05第五幕『兵士も町民も踊り、戦場は眠りに就く』

「剣も槍も持ってないし。酔っ払いの喧嘩みたいだけど、これ戦闘だよね」


「往来の邪魔ってことに変わりはないな。ここは仲好く眠ってもらうぜ」


 合図をする間もなく、パドゥメは魔法を放った。昏睡の術式である。殴り合っていた四人は同時にその場で頽れた。  


「暫く大人しく眠ってやがれ」


 旅の娘二人は、戦闘状態の収拾について特に話し合った訳でもないが、素早く解決する最善の方策は、ひとつだと理解していた。争いに参加している者を全員眠らせれば、狼藉は自動的に止まる。


 以前、田舎町の大衆食堂で酔客同士の大乱闘が起きた時、同じ方法で騒動を終息させたことがあったのだ。どちらに加担する訳でもない。極めて中立的な解決策と言える。 


「たくさんの武器を抱えて一気に攻め込んだのじゃないっぽいね」


 町中の各所で剣戟が続いているのであれば、負傷者や遺体が路上に転がっていてもおかしくない。だが、見る限り、倒れている者の姿はなく、激しい流血の痕も皆無だった。


「いや、槍持ちは居るぞ。あそこだ。睨み合いって雰囲気だな」


 複数の白煙が立ち昇る中心部には噴水広場があった。その奥で十数人ほどの集団が、小さな建物を挟んで対峙している。一方の側には、小豆色の帽子が混ざり、兵士側だと判別できた。


「先に眠らせた側に怪我人が出ちまうか。一瞬の隙が敗北を招く。それなら、遠距離から同時にして貰うか」


 パドゥメが魔法を発動するや、睨み合う双方の男たちが一斉に踊り出した。全くって、おねんねではない。建物脇で屈む者までが立ち上がる見事な阿呆踊りである。


「あ、いけね。間違えちった」


 絶対にわざとだ。前に昏睡の術式を集団に試した際、一部効果がなかったことがあった。当人曰く、広範囲には効き難い。そこで、敢えて余り使う機械のない譫妄の術式を試したと見る。


 しかし、武骨な男たちが惚けて踊り狂う様は、なかなか壮観だった。緊迫した戦場が瞬く間に愉快な祭の会場と化す。踊れや踊れ。祭囃子が聴こえてきそうだ。


「広場の向こうでも音がするぞ。残党が居るみたいだな。そっちもと片付けるぜ」


 超低空飛行で噴水広場を横断する。踊り子軍団の処理は後回しだ。何やらやかましく響く金属音は、剣を交える音か。

   

「誰も居ないぞ」


「建物の裏側だね」


 広場を囲む大きな建物の裏手は、商店街のようだった。看板が細い道に迫り出し、雑然としている。


 営業の途中、混乱状態に陥ったことは明白だ。無人の店舗には食べ物や衣服が陳列されるが、主人は不在。店を放り出したか、或いは奥に隠れているのか。


「ヤバい。人斬りだ」


 初めて血塗れ倒れる人に出会でくわした。二人、三人と路上でうつぶせになっている。息があるのか否か、微妙な按配。そして、商店街の先では、大きな剣で握り締め、仁王立ちする肥えた男の姿があった。しかも半裸だ。


 その太っちょに向かって、商店の二階から物が投げ付けられている。妙な金属音の正体だ。投げているのは商店主か雇われ人か。いずれにしても町の民である。


「肥満体は兵士じゃないのかな」 


便衣兵べんいへいってやつだな。戦闘中に軍服を脱ぎ捨てて、町の人に成り済ますんだ。あいつは裸だけど、兵士の側だろ。兎に角、手に持ってる危なっかしいもんを離して貰おう」


 パドゥメは直ちに昏睡の術式を放った。何人かを既に斬り倒している下手人である。迷いはない。瞬時に解決した格好だが、甘い観測だった。


 脂肪の塊が卒倒したと見るや、商店から若い衆が駆け出し、取り巻いた。そして頭を踏み付け、激しく蹴り飛ばす。昏睡した太っちょを集団で嬲り始めたのだ。どちらが荒くれ者か分からない。


