眠れない黒魔道士のための夢幻曲《トロイメライ》

蝶番祭(てふつがひ・まつり)

第一話『彷徨える湖に赫い満月が鎮む』

01第一幕『火を吹く魔物とか、御伽噺の読み過ぎだ!』

 砂煙すなけむりが舞う中、屈強な男たちが全速力で走って行く。独り、ふたり、三人。最後の男は異様に長い剣を携えていた。単なる乱闘騒ぎではない。間違いなく、これは戦闘行為だ。 


「着いて早々、酷い有り様だな。見なかったことにしてかろうか?」


「そうもいかないよ。火事も起きているみたいだし、見て見ぬ振りなんか出来ない。絶対に怪我人も出ているはず」


 旅の少女二人は半身を晒し、家屋の陰から通りの様子を窺った。遠くには立ち昇る黒煙が見えるが、詳しい状況は不明だ。しかも焦げた匂いの元は、ひとつではない。町全体が何らかの危機に瀕している。


 怒号、悲鳴、絶叫、泣き喚く子供か女の声。全ては混乱の中にあって、逃げ惑う者とたたかう者が錯綜し、およそ秩序らしきものは見当たらない。


「魔物が暴れてるんじゃね? ほら、よく居るだろう。口からほのおを吐くやつ」


「そんなの見たことないでしょ。御伽噺じゃないんだから……」


 若干、矛盾を孕んだ発言だったようにも思えて、つば広の黒い帽子を被った少女は自嘲気味に笑った。


 いや、笑っている場合ではない。風雲急を告げて、目の前もその奥も、大混乱の只中ただなかにあるのだ。事態は深刻で、切迫している。


「魔物ってのは冗談だけど、人間ってのは、ある意味、魔物なんだぜ」  


「意外と含蓄のある言葉かも。って感心してる時じゃなく、私たちはどうすれば良いのかな」


「誰かと誰かが闘っているんだろう。報奨金を多く払う側に付く」


 金色の短い髪の少女は、割と真剣な眼差しで話した。金払いの宜しいほうに与するという次第か。それも道理であるが、彼女らしくない、と帽子の小柄な少女は思った。


 金髪っ子は、義賊に育てられ、常に正義と共に歩むよう叩き込まれたはずだ。そこに報奨金の有無が割り込む余地はない。


「義賊から学んだ義侠心とやらは、どこへ行ってしまったのやら」


「正義ってのは、形も決まりもなく、目紛めまぐるしく変わるものなんだ。どっちが正義で、どっちが悪だとか、そう単純に決め付けられない」


「はあ……また妙なことを言い始めたような。偉い人の金言っぽいけど、今は全然役に立たないし」


 全体像は少しも把握できない。視界に入るのは戦闘の一端でもなく、武器を携行する男と避難する女子供に老人だ。安全地帯に逃げる者は、身形みなりや年周りから、町民に違いなかった。


 彼らは保護の対象で、率先して守ることに異議も異論もない。それは二人の間で既に決定した事柄だ。逃げ惑う婦女子を襲う輩があれば、迷いなく制裁する。しかし、襲撃者は視界になく、状況は依然不透明と言える。


「衝突が起きているのは、通りの向こうだね。よし。一気に前進してみよう」


 珍しく帽子の少女が突入を主張した。普段は優柔不断の慎重派で、相方の金髪っ子が突撃型だが、この日は違った。迅速に対処すべきは、火の始末。黒煙はいよいよ量を増し、延焼する恐れもある。


「取り敢えず、消火活動か。それなら敵も味方も関係ないな」


 二人とも水魔法はお手のものだ。水量に申し分はなく、小火ぼや程度なら一瞬、燃え盛る紅蓮の焔であっても消し止めることは容易たやすい。


「商店の脇に細い道がある。先ずは、そこから廻り込もう」


 避難する婦女子と擦れ違う恰好で、二人は裏路地を駆け抜けた。のきが連なり、塀も高く、火元と思しき場所は見渡せないが、それでも、戦況は少しだけ理解できた。


 小径の奥で鍔迫り合いをする男たちの姿があった。湾曲した剣と細長い剣が火花を散らす。


 劣勢と見受ける痩せた男のほうは、つばのない箱型の帽子を頭に載せ、傷んだ編み上げ靴を履いている。恐らく、軍隊の一員だ。上着には等級を示す飾りも確認できる。


 もう片方は、上半身裸の上、素足。そこら辺のおっさん風で、突如襲って来た兵士に町民が立ち向かっているという構図だ。


「斬り合いかよ。本格的だな」


 そう呟くや否や、金髪っ子は二人に向けて魔法を放った。挨拶代わりとばかりに気軽に使うが、難易度の高い精神操作系魔法。剣を握った男たちは、間髪置かず、力無くくずおれた。昏睡の術式で、眠らされたのである。


