10-6
水面に波紋が広がる。仕掛が動くような音がして湖の水が沈没していく。円形に広がったその湖自体が真二つに割れて、驚いた男は必死にその円盤に手をかける。
「うぉぉぉ」
男の腰まであった水嵩の湖は、一瞬で男の足下、深淵と呼ぶに相応しいその穴へと落ちていく。
男が足をかけ、その浮遊する円盤の上に避難した時、おそらくはるか底、水が叩きつけられたような音が反響しながら返ってきた。
「これ急に落ちたりしないよな」
彼は淵に這いつくばりながらその穴を覗くが、巨大な建造物が与える恐怖心からすぐに顔を背ける。
『あなたが一番乗り気だったではないですか。どちらにしても、もう後戻りはできませんね』
「うわっ」
男は尻餅をつく。一度、大きく上下して、その円盤は静かに下降を始めた。
「な、なんだ。なかなか乗り心地はいい」
かれらは闇の中へと誘われて行く。男が周囲を見渡すと、陽の光が斜めに差し込んだ場所に、横穴の入り口が無数に見える。それは彼に石の裏の虫の住処を覗き見たような、生理的な嫌悪感を感じさせる歪な構造であった。
そしてついに、陽の光が届かなくなる。円盤の紋様から漏れ出す光が、微かに三者の輪郭を形取る。
「よし、じゃあ光ってくれ」
『わたしを篝火扱いしないでいただきたいのですけれど』
その微かな光とは比べ物にならないほどの、純白の輝きが縦穴の内容を鮮明にさせる。
『我々が元いた場所はこの辺りだろうか。少なくとも、それなりに広い空間を進んだ気がするが』
『もし外壁でなく、この縦穴に落ちていたら。暗闇の中で訳もわからず墜死していたかもしれませんね』
「なんでそんな怖いこと言うんだ。お前が言うまで気が付かなかったのに」
『運が良かったですねという話ですが』
男は肝を冷やしたのか、両腕を抱えて身震いをする。
「うひっ」
『ちょっと』
男が不用意に飛び跳ねるので、それを聖剣が諫める。
「なんか、上から水滴が垂れてきて」
『当たり前でしょう。頭上に空いたあの穴が湖だったのことをもうお忘れですか?』
「あれ、もう見えなくなったのか」
彼は頭上にあったはずの入り口と、そこから差し込んだ陽の光が見えなくなったことに気がつく。
『単に閉まったのだろう。
ふははは、まるで巨獣に喰われ、胎の中にいる気分になるな』
「キョジュー?」
『知らんのか。
ジェノバの水蛇、アテリア湿地の鎧亀、テマラッキ火山の地下に眠る炎龍。我々の生きた時代は星の産み落とした巨大な生物が少なからずいたものよ』
「昔の話か?もしかして今でもいたりするのか?」
『どうであろうな。人間ごときでは太刀打ちできぬであろうから』
「それって」
『その三つなら、わたしと水神でなんとか首を刎ねましたよ。かれらは魔族に与したので』
間が空いて、しんと張り詰めた空気が漂う。
「あっ。そうなのか。でも、他にも生き残りが」
『いえ、皆殺しですよ。かれらは星の命を食い荒らす害獣ですからね』
しばらくの沈黙ののち、円盤の降下が止まる。
『これで地上まで降りられたのか?』
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