閑話 ウラヌス家の人々 ①

 ラドミアのその領地は、古くからある名家が治めていた。はるか昔、海だったであろうこの土地は、およそすべての利用価値がそれひとつに限定されており、その利用価値を理解しないものからすれば、単なる荒れ地にうつるかもしれない。

 ラドミア大陸中央部に位置している。それため、生命の活動に実用不可欠な栄養分である、ある成分が不足しがちである。


「おらおらおらおらおら!!!」


「こいつはどうだ!」


「なあ、兄さんたち。黙って商品開発はできないのかよ」


 そのキッチンでは、類稀なる体格を持って生まれた、益荒男のラドミア男児たちが、新商品の開発にせいを出している。


「何この部屋の空気。塩からっ」


 ウラヌス・レメテは名家ウラヌス家に生まれ、その類稀な戦闘能力を買われ、父のウラヌス塩田伯の跡を継ぎ、聖都十二騎士団の隊長を務める才女である。

 しかし、ウラヌス家の才能は彼女だけに受け継がれたのではなかった。


「姉上ではないですか。少しお待ちを。今、紅茶を淹れましょう」


 ウラヌス・ケントゥリアス


 生後2ヶ月でハイハイをマスターし、その後、5ヶ月で歩き始め、3歳で野犬を素手で撲殺したという逸話を持っている。

 ウラヌス塩田では、全体の指揮監督を行う。趣味は、木材加工。


「いいえ、あなたが淹れると塩辛いからいやよ」


「おう、姉貴。久しぶりだな。少し太ったか?」


 ウラヌス・テトラポッテス


 生後2ヶ月でハイハイをマスターし、その後、5ヶ月で歩き始め、3歳で野犬を素手で絞殺したという逸話を持っている。

 ウラヌス塩田では、生産の現場監督を行う。趣味は、野鳥鑑賞。


「ぶっ殺すわよ」


 と言い終わる前に、レメテの冷徹な正拳突きが彼の鳩尾をとらえる。


「ちょ、ちょっと。姉さんも暴れないでよ」


 ウラヌス・サジタロト

  

