閑話 サリューイ隊下女メメイの苦難 ②
雨が上がると、再び私たちは駐屯地を目指して進み始める。
ただ、さっきのやりとりで、多少打ち解けたのか、お互いに同年代らしく、親しげに話をする。
「それでグロカス副隊長がね。突撃の号令をかけたんだけど、その瞬間。
まるで地面が割れるんじゃないかってくらいの地響きがして、実際、自分たちの頭上の岩が崩れ始めて。
もうそこからは大混乱。でもあれだけのことがあって、なぜかみんな無事だったのは、女神様の加護があったんじゃないかって思うよ。
それで」
案外、ロッソは話したがりなんだと思った。別にそれが嫌というわけじゃなく、もう何年も同じ隊舎で過ごしてきたのに、お互いのことちっとも知らなかったんだなって気がついた。
「あれ、セブ王の離宮じゃない?
こっちのアブイ川と、向こうに見えるのがタテ川。初めて見たかも」
二つの川が交わる先は、三角の丘。その上にセブ王の離宮であろう遺跡が見える。
「本当だ、なるほど。これで街道まで戻ってこられたみたいだね。なら、駐屯地までもうすぐだ」
そして日が暮れる頃、ついに私たちは中継地点である駐屯地へと辿り着いた。
「話は聞いているよ。聖都の隊舎にかなわんが、ベッドは余っているから、君らで好きに使うといい。
ふふふ、我々はこれから夜警なのでな」
「あのこれ、サリューイ様から皆さんにって」
私が鞄から取り出した包みを見た彼らの目の輝きといったらなかった。
半地下の建物の中には、半月分の食料とベッドが備えられている。
文明から隔離された隊員たちが、多少狂気じみてはいるが、彼らが火を囲んで夜警を謳歌しているおかげで、安心して眠りに着けそうだ。
「ロッソさ、ロッソは寝ないの?明日も早いよ」
「いえ、先にどうぞ。俺は、その大丈夫ですから」
「そう?」
その日私は久しぶりに夢を見た。意外にもそれは、意中の彼との甘ったるいそれではなく、故郷の雪を纏った山々を眺めているだけの退屈なものであった。
◆ ◇ ◇
「うっ、お酒くさい」
近くの沢で顔を洗って駐屯地に帰ってくると、ボサボサの頭のロッソがまだ眠そうな目を擦って、着替えをしていた。
「すみません。すぐに用意しますね」
「ううん、ここからなら余裕があるし、ゆっくり準備していいよ」
結局、彼はそれからすぐに用意を完了した。
「じゃあ、出発しようか」
「ええ、では。しゅっぱーつ」
「お、おー」
出足はあまり好調ではないかもしれない。
◇ ◆ ◇
中継地点である駐屯地から、私の村までは、距離としてはいくばくもない。
しかし、それは平地を行く場合であり、山道となると話は変わってくる。
「そっちの子も疲れてきたし、そろそろ休憩しようか」
馬が首を伸ばせそうな沢の麓に荷物を下ろして、私たちも山から湧き出した冷たい水に足をひたす。
だんだんと故郷の匂いが近づいてくる。苔と腐葉と。強い生命の匂いを感じる。そこでふと、私はすっかりロッソの口数が減っていたことに気がつく。
「どうしたの?調子悪い?」
「いえ、調子はむしろいい方ですけど。その、なんというか、ずっとあの山脈を眺めているとメメイさんに好かれようと無理に口数を増やしていたのがバカらしく感じてきて。
別に機嫌が悪いとかじゃないですから。
むしろ、なんというか」
「ソヴィーユって言うんだよ。私たち、山の民では。なんだろう、自然体?みたいな」
「───ソヴィーユ。
そういうのもあるんですね」
どうやら彼の気負った心を、森が少しだけ軽くしてくれたらしい。そうか、私に好かれようと口数を。
いや、まて。彼はいま、私に好かれようとしていたのか。そして私も彼に好かれようとしている。
こういうのを両思いと呼ぶのではないか。
「あ、あー。そろそろ出発しようかな」
「はいっ。いきましょう。メメイさんの実家へ」
実家に里帰り。両思いの男の子と。
その後、私はその懐かしくも雄大な山脈に目もくれずに、愛馬と呼べるほどになった、荒馬の風に靡く鬣ばかりを見つめていたのであった。
◇ ◇ ◆
蛇行する山道を登り、時たま牛車を引く住民とすれ違いつつ、ついに村の近くへとやってきた。
「いい?とにかく、私が村の人に説明するから、くれぐれも勝手な言動は控えるように」
「ええ、大丈夫だと思います。あくまで俺、いえ私は、サリューイ隊のいち騎士として、メメイ殿の護衛を仰せつかったものです。
みなさん。こんにちは」
「いらないから、黙って立ってればいいから」
「いえ、流石にそういうわけには」
お互いに一歩も譲らず、2人は村の入り口に馬をつないで、石段を上がっていく。
「これがメメイさんの故郷。アシの村か」
私たちの眼前に、山々の谷を開墾して作られたアシの村の全体像が広がる。
その姿は、呆れるほどに私がこの村を出て行った頃のものと変わらずに、まるでここだけが偉大なる時間の魔の手から逃れているのではないかとすら感じる。
「あら、まあ」
恐らく私たちがここへと登ってきていることを知った知り合いや親戚が、私たちをありがた迷惑ながら一同で迎えてくれる。
「おーい、メメイの親父やーい。
娘が婿どの連れてきたでよー」
「ちょっと、違うから。ほんとにやめて」
そう言いつつ、実際には騎士であるロッソを従えての凱旋は、恥ずかしながら優越感を感じるものではあった。
「メメイやぁ」
母親と抱き合うと、何年も会っていなかったはずなのに、嗅ぎ慣れた香りがして、急な安心感で足から力が抜けてしまう。
ああ、私はここに帰ってきたのだなと思った。
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