04第四幕『闇より生まれし闇の魂が蘇る時』

「それじゃ、私が取って置きの大魔法をご覧に入れましょう」


「んん、サフィっち、どうするん? 今更、水を掛けても手遅れだぜ」


 火を消し止めるのに水分は要らない。焔を生み出す元の素材を消し去れば良いのだ。


 浮揚魔法と双璧を成す黒魔道士独自の特殊な術式。大地をえぐり、巨木を薙ぎ倒し、岩をも丸呑みしてしまう。当人も理屈を知らないが、兎に角、見た目も派手な最終奥義だ。


 サフィがそっと差し出した腕の先に小さなくろい球体が現れた。それは見る間に大きく成長し、ぶるぶると小刻みに震える。


「何をする気だ。それは何だ?」


 火災現場に詰め掛けた野次馬は、小さな黒魔道士が生み出した黝い球体を凝視し、そう口々に言った。消火作業と無縁に見えるのも仕方がない。初見の者は誰しも、奇術のし物か妖術の類いと勘違いするだろう。


「これで、あの巨大なほのおを消して見せます」


 ぐっと右腕を突き出し、狙いを定めて構える。本人的には、頑張って編み出した最高にスタイリッシュなポーズだ。手の先に出現した球体は、馬や牛並みの大きさになり、激しく振動する。


 色は闇のように暗い。艶の全くない黒だ。光をも呑み込む魔法の球体。その名は、冥府めいふ天球てんきゅう。かつて旅を始めた頃、先輩魔道士と一緒に考案した名称だ。深い意味はない。


天地あめつちあだなす禍いの下僕しもべどもよ、永遠とわに眠りし龍の咆哮を聴け。因果の涯に燃え盛る偽物の劫火ごうかよ、己を知りて今、星のしずくとならん。闇より生まれし闇の魂が蘇る時、穢れしほむらは散りて現世うつしよ徒花あだばなと……えーと、何だっけか」


「いい加減、長えーよ、ちゃっちゃと投げようぜ。ほら、燃えてんだからさ」


 前口上の途中でパドゥメに茶々を入れられた。


 観衆が数人以上居ると、十割方、噛むのだが、今回は途中まで絶好調。ただし、寝ずに考えた決め台詞の後半を失念した。失態である。即興のほうが比較的上手く行くのは何故か。


「まあ、良しとして。それじゃ、放ちます。紅蓮の劫火を闇に葬れ!」


 黝い球体は、ぶるっと激しく震え、炎上する建物に向かって一直線、ゆっくりと前進する。そして、接触する寸前に更に肥大化し、灼熱の焔に突入した。


 白煙と黒煙で球体の動きは捉え難い。それでも、変化は劇的だった。


「おお、火が吸い込まれてるみたいだぞ」


 サフィは建物の一階部分に狙いを付け、黝い球体を左右に移動させた。柱も屋根も崩れ、地上を這う球体に呑み込まれる。放水とは比較にならない程、効果は絶大だった。燃焼する素材が消滅すれば、焔も煙も実体を失う。


 白煙が薄らぎ、視界が澄み渡るのを待つ必要はなかった。そこには何も残っていない。建物が丸ごと消滅したのだ。黝い球体は役割を終え、最後に振動し、小さくなって潰えた。


「凄え、一瞬だ。倉庫も何もかも消えちまった」


 野次馬たちは、小っこい娘が掌から生み出した球体の威力に恐れ入った様子だ。最初は胡散臭げに余所者よそものを眺めていたが、強烈な魔法を目の当たりにして態度を改める。


「今の黒い魔法を使って、暴れている連中を吹き飛ばしてくれないか?」


 中にはそう訴える男も居た。この町の住民の言葉だ。連中とは、軍服らしき服を纏った一群の者を指すに違いない。狼藉者という次第か。戦闘状態に陥ったが理由も何となく見えて来た。


