11-4

「なにをおっしゃるのですか」


「さっき、あなた方と言っただろう。それも、あのぱっと見、鉄屑にしか見えない剣を。あなた方と呼んで、まるで人のように認識していた。

 そもそも、こんなところにいてなぜそんな綺麗な身なりなんだ。こっちは半日と経たずに半裸だぞ?」


「それは───私の言い間違いです。ごめんなさい。あと、服は毎日取り替えているのです」


 女神と名乗る女は、白々しい笑みを浮かべ、身に纏ったきめの細かい生地のローブを揺らす。

 彼はその弁解を受けて、腕を組み、目玉を一周させる。


「言い間違い、か。なるほどなぁ。ごめんな、こちらも思い違いをしていた」   

 

 男は「なるほどな」と納得し、「僕も言い間違えることは度々あるのだ」と彼女をフォローしつつ頭を掻く。

 すると後頭部に鋭い衝撃が走った。


「どうなされました?」


「いや、何かが頭に落ちてきたような」


「冗談がお上手ですね。落ちてくるのならば、頭ではなく」


 そこまで言って彼女は片手で口元を覆う。男はその先を察して、あれを守るように両手を股に挟み込む。


「心配なさらずとも、足元の岩盤が崩れるようなことはありません。ところで、さきほどの口ぶりでは、お連れの方とはぐれてしまわれたのでしょうか?」


「ああ、連れ添った覚えはないが、剣を2本無くしてしまって。うるさいから、近くにあればすぐに見つかるはずなんだけれど」 


「剣がうるさい?」

 

 男は「そうだ」と思いついたように続ける。


「元はといえば、この塔の中腹あたりで拾ったんだが。あんたがここの住人なら、あいつらのことも知っているんじゃないか?」


「申し訳ありません。私もこの塔の隅々までは把握できていないのです。

 ですが。

 城の仕掛けを用いれば、その剣を見つけることができるかもしれません」


「もしかして、また魔術とやらか」


「魔術の心得がおありで?」


「───波のない湖で、平たい石を水面に投げると、何度も跳ねながらまるで水鳥のように素早く飛ぶのだが、あれは魔術だろうか」


「違います」


「なら心得はない」


「───わかりました。とりあえず、城へと向かいましょうか」


「わかった」


「ところで、あなたの名前をお聞きしてもよろしいでしょうか」


◆ ◇ ◇


 琥珀の光が届かない逆城の中、人影が揺れる。その人影は割れた花瓶の破片をひとつ摘み上げ、それを手のひらにのせる。するとその欠片は割れた天窓をすり抜けて、上へと落ちていく。

 

『何万年ぶりだ?我らが魔族の始祖にして、どうしようもない暗君よ』


 床に乱雑に散らばった瓦礫の上に魔剣テネブラエと聖剣アーカーブは突き刺さっていた。


『生きながらえているのだろうと思っていましたが。どうせなら、今ここで自身の腑をぶちまけ、尻からは血を吹き出して死んでください』


 その双剣の罵倒を受けたその影は、天窓から差し込んだ光のもとで姿を晒す。


「ふたりとも、久しいね」


 かれらの前に現れたのは、小綺麗で凡庸な見た目の少年だった。


『神の権能を剥奪され、魔に身を蝕まれて、辿り着いた先が人間の、それも幼な子の姿とは。

 魔王イズリール。そうまでして、あなたは何を求めるのですか』


「好き好んでこんな姿をしていると思うかい?」


「───違うのですか?」


「違わないよ。好き好んでこんな格好してるんだなぁ、これが。

 神の代は遥か昔、いまは人の時代だよ。案外慣れてみれば、悪いものでもないさ。

 そうだ君の持ち主は元気?」


『それは、あなたの方がよく知っているはずです。神魔戦争の終結後、我が主人はわたしを御隠しになり、ひとりで』


「ああ、そうか。思い出したよ。

 でも、君には教えなーい。そっちの方が面白そうだ」


 少年は歪んだ表情も、下卑た笑みも浮かべずに、穏やかに微笑みながら、艶やかに美しい模様の描かれた革靴で聖剣を踏みつける。


『このっ』


「でも彼が命懸けで隠した聖剣、それが、のこのこ現れてくれるなんて。なんて幸運だ」


『おい、我らが王よ』


 それを横で見ていたテネブラエが彼に問いかける。


『神代は遥か昔。

 しかしだ。

 そなたは我々を見捨てて、未だ生きながらえている。その小さな胸の内側に、僅かなりとも悔悟の情はあるのか』

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