11話 顕現

「まだ半分くらいじゃないか?」


『あそこに何か記されていますが、そうそこに』


 男が身を屈めて壁面に刻まれた文字を読む。


「ええと『カンゾの香を焚き、身を清めよ』だとさ。かんぞ?とりあえずなにか燃やしてみるか」


『ではあなたのその小汚い腰巻きを燃やせば良いでしょう。

 ちなみにカンゾとは先ほど見た、塔の頂上に咲いていたあの白い花のことで、その根を乾燥させた抹香は、ある神族が愛用したと言われていますね』


「そんなの先に言ってくれなきゃ困るんだが。また取りに行かないと」


 男がそう言うと地響きが起きて、文字の刻まれた壁のすぐ下の窪みから、壁が手前に伸びる。その壁の引き出しの中、青銅でできた三つ足のさかずきがあった。


「なんだこれ」


 男が覗き込んだその杯の中には、薄茶色の粉末が僅かに溜まっている。


『おそらくそれがカンゾの香でしょう』


「なんだ、こういう時の為に用意してくれているのか。助かったな」


『「助かったな」ではないでしょう。テネブラエ、あなたも気がついたはずです。この塔に我々を呼び寄せた者の正体を。

 さあ、姿を表しなさい』


 再び地響きが起こり、今度は杯を出した横の壁が突き出してくる。


「これは、火種だ。どうやって香に火をつけようかと思っていたんだ。わざわざ準備してくれたのか、ありがたいな。

 それで、この向こうにいるのはお前たちの知り合いかなにかか?」


 男が香に火をつける。杯の口から漏れ出た白く細い煙が、聖剣の光の中でゆらめいている。


『もういいでしょう。茶番は終わりです』


 すると今度は、先ほどと比べ物にならない地響きが辺りを揺らす。そして、突き出した壁の引き出しが前後に激しく往復し始めた。


『返して欲しいのではないか?』


「なるほど、確かにな」


 男は残り香を体に纏わせて、その香の入った杯をその引き出しへと戻す。かれらの予想通り、その杯が壁の中へと戻ると、その地響きはぴたりとやんで、今度は底の分厚い岩盤が十字に割れて行く先が開く。


『くっ、相変わらず、そうやって相手を愚弄して』


 聖剣は


「なんだか、様子がおかしいんだけど」


『気にするな。

 お前は我を持ってこの塔から出ることだけを考えておけば良い。もちろん、オブスキュラシオのことは忘れずにな』


 再び円盤は降下を始める。岩盤の関門を抜けると、がらりと周囲の様子が変わる。殺風景な岩盤と不気味な暗闇から抜け出す。

 

 琥珀色の光が三者を包み込む。そしてその広い空間と、20年前に闇に飲み込まれたはずの、偉大なるラドミアの聖都が姿を表した。

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