02第二幕『砂の子供は震え、轟音が響き渡った』

「何が起きたんだ?」


 開口一番、助け出された男は、そう言った。戦さ場でうずくまっていたところ、鷹が地上の小動物を捕獲するかのように、いきなり連行されたのだ。もっともな発言だが、それは救助した側の台詞でもある。


 ふらりと街道から入ってみたら、逃げ惑う人と武器を担ぐ者が入り乱れ、町中は混沌とした状態にあった。遠くから見えた黒煙は、火事でも焚き火でもなく、弓兵が放った火箭による被害と見て間違いない。


「助けてくれたのね。有り難う。急に身体を持ち上げられたから驚いてしまったわ」


 女のほうは蒼褪あおざめているものの、やや冷静で、多少なりとも状況を把握する余裕があるようだ。弓兵が見下ろす箇所から大きな屋敷の裏手に移送されたことを理解している。


「おーい、サフィっち、そこか」


 金髪娘が、小っこい魔道士の名を叫んだ。彼女は大胆にも家々の屋根を飛び跳ね、直線距離でやって来た。そして高い位置から、するりと降下する。


「パドゥー、この人、やっぱり怪我してるよ」


 小っこいほうが相棒の名を呼んで迎えた。正しくはパドゥメ。少年風の髪型に露出度の高い服を纏い、見た目の五割が肌色だ。


「肩を斬られたのか。薬の前に消毒だな」


 パドゥメは女に向かって、男の服を脱がすよう求めた。救助された男女は、共に涅色くりいろのマントに身を包む。民族衣裳の類いだろうか。これまでの道中で、見掛けたことはなかった。

 

 男がマントを脱ぐと、金髪っ子は魔法で水を浴びせた。一瞬の呻き声。傷口は広くはないが、深いようだった。聞けば、射られた矢を無理やり引き抜いたのだという。

 

「毒矢ってことはないだろうな」


「夫は死んでしまうんでしょうか?」


 蒼白とした面持ちで問う。男女は夫婦者だった。女のほうは若く見えるが、男は酷い髭面で人相そのものがよく分からない。


「即死級のヤバい毒矢じゃないってことは確かだな」


 大量の水を傷口に注ぐ間、片割れの小っこい魔道士サフィは、天を見上げていた。外方そっぽを向くでも、周囲の警戒強化でもない。道具箱を天空から降下させているのだ。


 これも浮揚魔法の為せる技で、旅の便利グッズ一式を常に頭上高くに浮かせ、移動中も一緒に移動。喰う寝る休む時は、遥か上空で待機している。


 サフィが道中で背負う大きなバックパックは見せ掛けだった。中には軽い枕しか詰まっていない。


「あ、狙われてる!」


 ゆっくりと降下する道具箱二号に向けて火箭かせんが放たれた。二の矢に続き、三の矢。弓兵は一帯に複数配置されている模様だ。四の矢は箱に命中したが、刺さりもせず、火が燃え移ることもなかった。


「硬い木の箱って訳じゃないけど、凍ってるからね。矢も跳ね返しちゃう。それよりも薬だ。化膿止めの軟膏があったはず」


 地上に舞い降りた道具箱を引っ掻き回し、薬入れを探す。必要なものが底の辺りに逃げ隠れしていることは常識だ。そして限りなくゴミに近い不必要なものは上の目立つ箇所にある。


