閑話 イァハの下町塾 ②

 聖都十二騎サブーフ隊隊舎

 応接間


「悪いわね。近くまで寄ったからって紅茶まで出されちゃって。ふむ、このお茶菓子おいしいわね。

 何てこと。この塩クッキーはウラヌスの塩田で製造された塩を使っているから、こんなに深みのある味がするのね。いったいどこで売っているのかしら。あらやだ、ウラヌス・レメテ隊の隊舎で出来立てが食べれるなんて、みんなに教えてあげなくちゃ。

 ウラヌス家の塩クッキー、好評発売中よ。絶対買いなさいっ!!」


 サブーフがなけなしの金を絞って新調したソファに寝転がるのは、騎士団の同僚であり、友人のウラヌス・レメテであった。そして彼女はなぜか、自分の隊で販売している菓子を奇妙なテンションで、それも彼と二人きりの応接間で紹介したのだった。


「その、私が何か君の機嫌を損ねるような言動をしたのだろうか。もしそうならば、謝ろう。だから、まずはせめてソファに乗るのなら靴を脱いでくれるかい」


 サブーフが諫めると、彼女はさらに態度を悪化させる。ついにソファの上で逆立ちになって、本来腰を預けるはずのそれで腕立てを始めてしまったのである。

 

「あのねえ、せいぜいその優秀な頭脳で考えなさい。それはそれとして、私を呼び出した用件を聞こうか」


 彼女は腕力だけで宙返りし、きれいに尻から着地する。


「あ、ああ。それなんだけど、『暁光ぎょうこう』って奴隷売買グループを覚えてるかい」


 今まで多少は残っていた彼女の高揚は、騎士の仮面の内に消える。頭をかき、テーブルに肘をついて、ため息を吐いた。


「ええ、忘れることはできないわ。わざわざその名前を出してくるってことは、どうしても思い出してほしいことがあるんでしょう。いいわ、それで何が聞きたいの?」


「実は、『暁光』の主犯格だった二人の魔術師がイシュタッドの監獄から脱走して、現在聖都近辺に潜伏している可能性が高い。というか、私は聖都で潜伏してるとみてまず間違いないと考えている」


 彼女は苦虫をかみつぶしたような顔で、長い髪をかき上げる。


「だからわたしは、首を刎ねておくべきだって言ったのよ。はあ、聖都に潜伏。あなたがそう言うのならばそうなんでしょう。まず、間違いなく南区ね。

 事件の中心にいたわたしから言えることがあるとすれば、彼らに正攻法は通じない。けれど正攻法以外で彼らを追い詰めることは難しい。そんなところかしら。わたしも協力したいところだけれど」


「いや、分かっているさ。ここ最近どうも魔獣の活動が活発だ。南区のこととなると、グラスチ殿に助力を乞うのも難しいだろうね。多分、彼らもそのことを逆手にとってこうどうしているはずなんだ」


「事情は分かったわ。わたしが知っている範囲の情報を話すわね」




 『暁光』と呼ばれる奴隷売買のグループは、ラドミアやその周辺国の乳幼児を誘拐し、奴隷の売買が合法であるイシュタッドに彼らを不法入国させるという手口で金を稼いでいる。

 大陸全土で言えば、奴隷は一般的なものであるが、奴隷であっても人間として尊重するための最低限のルールが存在する。


 例えば奴隷は使用目的を明らかにしなければならない。私兵として扱うのなら傭兵奴隷、技術職に就かせるなら職人奴隷、女中や屋敷の管理をさせるのなら家内奴隷といったようにそれらを分類し、もとの用途以外で彼らに仕事を強制することを多くの国が禁止している。


 性奴隷も存在するが、これは娼館で働かされるものたちの名称であり、年齢制限がある上、ラドミア諸国では個人で所有することはできない。

 そのため性行為目的で売買される未成年者のことは少年奴隷と呼び、その売買はイシュタッドであっても厳しく罰せられる。


 この諸国の奴隷制度の穴を潜り抜けようとする組織が、いわゆる奴隷売買グループと呼ばれて各国から危険視されている。

 

 『暁光』は特に、イシュタッドで伝統的に用いられる師弟制度と魔術学校の組み合わせで、多くのラドミアの子供をイシュタッドに送り、その多くが魔術を扱える傭兵として売買された。


 その被害は甚大で、聖都で確認できるだけで、年に700人近い子供がイシュタッドへ売られたとされている。これを問題視した騎士団と数名の領主は、協力して『暁光』の施設に討ち入り、首謀者2人を含めて数名の魔術師の身柄を抑えた。

 しかし、情報は秘されたが、彼らに洗脳された魔術を用いる子供たちの抵抗にあい、騎士団は彼らの掃討を余儀なくされた。


 これが現在確認できる『暁光事件』の内容である。


「レメテ、紅茶を淹れてもらった。飲むといい。

 すまなかったね、辛い話をさせてしまって」


「わたしは別に騎士になることが、ただこの街を守るだけの、単純な役目だなんて思っていたわけじゃない。

 でも、やっぱり人間だから。どうしても、暴力装置に徹するのは難しいわ。あなたが、わたしと同じ目に合わないことを願っているわ」

 

◆ ◇ ◇


 ハバキ区

 正午


「イァハにぃ。今日も来てくれたんだ。さいきんずっといそがしかったでしょ」 


 瓦礫を漁っていた少女がイァハを見つけて、手を振る。


「おお、レンか。ごめんな、寂しくして」


「えー、さみしくないよ。うそうそ、ぜんぜんさみしくなかったから」


 恥ずかしそうに壁の向こうに隠れる。


「あれ、他の奴らは?」


「うーんとね、『おしごと』があるからって。レンはおいてかれちゃった」


「なあ、レン。そのお仕事ってなんだ?みんなはなんて言ってた?誰かに誘われたのか?」


「ううん。よくしらないの。こわい、イァハにぃのかお、こわいよ」


「レン、よく聞いてくれ。サブーフ隊の隊舎は分かるよな」


「う、うん」


「入ったら、近くにいる人なら誰だっていい。イァハは任務を、いや。『イァハは動きます』とだけ伝えてくれればいい。

 できるな?」


「ま、まかせて。ぜったいがんばる」


「よし、たのんだぜ。レン」


 少女が走り出したのを見送り、イァハは瓦礫の山を飛び越えて、東へと向かっていった。


◇ ◆ ◇


 サブーフはいつになく険しい顔つきで、彼を見つめている。


「本当にいいんだね、イァハ」


「ええ、恨まれる覚悟はできています」 


「そうじゃない。私はあくまで君の心配をしているんだ。

 確かに君は軽薄な態度をとることも多いが、一方で責任感が強く、それが今回の作戦では凶となるのではないかと心配しているんだよ」


「それでしたら大丈夫です。彼らともよく話しました。それに、俺は騎士団きっての天才魔術師ですよ?

 命に変えても、あの子達の身の安全は保証します」

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