 生後2ヶ月でハイハイをマスターし、その後、5ヶ月で歩き始め、2歳半で野犬を圧殺したという逸話を持っている。

 ウラヌス塩田では、商品開発を行う。趣味は、陶器収集。


「相変わらず、あなたたちキャラ濃いわね」


 ウラヌス・レイテ


 生後1ヶ月でハイハイをマスターし、その後、3ヶ月で歩き始め、2歳にして野犬を手刀で刺殺したという逸話を持っている。

 ウラヌス塩田では、主に味見係を務める。


「それで、姉貴は一体何をしにきたんだよ。聖都が乱れてんのは、流石に俺たちにも分かるぜ。

 力を貸して欲しいなら、いつでも俺たちは手を貸すが」


「いいわよ。あんたたちみたいなヒヨッコが来たって役に立たないわよ。

 最低でもわたしに勝てるようにならないと」


「聖都の騎士たちは、本当に姉上に勝てるのか?正直、信じられないが」


「うん、騎士団って人間は少ないのかな」


「はあ、そうだ。父上はどこかしら。そもそも、あの人に用があって来たんだけれど」


 ウラヌス家と一概にいっても、宗家と本家が存在して、その屋敷も複数ある。

 また領主であるウラヌス塩田伯は、年のほとんどを周辺国への周遊に費やして、彼なりの形でラドミアの平和を日夜守っている。

 しかし、それを理解しづらいのが子供達である。


「父上はしばらく留守にすると。次の月には帰ると思うが」


「そんなに待ってられるか。しょうがない、わたしの方から会いに行くしかない。

 ねえ、爺や」


 彼女が手を叩くと、何処からともなく白髪の使用人が現れる。


「これはお嬢様。お久しぶりです」


「あなたが元気そうで良かったわ。あと100年は生きてちょうだいね」


「ありがたきお言葉。なるほど、お館様を追いかけるために馬車が必要と」


「まだ何も言っていないけれど、その通りよ。流石ね。急ぎだから、最高級のものでなくても構わないわ」


「かしこまりました。最速でかつ最高級の馬車を用意いたします」


◆ ◇ ◇


 ラドミアの馬の品種は大きく分けて二つである。北部の高地で育ったブラオと、西方の広大な平野で育ったキテイである。

 ブラオは継続距離に優れ、逆にキテイは瞬間的な爆発力に優れている。


 そこでキテイを用いる人々は考えた。このキテイを交換しながら馬車を引かせれば、とてつもない速さで移動できなではないかと。


 そして残念なことに彼らは、馬にまたがるということと、馬車に最低限の乗り心地を求めるということをすっかり忘れてしまったのである。


「なんだ!?あの馬車は。とんでもねぇスピードで突っ込んできやがる」


「おい、馬鹿やろう。その先は緩やかな左から、きつい右のカーブだぞ。減速してやり直すスペースはもうねぇ。

 あ、あれは慣性ドリ」


 その美しい馬車は、とてつもない慣性によって、横転し粉々に砕け散った。

 興奮した馬だけが、そのカーブを走り去っていく。


 そして、その瓦礫の中から、ボロボロのドレスを引き裂きながら、ウラヌス家の嬢王が登場する。


「やっとついた。待ってなさいよ父上」


 ラドミアの北東には山脈が、そして東には巨大な内海が、では西には何があるのか。その答えは、何もないである。そう、特筆すべき地理的要素は存在しないのである。あえて述べれば、広大な平野が際限なく広がっている。そのため、穀物の生産などに向いている。

 以上である。

 しかしこれが政治的、軍事的視点に立てばまったく事情が変わる。

 起伏のない広大な平野部などは、どうやったって諸外国の侵略を防げないのである。なので、周辺国も特に兵士を駐屯させるということもなく、領地を奪われれば奪い返し、奪った領地はすぐに奪われるといった、この大陸の中世的停滞をよく表している地域が、このラドミア西部に広がる、デメロ平野である。


 ただし、当然この修羅の地にも領主がおり、命懸けで領地を守護しているのであるが。


「これはこれはウラヌス殿、遠いところ、ご足労いただき」


「おひさしゅう。塩田伯。今回の祭りでは、なんぼほど領地がいただけるか、ほんま楽しみですわ」


「遅い!!我は貴様の三日前にはこのデスカリト城に入場したぞ。どうだ、悔しいか。悔しいだろう」


 ウラヌス塩田伯は彼らの暑苦しい歓迎を無視し、円卓に腰を下ろす。


「それでは、これから領土割譲ゲームを始めさせていただこう」


◇◇◇


 北リレーム大陸にディーンニムという国があった。ディーンニムとはディーン人の集ったという意味であり、その名の通りディーン人の国である。

 では、ディーン人とは何か。彼らは古くは北リレーム大陸を支配していた古代文明を構成していた人種の一つであり、文化的にはそれを正当に後継していると主張している。

 その一方で、彼らは古代文明において、奴隷として周囲の島々から買われた人々の集団が起源だとも言われている。実際、彼らの大半が内陸部に居住しているにも関わらず、ディーン人の伝承には海辺での生活の痕跡が見て取れる。


 一方でディーンニム自体はその国土の殆どが肥沃な平野であるため穀物を中心とした農耕が根付いている。大陸の食物庫としての役割を持ち、北レリームの人々の主食である麦や、果物を主にしてそれらの国家とも交易は盛んである。


 それでも近年は海洋貿易技術の進歩により、大陸での食糧生産における独占的な立ち位置は翳りが見え始めており、それに代わる収入源を必要としているというのが商人たちの世評である。

 

 「どうもお世話様です。私、今回のゲームマスターを務めます、ミズズ村のアイッサと申します。それでは今回の領土割譲ゲームの舞台設定を紹介させていただきましょう。今回は穀物が豊富な土地を正しく統治し、強大な軍事力を持つ他国からの侵略から領地を守っていただきます。

 そして、毎度のことながら、ゲームの成績上位者が現在の緩衝地帯の所有権を得た状態で半年の休戦協定を結んでいただきます。

 ここまでの条件を吞んでいただける、精強な領主だけが円卓に残ってください」


「あの、大臣。いったいこれは?」




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