「お、見事に掘り当てた。最新版の薬入れ。これ、お尻のあなにこっそり塗ったりする軟膏だね」


 サフィは下ネタもいけるくちだったが、今は控えるべき状況だ。


「痔なん?」


 余計な情報にパドゥメが食い付いて来た。ここは向きになって否定すると話がややこしくなるので、軽く無視。止血と軟膏の塗布が優先事項である。


「これは済まない。魔道士と見受けだが、娘さんたちも旅人なのかい?」


 薬を塗りたくって布切れを巻くと、負傷者は少し落ち着きを取り戻した。その問い掛けから、救助した男女もまた過客と分かる。


「運悪く巻き込まれたってことかな。誰と誰が、何で争っているのか……この町の住民じゃないのなら分からないよね」


 夫婦者は揃って頷いた。住民たちが一心不乱に逃げる中、置き去りにされた恰好だろうか。妻女さいじょは尚も血の気が失せた様子で、夫を支える手も震えが止まらない。


「その辺の理由とか原因とか探るのは後回し。歩けるよな。二人は安全な場所に避難してくれ。僕らは火消しに行く途中だったんだ。あいつら町を焼き払う魂胆かも知れないし」


 危険な場所から遠去け、薬も塗った。出来るだけのことはしたつもりだ。夫婦者を置いて魔道士二人組が立ち去ろうとすると、妻女が小声で呼び止めた。


「子供が居るんです。さっきの場所から遠くないところに取り残されています」


 逃げる最中、逸れたのではなかった。子供独りを宿に残し、用事で外に出ていた時、折悪く戦闘が勃発。夫婦者は避難する住民とは逆に、慌てて町中に向かったのだという。 


 宿は目抜通りを進み、町の中心部に近い場所に建つと話す。お互い旅の者とあって土地勘も知識もないが、弓兵が陣取っていた建物の向こう側のようだ。


 サフィは少々戸惑ったが、これも何かのえにしと思えた。消火活動よりも優先すべき事柄である。


「任せときな。敵は兵士だろう。人間が相手なら造作もねえ」


 決断が早いのが、パドゥメの取り柄だ。義賊に育てられた経緯から、義理人情に厚く、人助けと聞くといたずらに興奮する性質たちである。


「案内するが、本当に大丈夫かい? 暴れているのは破落戸ごろつきじゃなく、剣も弓も持ったつわものだ」


虚仮脅こけおどしでもつよがりでもないよ。私たち二人で軍隊を軽く始末できるはず。殺戮とか、そんな怖いことはしなくても、まあ、一網打尽だね」


 その言葉に偽りはなかった。但し、活躍するのは金髪っ子のパドゥメで、黒魔道士のほうは指示役に徹する。精神操作系魔法は、人間ならば覿面てきめんに効く。 戦わずして無力化することが可能なのだ。


 二人は夫婦者を背後に従えて、通りに躍り出た。今しがた道具箱を狙い撃ちした弓兵だろうか、高い建物のいらかの上に矢筒を担ぐ輩の姿が見える。


「あそこに独り、それで向こうに二人」


 サフィが指摘するよりも早く、精神魔法が放たれる。狙いは正確で外すこともない。魔法を浴びた弓兵は、その場で昏倒。危うく屋根から転がり落ちそうになったところを今度は浮揚魔法で保護する。 


 例え野蛮な兵員であっても命を奪うことはしない。この二人の間の取り決めは、相手が亞人あじんや化け物でも概ね適用される。


「凄いな、娘さん。百発百中の一撃だ。それに無闇に殺めたりしないのも珍しい。いったい、あんたら何者かね」


「旅の者だよ。古き巡礼路を歩む名もなき旅の者。いや、名前はあるんだけど」


 途中まで台詞的にスタイリッシュだったが、若干、恥ずかしくなった。しかも、この場で敵勢を粉砕しているのはパドゥメの魔法で、小っこいほうは殆ど付き添いだ。


「最初に剣で戦う男を見かけたけど、激しい戦闘って雰囲気じゃないな。弓兵は制圧した場所を監視してるんじゃね。闇雲に火を放っている訳でもない。激戦地はもっと奥だ」  


 相棒の言う通り、地上に兵士の影はない。住民の大半は避難を終えたのか、通りを駆け抜ける者の姿もなく、見渡せる範囲に限れば混乱は収まりつつあるようだ。不気味な静けさと言い換えても良い。


「あの看板の宿屋です」


 薄汚れた看板の木賃宿きちんやどが横丁の入り口にあった。妻女が駆け込み、誰何すいかするが反応はない。宿の主人も小間使いも、戦火の拡大を恐れて逃げ出してしまったのか、もぬけの殻といった雰囲気だ。


「ほんの少し外に出ていただけだ。部屋に居るのだろう」


 パドゥメを先頭に軋む階段を昇ると、二階の奥から啜り泣く声が聞こえた。子供か女の声。開けっ放しの扉の向こう側、床に黒い塊が見えた。


「良かった。無事だったのね」


 探していた我が子である。妻女が黒い塊に抱き付くと、子供はぬっと顔を出し、そして大声で泣き出した。愛くるしい顔立ちの女児である。


 幼なは父母と同じ涅色くりいろのマントに身を包み、部屋の隅で怯えていたようだ。


 ほかに客の姿はなかった。宿の内外で騒ぎが広がる中、頼る両親もなく、怖い思いをしたに違いない。

 

「ワテエ、恐ろしかったゾ。男が入って来てナ、どこかに連れて行かれそうになったんジャ」


 どさくさに紛れ、女児を攫おうとした者が居たのか。娘は洟を垂らして哭き、話は要領を得ない。


「この服を見てナ、砂の子供ジャ、とか言っておった。探してる奴がおるんジャ」


 砂の子供とは何か?


 誘拐未遂を含め、サフィは妙に気になったが、詳しい事情を訊くいとまはない。町では複数の箇所から火の手が上がり、大火に発展する恐れもある。そもそも消火活動を目的に、相棒と町中に踏み入ったのだ。


「この辺は大きな衝突もないし、安全地帯と言えるな。三人は動かず、屋内に潜んでいるほうがいぜ。僕らはちょっと火消しに行ってくるからさ」


 そうパドゥメが指図し、二人が木賃宿から去ろうとした時、轟音が響き渡った。かつて耳にした覚えのない大音量で、窓枠もと震えた。 


「何だろ、今の音。火事とは関係ないよね」


 焚き火の薪がぜる音を何百倍にも大きくしたかのような音だった。サフィは故郷の村で体験した火山の大噴火を連想したが、町の周辺に大きな山は見掛けなかった。


 謎である。謎だが、戦闘と関連していることは疑いようもない。



❁❁❁🔮作者より❁❁❁

主人公の黒魔道士はサフィと申します。十四歳っぽい雰囲気。

旅の伴侶である金髪露出娘はパドゥメ。こちらは十四歳。


この二人の珍道中。すべてサフィの視点から物語られます。

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