11-2

 琥珀色の輝きに目を奪われる。そして彼は目の前に広がる光景の可笑しさに対して、首を傾げ、さらにそこからさらに体を倒して、ほとんど逆さになった目線で周囲を一望した。


「──逆さの城だ。僕ら以外、いく。あれ?僕たちが逆さに上っているのか?なあ、これって」


 男が振り返るが、そこのあったはずの二振りの剣は忽然と姿を消していた。 目に映るのは、外壁から漏れ出た澄んだ水流が、水簾となって上へと流れ落ちる奇妙な光景だけで、その水しぶきは琥珀色の明かりを含んで、火花を散らしているかのように見える。

 彼は立ち上がって歩き回り、それなりの声量でいなくなったかれらを呼ぶ。


「なあー、急にいなくなられると、こっちも驚くんだが。なあ、どこにいったんだ、あーかーぶ。て、


 彼は耳を澄ませる。しかし、聞こえるのは流れ昇る瀑の声だけで、あの嫌味な聖剣の返事や、名を間違えられたことに対する魔剣の怒声は返ってこなかった。


 そのうち円盤は降下を終えて、地面と思しき石英で出来た角柱の林に辿り着いた。男はその石英に恐る恐る足をつける。すると、触れた部分が、そこかしこに見えるあの琥珀色の灯りを宿す。

 その灯りは、触れずとも心地よい暖かさを放っているように思われた。男は数歩すすんで振り返り、その美しい足跡を眺める。


「綺麗でしょう」

 

 高く伸びた石英の柱の上に、人影が見えた。男はその影に目を向けながら、後退りする。


「ごめんなさい。驚かせてしまったかしら」


 その影は艶やかな黒髪を揺蕩わせて、綿毛が舞い落ちるように男の側へと降り立つ。男の足元から漏れる灯りがそのものの有り様を、彼の目に明らかにさせた。


「私はこの塔のあるじである女神です」


 そう口にする彼女は、均整のとれた顔で微笑み、その立ち姿はこの空間に溢れる暖かな光を身に纏っているかのように輝いて見えた。

 彼もしが画家であったならばその光景を描くことに生涯を捧げるだろうし、音楽を嗜んでいたならばその心持ちを重厚な音色で表現しようと苦心したであろう。彼女の一挙手一投足が芸術的であった。

 

 ただしそれは、文化的に開かれた人々に限る。


「こんな薄気味悪いところに住んでいるのか?

 悪いことは言わないから、近くの街にでも移った方がいい。

 食えるようなものはないし、飲み水にだって困るだろう」


 女神と名乗った女はその返答にきょとんとして口を開く。


「す、住んでいるというか、ここを管理しているというか」


「こんなにでかい山を1人でか?大変だろう」


「まあ、それなりには」


「悪いけど、なにか口にできるものはないか?昨日から飲まず食わずで」

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