「あ、いけない。落ちてる剣を拾い上げたよ」


 独りの若者が、剣を手にした。無抵抗の兵士を叩き斬る格好だ。


 サフィが制止しようと声をあげるよりも早く、パドゥメが手を打った。昏睡の精神魔法。剣を拾った若者のみならず、暴行に加わった連中全員を纏めて眠らせた。


「おい、おい、何してくれてんだ。お前らも一味か? 娘だからって容赦しないぞ」


 背後から早く口で捲し立てる親爺が現れた。商店の若い衆まで眠らせたのを見て、敵と判断したのか、いきなり絡んで来たのだ。


 戦乱に終止符を打ち、町の安寧を取り戻すべき助太刀したのに随分な言い掛かりである。サフィは失礼な言い方にと来たが、相棒は直情型だ。売り言葉もなく、矢庭に精神魔法を浴びせた。


うるせえな。これまで黙って見てたくせに。そこで一生踊ってやがれ」


 譫妄の術式。これもわざとだ。昏睡とは比べ物にならないほど見た目も憐れで、酔っ払いなど嫌な相手には、この術式を用いる傾向があった。


 踊る姿は滑稽で笑いを誘うが、実際は洒落で済まない。何度も浴びると、いつか本当の阿呆になってしまう危険な精神魔法なのだ。


「町の住民もてんな。ひと筋縄じゃ行かないぜ」


「兵士の集団に襲われて大変なのかと心配したけど、複雑かも。居心地の好さそうな町じゃないね」


 昨日今日に戦場と化して荒廃したのではない。元から煤けた田舎町のようにサフィには思えた。荒っぽいのは商店街の人々だけに限らないかも知れない。


 それでも界隈の緊張状態が解けたと知ったのか、倒れている者を救護する女たちの姿も見えた。ほんの少し心が温まる光景だ。


「腹減ってきたし。早く風呂にも入りたい。面倒臭いから、とっとと片付けちまおうぜ。そんで、あの親子の居る宿に戻る」


 借りを返すでもなく、義理も縁もない初めての町だ。若干、覇気を失い、意欲もがれた。後は無難に処理して、初志を貫徹するだけだ。


 旅の娘二人は再び高く舞い上がり、戦闘が続いている箇所を探索した。


 町の外れで睨み合う集団を制圧し、民家の軒先で不審な動きを見せる兵士を無力化。槍を持って路地裏に潜む男を眠らせる。狼藉の痕は複数あれど、深刻な状況は見られなかった。ほぼ混乱は終息していると言っても良い。


 仕上げに火が燻る建物に大量の水を掛け、二人の緊急出動は終わった。静けさが戻ったようにも感じられるが、それはパドゥメが屋外に居る怪しい男を悉く昏倒させた結果でもある。


 締めは雑で、少々荒っぽかった。身形の良い鯰髭なまずひげの老人に呼び止められたが、金髪っ子は構わず眠らせた。


「何だか、背景も分からないまま終戦工作が完了したような。良いのかな、これで」


「所詮は、僕ら通り縋りの旅人だしな。それより、どっかで飯食おうぜ。もう腹ぺこなんよ」


 安食堂を探したが、避難民も続出する大騒ぎの中、開いている店などない。全店漏れなく休業中である。こういう時、旅人は困り果ててしまう。深夜に到着して飲み水を確保できないことも多々あるのだ。


 一杯の温かいスープにあり付くのは、暴れ狂う兵隊を制圧するよりも難しかった。 



❁❁❁🪄作者より❁❁❁

手当たり次第に眠らせて踊らせて、冒頭のバトルシーンは終了です。二人とも頑張ったけど、何を守るでもなく、高揚感もなし。


安宿に部屋をとってお休みです。しかし、こんなに好き放題暴れまくって、見逃されることもなく……

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