「見たこともない変な帽子だけど、独りは兵隊に違いない。この町に集団で攻め込んだってことか?」


「兵隊の内輪揉めとかじゃなくて、軍隊同士の衝突なのかな。町全体が混乱しているっぽいし」  


 元から平和な町には見えなかった。旅の娘二人が街道から町の入り口を望んだ時、既に黒煙は二柱あり、打ち鳴らされる鐘の音も聞こえていた。


 火災が発生していることは承知だったが、激しい戦闘が繰り広げられているとは思いも寄らなかったのだ。

 

「寝ている人は放っておいて、火消し優先。このまま路地裏を抜けて行こう」


 帽子の少女はアズールブルーのローブを翻し、銀色の長い髪を靡かせ、入り組んだ路地をけた。


 それを金髪っ子が追う。こちらは異様に短い丈のズボンに袖なしシャツと身軽な服装で、後ろ姿は少年のよう。髪型もボーイッシュだが、性別を取り違えられることはない。目立つこと請け合いの不謹慎な巨乳の持ち主である。


「あれ、どっち方面だか分からなくなったぞ。飛んで行けば早いし、迷わないじゃね?」


「混乱してる最中に、妙な飛行物体が現れたら、面倒になるよ。弓兵もどこかに潜んでいると思うな」 


 小柄な黒帽子の少女は、世にも稀なる浮揚魔法の使い手で、宙を自在に飛び回ることが出来る。相棒を背負って一緒に舞い、空中から一撃を喰らわすことも可能だ。


 例え兵隊が相手でも、その戦闘力は互角以上、圧倒的。束になって掛かって来ても負けはしない。二人合わせて軍の小隊を軽く凌ぐ能力を持ち、この争いは二人の少女が加担したほうが勝つと言っても過言ではない。


 故に、どちらか一方を支援することには慎重にならざるを得なかった。見極めが重要だ。路地裏で右往左往しつつも、この魔道士の少女二人組が決定権を握り、実質的に戦闘を支配している。


「あいたた」


 小っこいほうがつまずいて転んだ。最高レベルの戦闘能力を備えている割には頼りないが、それもご愛嬌。いや、愛嬌を振り撒く余裕はない。結構な修羅場で、犠牲者が出るのも時間の問題だ。


「あの屋根を上を見ろ。弓兵だ。全然、潜んでないじゃん。丸見えだし。で、何だ、あれ。弓の先っちょが燃えてる。火の付いた矢だ」


 火箭かせんである。噂を耳にしたことはあっても、二人とも見た経験がなかった。獣の狩りなどに用いることはなく、熾烈な戦場以外では見掛けぬ得物えものらしい。


「あいつ、家を焼き討ちにする気か」


 そう叫ぶ金髪娘の手を握り、小っこいほうが地面を蹴ると、二人は軽々と宙に舞い上がった。浮揚魔法の発動である。敵か味方か、いずれが善か悪か吟味している場合ではない。戦さ場では僅かな判断の遅れが、敗北を招き寄せる。


 古い民家のいらかの上に立った二人は、ほぼ同時に弓兵を狙って氷結魔法を放った。水よりも即効性のある火消しだ。


 矢の先端、かぶらを凍らされた弓兵は驚き、慌てた素振りで周囲を睥睨へいげいする。


 そして、目がこちらに向いた刹那、金髪娘は再び精神魔法を放った。だが、弓兵は昏倒せず、武器を放り出して狂ったように踊り始めた。


「あ、いけね。ちょっと術式を間違えちった」


 お見舞いしたのは譫妄せんもうの術式だった。それを浴びた者は一心不乱に踊り出し、正常な意識を保てなくなるのだ。諸手を挙げて、腰をくねらす。通称、阿呆踊りである。


「あれ、目立ち過ぎかも」


「だって急いでたんだし、しゃーなしだろう。ほら、あそこ弓兵が狙ってた辺り、怪我人が居る」


 ひと組の男女だ。男のほうが負傷しているのか、項垂うなだれて家の壁にもたれ掛かっている。介抱する女は、連れを置いて逃げることが叶わないようだ。


 その姿を見るや、つば広帽子の小っこい少女は、猛禽類のような速さで飛翔し、地べたの男女を掻っ攫うと、再び上昇、戦闘地域から離脱した。怪我人が何者か、分からない。しかし、躊躇することはなかった。


 戦さ場で迷いは禁物。悩む前に翔べ、考える前に飛躍しろ。小さな黒魔道士は、随分と昔に、誰かが言った文句を思い出した。



(つゞく)


❁❁❁🧙作者より❁❁❁

みなさま初めまして、とか言ってみたり。蝶番祭と申す健全な執筆者です。「続編は春」と公言したにも拘らず、もう巴里五輪も目前だよ。あ、続編じゃないや、新作です。

さて、戦地に乱入した二人の少女は、いったい何者なのか?

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