12-3

『ふん、誰がお前となぞ。それよりも』


「言われずとも分かっていますよ」


 水神が背にして立っていた壁を貫いて、魔王イズリールの放った大剣が死角から迫る。


『我が主よ。あなた様のご帰還を心よりお待ちしておりました。

 ───ですが、いくつか申し上げたいこともございます。もうお分かりでしょう』


「い、今は。我ら結束し、目の前の強大な敵に立ち向かわなければなりません」


 水神はいくらか聖剣アーカーブの冷たく鋭い声に狼狽えながら、事もなさげに背後からの一撃を、今度は聖剣を振り下ろして一蹴した。

 弾かれた剣は瘴気を散らして、魔王のもとへと返っていく。


『あなた様はいつもそうではありませんか。イズリールを溺愛し、彼の堕天を見逃して。神魔戦争の最中にあってもその甘さと計画性の無さで、勝てる戦いをむざむざふいにして。聖剣であるわたしを隠したのも、イズリールを討ち取る覚悟がなかったからでしょう。

 この期に及んで、宿敵でった魔剣の援けなど借りて』


『なにをごちゃごちゃ言っているんだ。

 水神の魔力が波打っているぞ。相手にしているのはあの魔王だぞ』


『なにが「神のを終わらせましょう」ですか。まず断つべきは、目の前に立つあの邪悪な魂を宿した少年への未練でしょう。手元を離れた幼鳥をいつまでも追いかけて、いい加減になさってください』


「ご、語弊がありますね。これでもほとんどの権能を失いながら、彼の蛮行を止めるために、あなたたちをここへと導いたり、それに相応しい使い手をあなたが召喚できるように手を回したりしていましたから」


『なにが相応しい使い手だ。あんなとぼけた小僧を寄こしおって』


『あの顔でしょう。魔王だったころのイズリールにそっくりではないですか。命運を託すついでに品定めをして、自分好みの若い男に唾をつけて。そんなことだから滅んだのですよ、神族は』


 どんと衝撃が響き、周囲に赤い双眸が揺れる。


「もう十分だよ。いい加減、くたばりなよイズラフマ。見たところ、もうお前は神と呼べるような代物じゃない。そのおかげで僕から身を隠せたのは幸運だったかもしれないけれど、君らと違って僕はあらゆることに備えてきたんだ。

 大人しく星玉せいぎょくへと還るんだね」


 放たれていた無数の悍ましい獣が、主人の命によって水神たちを取り囲んだ。


「───彼の言う通り、私はもはや抜け殻同然です。そこの瓦礫の陰にあなたたちの新たな主人が見えるでしょう」


 水神が見つめる先には、今の短いながら、壮絶な戦闘の衝撃を生き延びたフレキが肩で息をしながら横たわっている。


「愚かな主人と古い宿敵からの最期の願いです。

 イズリールの野望を叶えさせてはならない。しかし、私の魔眼をもってしても、彼を打ち倒すすべは見つかりません。

 ですから、あとはすべて悪あがきに過ぎません。

 多分、世界は彼によって終わるでしょう。けれど、どんな強固な壁も少しの亀裂さえあれば、それが崩れることもありましょう」


『おい待たんか。貴様の魔眼で見えぬ未来だと?そんな勝ち目のない戦いをしろというのか』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る