12話 旅立ちの日

 フレキは逆城の床めがけて落下する。

 上下が反転、したのではなく、今まで逆さまだった彼の世界が正常に戻ったという方が正しかった。


「だひゃー」


 すすに似た埃を舞わせて、瓦礫がれきの上に落ちた彼にその場にいた三者が驚く。


『相も変わらず、こやつはまともに姿を現すこともできんのか』


『いったいどこから』


 起きあがろうとするフレキを、あの少年が見つめている。その背後の、崩れた壁の向こうでは、未だひび割れた石英が、極寒の雪原に降る細氷のように光り輝いている。


「ねえ、君はいったいどこから湧いて出たんだい?周囲は僕の斥候がわんさかいたと思うんだけれど」


 聖剣と魔剣のそばに立ち、じっとその乱入者をその青緑の両目で探っている。


「また廃城に不似合いな。さっきの薄気味悪い女といい、ここは変なやつの溜まり場なのか?」


「訊いた問いに答える気がないなら、少しくらい痛めつけるのもいいかもね」


 その少年は、フレキに握った手をかざす。


『おい、あの馬鹿は』


「アーカーブに教わらなかったかい。敵の、特に魔術の使い手が敷いた陣地には、容易に足を踏み入れるなって」


 少年はその手の開く。その僅かな陰から黒い水滴が地面にこぼれ、先ほど城の周りに散っていった悍ましい獣がひとつ、喚び出される。


「またそうやって訳のわからんことをして。あの女もせめてなにか、少しぐらいは状況を説明していってくれればいいのに」


 ぴくりと少年の眉が上がる。


「女と言ったね。待ってくれ。

 なあ、君はその女にここへ連れてこられたのかい?どんな女だった?小うるさく鼻につく、白髪の大柄な女かい」


「彼女についていけば、そこに刺さる、傍迷惑な迷子の剣が見つかると言って来てみれば。

 いや、確かに探し物は見たかったし約束通りにはなったのか」


「間違いない、今の衝撃と空間の亀裂。あの女の姿隠しの術が解けたからだ。そうならば、いつここへ忍び込んだ?この培養炉プラントを造る前から?

 いや、そんなことはどうでもいい。これでやっと、邪魔者がこの地上から一掃されるんだ。本当に心が晴れるよ」


『それならば、我らようなちっぽけな存在は、見過ごしてしまってよろしいでしょう』


「ははは、そうかも。でも、せっかくだから、君たちには僕の試作の養分にでもなってもらおうかな。うん、それがいい」


『おい、アーカーブ。いまさらそんな命乞いを』


『ふむ。やはり、あの半獣を造るにはそれなりの資源が必要なのですね。聖都からの客人たちには悪いですが、一度、お帰りいただきましょう』

 

『なんだ急に。お前、いつもの嘘くささが一層酷くなっているぞ』


『はあ、それにしても、あれほど手入れに苦労した聖剣が、こんな不細工な錆まみれになっているなんて。

 テネブラエは元から血生臭いなまくらでしたから、まだしも』


『うっ、まさか。お前は』


「久しいね、イズラフマ」


 舞い落ちる細氷が、その姿形を縁取って、少年の前に立つ。幼い魔王の足元にあったはずの、二つの剣を持って立つは、さきほどフレキと共にいたあの女だった。


「さあ、業深く、夢寐むびに似た神のを、私たちで潔く終わらせましょう」


「嫌だね。僕はもう人間なんだから。ひとりで勝手に昔を懐かしんでなよ、婆さん」


 魔王イズリールは、そばで怯える魔獣を引き寄せて、粘土のようにこね、ひとつの剣を生み出した。


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