と手段があるのなら、挑むべきである。


「付き添って行くって言っても、私たちもお尋ね者なんだよ。何だっけ、そう、賞金首。万が一捕まったら、獄門のうえ晒し首だね」


「捕縛されるような下手は打たないけど、まあ、万が一ってことはあるな。き身は拙い。変化で誤魔化そう。どろん!」


 そう呪文を唱えると、目の前に居るパドゥメが消え去り、代わって床に可愛らしいイタチが現れた。これが変化へんげの術だ。


「はあ、ビックリ仰天したんジャ。消えよったと思うたら、大きな鼠が現れよった。ワテエ、驚いたんジャ」


 子供はイタチを見てった。初めて目にする者は、たいてい腰を抜かすか、肝を潰す。


 因みに「どろん」は、呪文ではなく、単なる音響効果だ。音も煙もなく急に変化すると、連れが混乱するので、合図をするよう注意を促した結果である。


「鼠じゃなくってイタチな。もふもふだぞ。触れないけど」


 声は黒魔道士の頭よりも少し高い位置から響く。イタチは床で四つん這いになっていても、パドゥメの実体は変わらずにある。


 この変化の術もまた精神魔法のひとつだ。観察する者の脳に働き掛け、異なる物を見させる。見る側の認識を強制的に変える特殊な能力で、錯覚と言えば分かり易いが、原理は本人も良く知らない。


「パドゥーはそれで大丈夫だろうけど、私は変装するしかないのか。帽子を取ってローブを脱いで……いや、着替えは透け透けの湯帷子ゆかたびらとゴージャスな民族衣裳しかないっぽい。逆に目立っちゃうし」


「それなら吾等われらのマントを貸そう。妻は行かないと拒んでいるから、借りてまとえば良い」


 半ば強引に着古しのマントを被せられた。思ったより薄い生地で、頭もすっぽり覆う。確かにこれなら銀色の髪も殆ど見えず、背丈から子供と勘違いされるだろう。

 

 イタチっ子と化したパドゥメを先頭に恐る恐る木賃宿を出たが、広場で執行される処刑をどうやって止めるのか、算段はついていなかった。



❁❁❁🔮作者より❁❁❁

変化の術は、パドゥメの精神操作系魔法のひとつです。物理的な変身はせず、周囲の者の認識を変えます。


かなりハイレベルの魔法ですが、有効に使っていません。日常的には、野外で用を足しに行く時くらいかも。

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