03第三幕『爆音と熱風に怯み、そして黒魔道士は北叟笑む』

 高く舞った。弓兵が放つ火箭かせんを警戒し、必要以上の高度を保って飛行した。


 ふわふわと宙を漂う時も、疾風はやての如く天翔あまかける時も、二人のスタイルは変わらない。小っこいほうの黒魔道士サフィが、上背うわぜいのある金髪露出娘ことパドゥメを肩車する。


 微妙に不安定だが、この形態であれば共に両手の自由が利く。


「激しく燃えてるよ。さっきの音の正体は、あれだ」


「焔の矢の一本や二本で、あんな炎上するのか。民家の火事って具合じゃないぞ」


 木賃宿の玄関先から浮揚した二人は、程なく、恐ろしい光景を目の当たりにした。町の入り口とは反対側、出口に近い辺りだろうか、巨大な焔が立ち昇っていたのだ。上空に延びる黒煙の量も半端ではない。


「風上に回り込んで水を浴びせよう」 


 二人の協力で小火を消し止めた経験はあるものの、対処できるか、自信はなかった。焔の勢いが見るからに烈しいのだ。あかい部分の大きさは三階建ての屋敷にも匹敵し、魔法による放水で鎮められるか、怪しい。


「周りで見物しているのは町の住民か。ぼうっと眺めてるだけだ。いや、こりゃ、眺めるしかないか。何人集まったところで、手の施しようがないぜ」


 燃え盛る焔を遠巻きに見詰める住民たちの姿があった。服装から町の民だ。一方、兵士が展開している様子はなく、激戦区の只中とは見えなかった。


 二人は空中から放水したが、火勢が衰えることはなく、正に焼け石に水。吐き出す黒煙の量も多く、視界も不鮮明だ。


「一旦、地上に降りよう。下から水を浴びせても、こりゃ難しいかもな」


 民家なのだろうか。二階建て程度の大きな屋敷で、取り残された家人が居るとしても、手遅れの感は否めない。見物する住民も消化に勤しむでもなく、離れた位置から呆然と見守るだけだ。


「おいおい、今度は何者だ? はぐれ兵ってことはないな。女の子で、しかも魔道士か」


 二人は、火災現場と野次馬が蝟集いしゅうする更地の中間地点に降り立った。怪しい者に違いないが、人々は空中から懸命に放水する姿を見ていたはずで、少なくとも敵ではないと認識しただろう。


 騒めく声を無視して、サフィは渾身の水魔法を放つ。パドゥメは氷結魔法に切り替え、氷のつぶてを投じるも、全く歯が立たない。


「それにしても、住民はただ見てるだけだな。これ、僕らが頑張る必要あるんか? 街道筋の見知らぬ町で、誰に世話になった訳でもないし」


 パドゥメが愚痴るのも無理はなかった。町の住民は手をこまねいて困っている様子でもなく、高みの見物と言えなくもない。


 連れの小っこいほうが、放水に励みつつ、背後の様子を伺うと、独りの大柄な男が突進して来た。必死の消火作業の最中である。町の住民は味方ではなかったのか。


「娘さん、危ねえから離れな。水を掛けてくれるのは有り難てえんだが、それどころじゃないんだ」


 男は問答無用でサフィの首根っこを掴み、引っ張る。同時に、もう独りの娘っ子に対しても、早く後方に退くよう言った。強い、命令口調だ。


 手荒な扱いに少々憤慨し、手を振り払おうとした時、再び耳を聾する轟音が響いた。ほぼ同時に熱風が吹き寄せ、つば広の黒帽子を飛ばす。視界には噴煙と何かの破片。パドゥメはその場にしゃがみ、激しく咳き込む。


「ぐへっ……何だ? 新手の攻撃か」


「違う。爆発だ。やっぱり火薬がまだ残ってたんだ」


 ローブの襟元を握る男は、そう叫ぶが、魔道士二人組は理解が及ばない。噴煙の向こう側、霞んで見える建物は、形を大きく変えていた。別の箇所から真っ赤な焔を噴いている。 


「パドゥー、大丈夫?」


「問題ない。けど、熱いな。これはヤバい、一時退却しよう」


 後方に退しりぞこうとするや、見物人の一部が駆け寄って二人を取り巻き、早く移動するよう訴えた。中には自らの身体を盾にして、庇ってくれる者も居る。思いのほか親切な人々で、暢気な野次馬などではなかったようだ。


「俺たちゃ、見物してたんじゃねえ。あの蔵には火薬が仕舞ってあるとかで、警戒してたんだよ」


「弓兵が火を放ったんじゃないんか……」


 パドゥメの白い袖なしシャツも、露わな二の腕や生脚も酷く煤けていた。小さな破片を浴びたが、怪我はないと話す。耳をつんざく大音量と押し寄せた熱風に驚き、尻餅をいただけのようだ。  


 消火作業で大活躍するはずが、逆に保護される恰好になってしまった。どうにも様にならないが、人々が遠巻きに見守っていた理由は、燃え盛る建物の中に危険物が詰め込まれていた為だった。


「火薬って何だろう?」


 サフィも首を傾げる。薬なのに危ない代物とは、これ如何に。  


「俺らも詳しく知らないんだが、新兵器の一種らしい。今、暴れている兵隊が持ち込んだもので、近寄っちゃならねえと厳しく命じられてたのさ。今のデカい音は、爆発って言うんだよ」


 首根っこを掴んで助けてくれた大男は、燃え盛る建物を睨み付けながら、そう説明した。最前に体験した巨大な発火現象も、木賃宿で耳にした音も、爆発によるものだという。


「訳分からないな。油とは違うんか」


「油とかじゃなくって、黒い砂だってよ。たくさん集めると武器にもなる。火は天敵で、人間だろうが馬だろうが、軽く吹き飛んじまう。ほら、あの通りさ」


 建物は二回目の爆発で、全体が焔に包まれていた。まだ延焼していない部分に火薬が残っている恐れもあって、危険極まりない状況だと語る。 

 

「うーん、何だかよく分からないけど、あの建物に誰か取り残されてるってこともないのかな?」


「誰も住んでない無人の倉庫だ。保存用の食糧や古い農機具が置かれている。まあ、こんな火の勢いじゃ全部だな。諦めるしかない」


 昔は一部がうまやだったそうだが、今は使われず、生き物が居るとすれば、鼠くらいだという。


 人も家畜も居ないとなれば、別の方法で火を消し止めることが出来る。小さな黒魔道士は、漸く自分の出番が回って来たと知って北叟笑ほくそえんだ。



❁❁❁🦎作者より❁❁❁

主人公のサフィが、リーサル・ウェポンを放つ準備に入りました。大技すぎて対人用には不向きな特殊魔法です。

まあ、重力魔法グラビデなんですけど。FFファンにしか分からンのジャ。

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