「あの弓持った奴らが、いきなり襲って来たん?」


「まあ、そんなところだな」


 含みのある返答だった。町の外れに集まる住民がどこまで事態を正確に把握しているのか、サフィは疑わしく思う。


 軽々な判断は禁物だ。小競り合いでも、大規模な衝突でも、魔道士二人組が加勢した側が、恐らく一方的に勝利する。


「風来坊には風来坊の立場があって、余り首を突っ込みたくはないんだけど、争いを止めるのは出来なくもないかな」


「だな。こんな荒れ模様じゃ、犠牲者も大勢出るし、火事も町全体に広がっちまう。原因を探るのは後回しだ。元から関係ないとも言えるし。で、おっちゃん、戦闘が一番激しそうなのは、どの辺なん?」


 数名の男が同時に一方向を指差した。複数の白煙が立ち上っている辺りだ。町の主要な施設が集まる中心部だという。そこには牢獄もある、と誰かが小声で囁いた。


「さくっと終わらせて、さくっと風呂にでも浸かりたいな」


「うん、そうしよう。二人で終戦工作だね」


 サフィは軽く鼻を鳴らすと、矢庭に屈んで相棒の股座に頭を突っ込んだ。相変わらず不恰好だが、これが最も自由の利く飛行形態である。


「そんじゃ、ひとっ飛びということで、皆の衆、さらばだぜ」


 二人の動作も掛け合いも軽佻浮薄で、住民は少なからず面食らったようだが、本気の本気で、少しも大袈裟ではない。相手が正規の軍隊であろうと、生身の人間である。一網打尽にすることも容易いのだ。


 ひらりと舞った。軽々と舞い上がる。


「あっちだな。って言わなくても分かるか」


「誰も消火作業をしていないみたいだね。あそこには、何だっけ、爆発とかないのかな」


「座薬な。危険物だ。迂闊に近寄れないぞ」


 座薬ではなかったような気もするが、厄介な代物であることは間違いない。そして、近寄れない、とパドゥメが言う時は、得てして突撃する気満々だ。


「意外と大きな町だね。周りには何もないし、小さな宿場町かと思ってたけど、違ったような」


 町の周辺には山もなく、緑も乏しい。南部には広大な荒れ地が広がっているようにも見えた。近郊に聚落しゅうらくは見当たらず、孤立した宿場町とも言えるが、建物は立派で、人口も多そうだった。


 襲って来た兵隊は、食糧を奪う狙いでもあったのか。しかし、町側も無防備ではないだろう。小隊規模の兵力なら返り討ちに遭っても不思議ではない。夜陰に乗じて攻め込むならまだしも、戦闘が真昼に始まったようだ。


 義賊に育てられ、市街戦の知見もあるパドゥメは、そこに違和感を覚えるという。


「常識が通用しない連中ってことだな。弓兵の配置もおかしい。こっちには居ないようだし」


 木賃宿の周囲とは異なり、激戦区に弓兵の姿はない。兵側は制圧できず、既に掃討されたのか。サフィは一気に高度を下げ、家並みを盾にして用心しつつ、地面擦れ擦れに目抜き通りを飛行した。


「素手で殴り合いかよ」


 通りの真ん中で四人の男が乱闘していた。二対二の取っ組み合いだが、つばのない小豆色の帽子を被り、軍服を纏うのは独りだけだ。加勢する襤褸ぼろ服の男は町の住民か。入り乱れて区別が付かない。


 魔道士が加勢した側が勝利する。それは確定事項で、賢明な判断が問われるところだが、立ち入って訊く必要はなかった。戦闘を終決に導くことは容易い。双方の戦意を喪失させれば済むのだ。


 秘策とも言えない。魔道士ならではの単純作業である。



❁❁❁🪄作者より❁❁❁

東南アジア某国で風邪を引いた時、町の薬局で処方された大量の薬の中に、しれっと座薬が混ざっていました。初めて見たし……


そんなヤバい薬、もちろん使わなかったけれど、飲み薬よりも効き目が早かったような覚えがあります。

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